雇われ伯爵夫人が必要な理由
よろしくお願いします。
伯爵夫人として雇われるとはどういうことか。頭の中に思い浮かんだことをビアンカ様に話してみた。
「……それは、表向き伯爵夫人という肩書きですが、実際には婚姻を結ばずに働かせていただけるということでしょうか?」
「いえ、そうではないわ。実際に婚姻を結んでくれないと困るの。対外的にね」
ここまでビアンカ様がずっと話していて、バルドウィン様が空気になっている。仮にも当主なのに放ったらかしでいいのだろうか。彼に関わる話のはずなのだが。
と、ここで察してしまった。きっと彼はお飾りの当主なのだろう。だからビアンカ様は、嫁に行った後も生家であるミュラー家に世話を焼いているのだ。そうに違いない。
ちらりとバルドウィン様に視線を向けると、私の視線に気づいたバルドウィン様と目が合った。バルドウィン様の顔が険しくなる。
「……叔母上。私から説明します。彼女は何やら誤解しているようだ。可哀想な人を見るような目で私を見ていますよ」
「あら」
「いえ、そんなことは……」
あるけれど、とは言えず、愛想笑いで誤魔化しておいた。そこからはバルドウィン様がビアンカ様の話を引き継いだ。
「……あなたも貴族ならわかるだろう。家督を継ぐのは直系の長子であることが前提ではあるが、その限りではない。能力があれば弟や、直系でなくても継げる。私は直系の長子で、魔力が強かったからこうしてミュラー家の当主となったんだが……ここに来て問題が起きた」
そこで、バルドウィン様は言いづらそうに言葉を区切った。余程言いにくいのか、溜息をつくと小さな声でぽつりと言った。
「……魔法が使えなくなったんだ」
「え?」
私は拍子抜けした。あまりにも思いつめた顔をするから、もっと重大なことだと思ったのだ。
ぽかんとする私に、バルドウィン様は目を逸らして辛そうに続ける。
「やはりあなたも私を駄目な男だと思うのだな。魔力があっても使えなければ意味がない。そう思われても当然だ。私からそれを取ったら何も残らない。事実、当主に相応しくないとの声が上がってきている……」
うん? 何故そうなる?
確かに魔力があることは貴族であることの証明で、それを使いこなすことで社会的に認められる風潮は強い。
だけど、私は知っている。足りないものは別のもので補えばいいのだと。ヘルツォーク男爵家では、お金がないから、家族みんながそれぞれ違った能力を使ってお金を稼いできた。別に当主である父だけが頑張ってきたわけじゃない。
そこでピンときた。
ああ、そうか。だから私に伯爵夫人として雇われないか、とビアンカ様は言ったのだ。バルドウィン様にできない部分を補う秘書のような人材が欲しくて。
「……なるほど。ビアンカ様は、バルドウィン様を当主から引きずり落とされないようにするために、補佐役として私を伯爵夫人に据えたい、そう思われたのですね。ですが、何故ですか? バルドウィン様が当主でなければならない理由でもあるのですか?」
事実確認をする私に答えてくれたのはビアンカ様だった。困ったように頬に手を当てて嘆息する。
「身内の恥を晒すのは恥ずかしいのだけど、バルドウィンが当主になる前から、誰が当主に相応しいかで揉めていたのよ。それほど伯爵家当主の座は魅力的なんでしょうね。私は他家に嫁いだとはいえ、この子を幼い頃から知っているし、人柄から考えて、当主に相応しいと思っているわ。私にとってミュラーは生家だから、不届き者に蹂躙されたくないのよ」
お家騒動……。ヘルツォークとは無縁なので、そういうもんなのか、そんな感想しか浮かんでこない。
「お話はわかりました」
私が頷くと、ビアンカ様が喜色満面で声を弾ませる。
「じゃあ、受けてくれるのね!」
「いえ、それはまだ。一つうかがってもよろしいでしょうか」
ビアンカ様はわかりやすく肩を落とし、バルドウィン様は素知らぬ顔で冷めた紅茶を飲んでいる。だからあなたの話でしょうが。
まあ、いい。給金ははずむと言っていたからその辺はいいとして。私には気がかりなことがあった。それは──。
「子作りは業務に含まれるのでしょうか?」
途端にビアンカ様は固まり、バルドウィン様は含んだ紅茶を吹き出した。
読んでいただき、ありがとうございました。