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私人と公人

よろしくお願いします。

「バルドウィン様、ユーディット様をお招きしてもいいでしょうか?」


 私がそう尋ねると、バルドウィン様は目に見えて嫌そうな表情になった。そこまで嫌がらなくてもいいのに。


「……何のために?」

「毎日手紙が届きますが、ユーディット様の本心が見えないんですよね。パーティーの時の様子もおかしかったし。今度はご両親とバルドウィン様を抜きにして女同士でお話したいと思って。バルドウィン様も知りたくないですか? どうしてユーディット様がバルドウィン様にこだわるのかを」


 そうなのだ。ユーディット様はご両親を気にしていたから、いれば本音を話してくれそうにない。それにバルドウィン様がいると、バルドウィン様に気をとられて私と話してくれなくなる。


 別にバルドウィン様に嫉妬しているわけじゃないんだけど。そう、バルドウィン様にユーディット様をとられて悔しいなんて、欠片も思ってないのよ。


 まあ、興味深い方だからあわよくば仲良くなれないかなあ、とは少し思ったけど。


 バルドウィン様は逡巡するように顎に手を当てて俯く。


「君がそう言うなら……だが、危なくはないのか? ユーディットが君を傷つけないとは言い切れないだろう?」

「それは大丈夫でしょう。ユーディット様は賢い方ですし、多少のイタズラはあっても、本気で当主夫人を害しようとは思わないはずです。ということでお願いします」

「……わかった」


 渋々ながらもバルドウィン様は頷いてくれた。だけど、心配そうな表情が気にかかる。もしかしたら──。


「言っておきますが、当日はバルドウィン様は出かけてくださいね」

「いや、だが」

「で・か・け・て・く・だ・さ・い」


 有無を言わさない口調で念押しをする。こうでも言わないと、バルドウィン様が加わって収拾がつかなくなりそうで不安だ。


 だけど了解は取った。それからすぐにユーディット様に手紙を出すと、訝しげながらも来てくださると返事をいただいた。


 そして当日──。


 ◇


「お招きありがとうございます」


 屋敷の玄関で迎えたユーディット様は、侍女を連れてはいたもののご両親の姿はなかった。前もって一人で来て欲しいと念押ししておいたのが功を奏したのだと思う。これでゆっくり話せる。


 それに今日は黄色のドレスに繊細なレースをあしらった抑えめの格好だ。もしかしたらあの格好はご両親の趣味だったのでは……。


 ついつい見入ってしまうとユーディット様がわかりやすく不機嫌になる。


「あなたは客のもてなし一つできませんの?」


 いけないいけない。ここでユーディット様の機嫌を損なってしまうと、折角二人で話せる機会が台無しになる。


「申し訳ありません。つい見惚れてしまいました。それでは参りましょう」


 そうしてユーディット様を促して応接室へと向かった──。


 ◇


「それで今日は何の用ですの? ようやく自分の身の程を知ったのかしら」

「いえ。歳も近いですし、女同士二人きりでじっくり話してみたいと思ったんです」


 私がそう言うと、ユーディット様は鼻で笑った。


「自分の方がバルドウィン様に相応しいとでも言いたいのかしら。わたくしだって、あなたにバルドウィン様を譲る気はさらさらなくてよ」


 この言葉には思わず首を傾げてしまった。


「え? 譲るってことはバルドウィン様はユーディット様の物だったということになるのでしょうか?」

「ええ、そうですわ。わたくしたちは結婚の約束をしていたのですから」

「それはご両親が決めたことでしょう? 当主であるバルドウィン様が決めたことではないはずです」


 だってそうでしょう。もしバルドウィン様が承知していたら、ユーディット様とそのまま結婚していたはず。そうせずに私を伯爵夫人として雇ったのは、ユーディット様を諦めさせるために必要だったから。


 当主であり続けるためには有力な後ろ盾を作ればいい。だけど、そのためには政略結婚が必要だった。かといって、お互いのご両親の確執を考えると、ユーディット様を選ぶわけにはいかない。その上、悪評が立ってしまった今のバルドウィン様に嫁がせようと思う有力貴族は少ない。そうして悩んだ末に叔母であるビアンカ様から私を紹介されて、藁にもすがる思いで結婚した、というのが事実だろう。


 私はそんなことを考えたのだけど、ユーディット様は私の言葉を誤解したようだ。私を睨みつけて声を荒げる。


「……っ、わたくしがあなたよりも劣っているから選ばれなかったとでも言いたいの⁈ あなたみたいに努力もせずに伯爵夫人の座に収まったような女、わたくしは認めません!」


 この言葉には私もカチンときた。勝手に私のことをわかったような気になった傲慢な言葉。努力しているかどうかを決めるのは他人じゃない。私が一番自分のことを知っている。一瞬昂ぶった気持ちを抑えるように深呼吸をして口を開く。


「あなたに私の何がわかるのですか? 努力? そんなのしているに決まっているじゃないですか。結婚というのは他人同士が結びつくんです。相手を理解する、私を理解してもらう努力はしているつもりです。それはバルドウィン様と私の問題であって、あなたには関係ないでしょう」

「伯爵家の結婚が個人の問題だと思ったら大間違いですわ! 家のためには私人であってはいけないのです!」

「勘違いされているようですが、家同士の結びつきというのは結局は人と人との結びつき。私たちは公人である前に私人でもあります。人の心があるからこそ、公人としてすべきことがわかるのです。公人であることに囚われ過ぎると大切なことを見失ってしまいますよ?」


 ユーディット様は、一度もバルドウィン様の気持ちを考えるような発言をしていない。確かに公人としてならユーディット様の言葉は正解だろう。だけどこれではバルドウィン様と円満な関係を築けないのではと心配になる。


「あなたに何がわかりますの? わたくしは物心ついた頃から伯爵家に嫁ぐために相応しくあれと教育されてきました。自分の気持ちを押し殺してでも伯爵家に尽くすように。そう言われてきたのです!」


 鼻息荒くユーディット様は言うけれど、突っ込みどころが多すぎる。


 まず、前回の結婚披露パーティー。時と場所と場合を考えない装いで登場したことはどうお考えだろうか。


 そして次。自分の気持ちを押し殺して、と言っているけど、バルドウィン様にものすごく自分の気持ちを押し付けているような……。


 自分を客観的に見られてないユーディット様に、どう説明すべきか悩む。私の言葉だからすんなりとは受け入れないだろうし。


 それにバルドウィン様というよりも伯爵家にこだわりがあるようだ。それなら──。


「……それって、相手がバルドウィン様じゃなくてもいいんじゃないですか?」

読んでいただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 道具としての自分に価値があると教えられてきたからそれが無くなってしまったら… 悲劇ですね…
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