アーレンス邸へ
よろしくお願いします。
それからはビアンカ様がいろいろ手配して、あっという間に舞台は整った。計画としては、私とビアンカ様、ユーディット様は、夫人に内輪でのお茶会に招かれた。エルンスト様はその夫人が予定よりも遅れそうなのでその間私たちをもてなす、という風に持っていくらしい。
なるほど。最初にみんなで話をしながらユーディット様とエルンスト様が会話するように持っていき、二人でも問題ない状態になれば私たちは退散するということなんだろう。
だけどそれなら、私とバルドウィン様の時のように、最初から二人きりでもいいのでは。そうビアンカ様に尋ねると、ビアンカ様はバルドウィン様とエルンスト様の性格が違いすぎているから、それではエルンスト様に逃げられると答えた。その後にボソッと間近で見る方が面白いし、と付け加えたのだけど、そちらの方が本音だと私にはわかっている。
ごめんなさい、ユーディット様。ビアンカ様には逆らえないから。
まあとにかく、そんな感じで話はまとまったのだった。
◇
アーレンス邸を訪ねる日。外は生憎の雨模様だった。室内でお茶会を催すようになっているとはいえ、気分的によくない。
ユーディット様、ビアンカ様は朝のうちにミュラー邸に来て、合流してから三人でアーレンス邸に出発した。これもユーディット様が少しでも緊張がほぐれるようにとの配慮だったけど、これは失敗だったのだろうかと馬車の中で後悔した。
というのも、ビアンカ様とユーディット様の気が合いすぎて、私への無茶振りがすごかった。
「メラニー、あなた魔法で雨除けをしてくれない?」
「ああ、いいですわね。ですが、それならいっそ雨を止ませてくださいな」
……いやいや。魔法で水を操れるとはいえ、雨の量が多いから私の魔力では無理だし、天候を操るなんてただの男爵令嬢だった私にできるわけないでしょうよ。二人はわかってて言っているのだろうけど。
ユーディット様の属性は風だと前に本人から聞いた。それなら風で雨を吹き飛ばせばいいじゃない、とユーディット様に言い返せば、冷たい視線を向けられた。
「あなた馬鹿ですの? 雨に風を足したらただの暴風雨でしょう」
ビアンカ様もユーディット様の言葉にうんうんと頷いている。
全然心配いらないじゃないの。どこが緊張よ。結局私は到着するまで馬車の中で二人のおもちゃにされた。
そうして満身創痍でたどり着いたアーレンス邸は圧巻だった。屋敷自体はミュラー邸とそう変わらなかったのだけど、使用人達の統制がすごい。痒いところに手が届くとでもいうのか、到着してから案内まで、まったく無駄がないのだ。これはホストであるアーレンス夫人の手腕によるものだろう。私だけでなく、ユーディット様も舌を巻いていた。夫人にそのあたりのことを是非とも教えていただきたいものだ。
あまり他家の屋敷内を見回すのはよくない。伏し目がちにメイドの後を付いて行くとメイドは扉の前で立ち止まり、ノックをした。中から若い男性の声で「入れ」と返事があり、メイドは扉を開く。
「失礼します。お客様をお連れしました」
「……ああ」
ハキハキと話すメイドとは反対に、面倒臭そうに扉の前で返事をする男性。彼がエルンスト様なのだろう。
長い銀髪を緋色の紐で結い上げた、これまた綺麗な男性。どうして私の周囲には美形ばかり集まるのだろうか。ビアンカ様、ユーディット様、エルンスト様に挟まれて、私の場違い感が半端ない。
何だかいたたまれない気持ちになっていると、エルンスト様が口を開いた。
「……どうぞ、こちらへ。母からお話はうかがっています。招いておいて遅れるとは、ホストにあるまじき行為で申し訳ない」
私は困惑してついついビアンカ様を見た。
エルンスト様の話す内容は真っ当だ。なのに、話す内容とは違って不快感も露わに口調はつっけんどんだし、視線はこちらを向いていない。何より、顔にはっきりと嫌々やっています、と書いてある。いや、これは比喩だけど。
ビアンカ様もエルンスト様に負けじと渋面になる。
「……エルンスト。あなた仮にも次期伯爵家当主でしょう? その態度は何なの?」
「私はきちんと対応していると思いますが? あなたこそその気安い態度はどうなのですか?」
おおう。何故か二人の間に火花が見える。もしかして二人は犬猿の仲だったのだろうか。ユーディット様も助けを求めるように私を見ている。
ビアンカ様はふっと笑う。
「私はあなたがちゃんと対応してくれるなら、客として相応の態度を取るつもりだったわ。だけど、今のあなたは客をもてなす態度ではないわよね。あなたを幼い頃から見てきた母代わりとして、私は今注意しているの」
「……母だなんてよく言いますね。面白がっていただけのくせに」
……ビアンカ様。エルンスト様にも同じことをしていたんですね。まさかエルンスト様が女嫌いになったのってビアンカ様のせいじゃ……。
胡乱げにビアンカ様を見ると、ビアンカ様は肩を竦めた。
「面白がってたんじゃなくて、遊び心も大事だって教えていたのよ。アーレンスは名家だから、その重圧であなたが潰れないようにって」
「絶対嘘だ!」
エルンスト様は叫ぶ。それには私も同感で、うんうんと頷いてしまった。それを見たエルンスト様は私に話しかける。相変わらず不機嫌そうな表情は崩さない。
「あなたも被害者か? この人は昔からそうなんだ! 私の顔が母に似ているからと幼い頃にはドレスを着させられたし、そのドレス姿の私に一目惚れしたと同い年の男が言ってきた時なんか、お似合いだと言い放ったんだぞ? 一体何の遊び心だ!」
「ビアンカ様……それは酷いですよ」
「だろう⁈ この人には辟易してるんだ……」
がっくりと肩を落とすエルンスト様に同情してしまう。
だけど、最初の建前だけの口上はどこかへ行ったようで、エルンスト様は素の口調になっている。少しは心を開いてくれた証拠……とも言えるのだろうか。これもビアンカ様の計画の一部だとしたら恐ろしい。
ちらりとビアンカ様を見ると、エルンスト様にわからないように笑みを浮かべていた。なるほど、こうやってエルンスト様はビアンカ様の手のひらで転がされてきたのかもしれない。そう実感するのだった。
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