揺らぐ心
よろしくお願いします。
私の問いかけにユーディット様は間髪入れず答える。
「いいえ。バルドウィン様でないとダメですわ」
「何故ですか?」
バルドウィン様の気持ちを無視するということは、バルドウィン様に好意を持っていないような気がするのだけど。少しでも好意があれば、相手の気持ちに寄り添いたいって思うんじゃないだろうか。
ユーディット様は私を一瞥すると、目を逸らした。
「そんなことはあなたに関係ないでしょう」
「関係はあります。私はバルドウィン様の妻ですから。諦めてくださらないと困ります」
ユーディット様を諦めさせるのも業務のうち。ユーディット様自身が本心からバルドウィン様との結婚を望んでいないのなら、まだやりようはある。
私は追及する代わりに、ユーディット様の様子から想像したことを話すことにした。
「バルドウィン様でなければならない理由は、親同士の問題に起因するものではありませんか? そう考えると納得です。失礼ながら、ユーディット様自身がバルドウィン様に好意を持っているとはあまり思えなくて……」
「……っ違いますわ!」
「それなら聞きますが、もしバルドウィン様がミュラー家当主でなくなったらどうします? それでも結婚したいと思いますか?」
伯爵家にこだわっているだけなら、バルドウィン様が当主でなくなったら興味を失うだろうし、バルドウィン様にこだわっているなら当主でいられなくなっても一緒にいる方法を考えるだろう……と思ったのだけど。ユーディット様は鼻で笑った。
「当主を追われないためにわたくしと結婚した方がいいと言っているのです。物分かりの悪い方ですわね」
「どうやって追われないようにするんです?」
「っ、あなたは一々何故だ、どうしてだとうるさいですわね!」
……これは答えられないから誤魔化したのかしら。とはいえ、私もはっきりと答えられるわけじゃないけど。困っていると今度はユーディット様が私に尋ねる。
「それならあなたはバルドウィン様が当主でなくなったらどうするのです?」
それは困る……けど、当主でなくなるということは私の力不足のせい。それならちゃんと責任は取らないと。私の出した答えは──。
「一緒に私の実家で暮らそうかと思います。私の家族ならバルドウィン様を受け入れてくれるでしょうし、男手は多い方がいいですから」
その頃にまた魔法が使えるようになっていると嬉しいけれど。まあ、魔法が使えなくても力はあるし、頭もいいだろうバルドウィン様なら引く手数多な気はする。どうしても行き場がない時は、私の実家で一緒に働かないかと提案してみよう。
ついつい夢想してユーディット様を忘れてしまったようだ。ユーディット様の絞り出すような低い声にふと気づく。
「……何なの。自分の方がバルドウィン様を思っているとでも言いたいの? 何が好意よ。心なんて邪魔なだけよ」
心なんて邪魔。それがユーディット様の本音なのかもしれない。親の期待に応えようと自分の気持ちを封じ込めて。だけどこのままではユーディット様の心が壊れてしまわないだろうか。
「……ユーディット様がどう考えてバルドウィン様に執着するのかはわかりません。私はあなたではありませんから。ですが、嫌なことは嫌と言うだけでも楽になるのではないですか?」
「言って何になるのです? 変えられない現実を思い知らされるだけでしょう」
「やっぱり嫌なんじゃないですか」
語るに落ちるとはこのことだ。ユーディット様は悔しそうに顔を歪める。だけどその顔が苦しそうにも見える。
「私はユーディット様がバルドウィン様を純粋に慕っているのだと思っていました。ですが、あなたはご両親の期待に応えようとご自分に暗示をかけていたのですね。バルドウィン様と結婚してミュラー伯爵夫人にならなければならないと。何故そこまで……」
「……あなたのように能天気な方にはわかりませんわ。わたくしの母とバルドウィン様のお父様が結婚していれば、父は伯爵家を継いでいたかもしれない。その上、父は母と結婚したけれど、母に何かにつけバルドウィン様のお父様を引き合いに比べられるせいで、バルドウィン様のお父様を憎々しく思い始めた。だから両親の関係が……」
ユーディット様が言葉を詰まらせる。だけどその先の言葉は私にも予想がつく。
「悪くなった。だからそんな両親を、引いては家族を繋ぎ止めるためにご両親の悲願を果たしたい、といったところでしょうか? 同じ目的に向かっている間は一致団結できますものね」
私の実家もそうだ。お金がないから、家族総出でお金を稼いで領地を守るという目的の元、動いている。だからこそ家族の結束も固くなるというものだ。
ユーディット様は眼を見張る。
「どうしてわかるのです? あなたは何も考えていないとばかり……」
おおう。ユーディット様、結構ズバズバ言うわね。何だろう。先程までの嫌味な口調で言われるよりも、今のような素の言葉の方が心を抉られる。これには私も苦笑いするしかない。
「こう見えて私もいろいろあるんですよ。ですが、ユーディット様。それは間違いです」
「……どういうこと?」
ユーディット様が私の言葉に関心を示した。これは好機だ。だけど、ここで焦ってはいけない。
「バルドウィン様やミュラー家にこだわる限り、ご両親の執着は無くなりません。お母様はバルドウィン様のお父様の面影をバルドウィン様に追い求め続けるか、バルドウィン様のお父様ご自身を追い求める気がします。それにお父様はいつまでも立ちはだかって超えられない兄に、憎悪をより一層募らせるのではないかと。それはやっぱり不健全だと思うんです」
「……それはそうかもしれないけれど、それならどうすればいいと言うのです?」
ユーディット様もそれは感じていたのかもしれない。ただただ不安そうに私を見返している。ここで提案をすれば受け入れてくれる、そんな確信を持った私は一呼吸置いて口を開いた。
「私に考えがあります」
読んでいただき、ありがとうございました。




