様子がおかしいバルドウィン
よろしくお願いします。
「行ってらっしゃい」
「ああ。今日は叔母上が訪ねてくるんだろう? よろしく言っておいてくれ」
「はい」
今日も出かけるバルドウィン様を見送るために玄関に出てくると、バルドウィン様が開口一番そう言った。
ユーディット様と会ってから二日後の今日。早速私はビアンカ様と会うことになった。
何故こんなに早いかというと、ユーディット様と別れた後、ユーディット様が男性の友人を欲しがっているから紹介して欲しい、できればバルドウィン様よりも様々な条件で優っている方希望、と手紙を出したのだ。
人脈はあっても、選ぶのには時間がかかる。そう思っていたのだけど予想外に返答が早かった。紹介してもらえるとのことで、その話をするために今日これからこちらへ来られるそうだ。
「だけど、私が言うよりも、バルドウィン様が直接会って話した方がビアンカ様も喜ぶと思いますよ」
「いや、まあ、そうなんだろうが……今日はやめておくよ。女性同士の話に首を突っ込むのも悪い」
「え? ユーディット様が訪ねて来られたときは一緒に、と言っていたじゃないですか」
「あ、あの時は心配だったからだ。叔母上と会うのに心配しなくてもいいだろう?」
バルドウィン様は視線をさまよわせる。しかも何故か心なしか顔が赤くなったような。怪しい。
「……何か隠してます?」
「いや! まったくそんなことはない!」
断言するけど目を逸らしている。明らかに何かあると言っているようなものだ。きっと追及したところで認めようとしないだろう。それなら──。
悲しそうに見えるように顔を俯きがちにして呟いてみる。
「……私は信用されてないのですね。信頼関係が少しずつでもできていると思っていたのは気のせいだったようです」
「いやっ、そんなことはまったくなくてっ!」
「だって私には話せないのでしょう? 信用されないのは寂しいですが仕方ありませんね……」
なんて言ってみる。押してもダメなら引いてみろ。こちらの方がバルドウィン様には効果的だろう。案の定バルドウィン様は唸るように白状する。
「……聞いても怒らないでくれ。実はユーディットとの会話を盗み聞きしていた」
「あ、やっぱりそうだったんですね」
「怒らないのか?」
あっさりとした私にバルドウィン様は怪訝な顔をする。むしろ気づかない方がおかしいでしょう。
ユーディット様が帰ってからしばらくして会ったバルドウィン様は挙動不審だった。私の顔を見るなり目を逸らしたり、こちらからユーディット様の話を振るとどもっていたし。私が出かけてくれと言ったから、出かけるふりをして応接室の隣にでも潜んでいたのかもしれない。何かあれば出て行くつもりで。
「私が聞かれたからといって怒るとでも思ったんですか?」
「怒るというよりは嫌がるんじゃないかと思ったんだ。その、私のことを愛、とか言っていただろう?」
バルドウィン様は顔を真っ赤にして口元に手をやる。愛しているという言葉を口にするのが余程恥ずかしいらしい。そんな可愛らしい仕草をされるとむしろ言わせたい気持ちになるということをわかっていないのだろう。
生温かい目でバルドウィン様に笑いかける。
「言ってませんよ?」
「え、あ、だって」
「言っていたのはユーディット様です。私は一言も言ってないと思うのですが」
私はがっかりしたかと聞かれてそんなことはないと答えただけだ。そうしたらユーディット様が勘違いして、私が、更にはバルドウィン様も私を愛しているという結論になったと思うのだけど。
バルドウィン様はまだ赤い顔だけど、冷静になったようだ。恥ずかしそうに頭をかく。
「そ、そうだったな。ついユーディットの言葉を間に受けてしまった」
「ああ、そういえば、ユーディット様はバルドウィン様が私を愛しているとも勘違いしているようでしたね」
「そ、それは……!」
バルドウィン様は慌てて手を振る。そんなに慌てなくてもわかっているのに。安心させるように笑いかける。
「わかっていますよ。ユーディット様の誤解ですよね。ユーディット様の中で私たちはどんな夫婦になっているんでしょうね。聞いてみたい気もします」
ツェーザル夫妻みたいなちょっとばかり夫の愛が重い夫婦だと思われていたら、バルドウィン様が気の毒ではある。想像して苦笑が漏れた。
バルドウィン様は赤い顔で口をパクパクしている。何か言おうとしても言葉が出てこないのだろう。
「続きは帰ってきてから話しましょうか。馭者も待たせていますし」
「あ、ああ……だが、愛、はわからないが、全部誤解、とは言い切れない……ん、だが」
歯切れが悪いせいで意味を理解するのに時間がかかった。どういう意味なのかと問いかける前にバルドウィン様は慌ただしく出て行ってしまった。
「それって……」
どういう意味ですか、と私の呟きだけが玄関に残されたのだった。
◇
「久しぶりね、メラニー。元気そうでよかったわ」
「お久しぶりです。今日はバルドウィン様も一緒にと思ったのですが、出かけてしまって……」
「ああ、いいのいいの。私が遠慮して欲しいって言ったのもあるのよ」
応接室に案内したビアンカ様は悠然と笑う。毎日美形なバルドウィン様を見ているから見慣れたと思っていたけど、いつ見てもやっぱり綺麗な方だ。
「え? バルドウィン様と会ったんですか?」
「ええ。一昨日だったかしら? 突然先触れがあって訪ねてきたのよ。メラニーに力を貸してやって欲しいって頭を下げるから何事かと思ったわ。あ、これはバルドウィンには口止めされていたんだった」
うっかり口を滑らせた体を装って肩を竦めているけど、最初から私に言う気満々だったに違いない。面白そうにニヤニヤ笑ってるし。そんな顔したら美人が台無しですよ。とはいえ、こうした飾り気のないところもビアンカ様の魅力ではあるのだけど。
というか、バルドウィン様の行動力は侮れない。ビアンカ様にお願いする話をしたのはユーディット様が帰る少し前だったはず。それから急いでビアンカ様に約束を取り付けて会いに行くなんて。
ビアンカ様はしみじみと言う。
「これも愛ね」
「……ビアンカ様まで。バルドウィン様から聞いたんですか? ユーディット様が誤解していること」
「誤解ねえ……まあ、訪ねてきたバルドウィンは最初とっちらかって何を言いたいのかはわからなかったけど、誤解じゃないと思うわ」
「……何なんですか。みんなして私にはわからないことを言って。これはあくまでも契約です!」
強い口調で断言すると、ビアンカ様は私をいなすように頷く。
「そうね。今はあなたの気持ちを尊重するわ」
読んでいただき、ありがとうございました。




