ユーディットの変わりゆく思い
よろしくお願いします。
ユーディット様は私に聞き返す。
「どのような考えだと?」
これはいい兆候だ。ご両親が絶対だと思っているユーディット様だけど、その思いはご両親を慕う気持ちから来ているものだろう。だから、ご両親の言うことよりも、ご両親のためになるのならという気持ちが上回ったら、他人の言葉にも耳を傾けると思ったのだ。
それでもきっとご両親の期待を裏切ってしまうのではないかという葛藤と戦っているだろうけど……。
「その前に聞きたいのですが、ユーディット様はご両親に逆らったことがありますか?」
質問に質問で返されたことを不快に思ったのか、ユーディット様は顔を顰める。
「ありませんわ。慎ましく従順であること。それが美徳でしょう?」
……慎ましい、はこの間の服装には当てはまらないけれど、きっとご両親の言う通りにした結果なのだろう。慎ましいよりも従順が上回ったと。ご両親にとってはユーディット様は次期伯爵夫人だから誰よりも目立たなければならないとでも思ったのかも。
「私は従順であり過ぎると自我を無くしてしまうこともあると思うので、それも良し悪しだとは思いますが。まあ、それは置いておいて。逆らったことがないなら余計に効果的です。これでご両親がどれだけユーディット様を思っているか、ご家族や伯爵家への思いもうまくすればわかるかもしれません」
「ですから何をすると……」
焦れたユーディット様は苛々と爪の先で机を叩く。せっかちなユーディット様に苦笑しながら告げる。
「簡単なことですよ。バルドウィン様以外の男性に興味を示すんです。相手がバルドウィン様以上の方だと尚いいのですが」
「……意味がわかりませんわ」
「ユーディット様のご実家であるフィッシャー男爵家にとっていい縁組になるかもしれないのに、それを蹴ってまでバルドウィン様を選ぶか、ということですよ。それに、ユーディット様ご自身が望んだ縁組なのにそれを蹴るということは、ユーディット様の気持ちを蔑ろにするということ。だから、ご両親の気持ちがわかるとは思いませんか?」
ユーディット様は俯いて黙り込んだ。しばらく考えていたようだったけど、顔を上げて私を真っ直ぐ見据える。
「ですが、わたくしは家の決定に異を唱えることは許されませんわ」
「家の決定というのはバルドウィン様と結婚させる、ということですか? でも、今のバルドウィン様は既婚者です。叶わない思いからあなたが心変わりしたことを責めるのはおかしいと思いますが。それに、何も本当に別の相手と結婚するわけではないでしょう? あなたはあくまでも別の男性に興味を持っただけですから」
「そ、そうですわね……って、相手がいませんわよ……」
うん? つまり相手がいるなら乗ってくれるということ? それなら私にもアテがある。
「もしユーディット様にその気があるのならご紹介します。バルドウィン様の叔母であるビアンカ様の伝手がありますからご心配なく。ただ、現実味がある方がいいので、実際にお会いしていただくことになりますが、どうしますか?」
ユーディット様は逡巡した後頷いた。
「……お願いしますわ。わたくしも、正直に言うとバルドウィン様にこだわり続ける限り、両親の仲は修復しないのではないかと思っていました。ことあるごとに過去の話ばかりで二人とも前を向いていないようで……。ですが、一つだけ間違っています。わたくしはバルドウィン様を好きでした」
「好き……でした?」
「ええ。初めてお会いした時、すごく素敵な方だと思いましたの。そして、いずれ結婚する相手だと言われて嬉しかった。ですが、両親がバルドウィン様やミュラー家に執着するようになり、辛さの方が上回ってきて……。その上、少しばかりバルドウィン様に幻滅しましたの」
「幻滅、ですか」
バルドウィン様は顔もいいし性格も優しいから、どこに幻滅したのかわからなくて、私は首を傾げた。ユーディット様は私に頓着することなく話を続ける。
「わたくしはバルドウィン様がいかに素晴らしいかを聞いて育ってきたのです。なのに、実際のバルドウィン様は普通に見えるから、その落差にがっかりしてしまいましたわ。あなたはそう思いませんの?」
確かにバルドウィン様の中身は普通だろう。これまで散々バルドウィン様の情けないところも見てきたし、ユーディット様の言いたいこともわかる。だけど、いいところだってたくさんある。人なんてそんなものだ。完璧な人間なんていない。
「私は初めからバルドウィン様の情けないところも見てきたので今更という思いが強いですね。それにいいところがあることも知っていますし」
私の言葉にユーディット様は一瞬目をみはると、俯き自嘲するように呟く。
「……あなたは心からバルドウィン様を愛しているのですね。相手の全てを受け入れるのが愛。わたくしは結局バルドウィン様の見える部分だけで勝手に相手に理想を押し付けて恋をしていただけかもしれませんわ。恋は所詮、愛には敵わない、ということですわね」
何やら一人で納得しているようだけど、大きな誤解を生んでいるような……。ユーディット様は元々思い込みが激しいんだったわ。きっと今、彼女の中で私も含めた壮大な物語が展開されているのかもしれない。
いや、確かに私も参加してみたいとは思ったけど、あまりにも本来の自分からかけ離れていると微妙だ。
「あの、ユーディット様……」
「いえ、もう皆まで言わなくても結構ですわ。わたくしにはわかりましたから。それでは誰かご紹介していただくという件、お願いしますわね。あなた方の愛の深さを知れば、わたくしの両親も諦めざるを得ないでしょうから」
あれ? 私の愛の深さではなく、二人の愛の深さになっている。いつの間にバルドウィン様は私を愛するようになったんだろうか。突っ込みたかったけど、ユーディット様は何故か清々しい表情で立ち上がり、私は機を逃してしまった。
「何だか言いたいことを言ったらスッキリしましたわ。本日はありがとうございました。家に帰ればまたいつものようにバルドウィン様やミュラー家の話になるでしょうが、これまでと違った思いで聞けそうですわ」
「それはよかったです。あまり自分を抑えようとしない方がいいと思いますよ。ユーディット様はそのままですごく魅力的な方だと思いますから」
そう言うと、ユーディット様は顔を赤らめて口を押さえる。
「っ、あなた……! あなたが男性ではなくてよかったですわ……」
「そうですね?」
言っている意味がわからないながらに頷くと、ユーディット様は赤い顔で挨拶をする。
「……わたくしはこれで失礼いたしますわ。これ以上ここにいるとあなたのペースに巻き込まれてしまいますもの」
「あ、はい。また手紙を送りますね」
そうしてユーディット様はそそくさと帰ってしまった。せっかく友人になれそうだったのに嫌われたのだろうかと、少しばかり寂しい気持ちで見送るのだった。
読んでいただき、ありがとうございました。




