ユーディットの母
よろしくお願いします。
バルドウィン様は、その炎を見ても落ち着き払っていた。避けるでもなく、ただ炎を見据えている。
何か考えがあるのだろうか。そう思いながらも勝手に体が動いていた。バルドウィン様の腕を掴んで思い切り引っ張る。
「……っ、もう!」
細身に見えるけど、やっぱり男の人だ。結構重くて更に力を込めると、バルドウィン様はバランスを崩した。
「うわっ……」
「えっ? ちょっ……」
バルドウィン様は、勢いがついて背中から倒れそうになった私と体勢を入れ替え、私を抱きとめるようにして芝生に倒れ込む。そんな私の視界の端を炎が横切り、周囲から悲鳴が上がった。
「ああっ!」
「ちょっと、誰か……!」
焦燥を滲ませた声の主はユーディット様のようだ。彼女も魔法が使えるはずだけど、予想外の展開に頭が回らないらしい。バルドウィン様に馬乗りになった私が顔を上げると、炎の前に立ち尽くすユーディット様が見えた。
──危ない!
無から有を多く生み出すだけの力は私にはない。それでも刹那の間目を閉じて集中し、自分の周りに漂う魔素を精一杯取り込む。それが私の体を巡るのを感じ、目を開くと一気に放出した。そんなに大きな水流じゃなくても、勢いがあれば炎の勢いは弱まるはず。せめて軌道だけでも変えられればいいし。
私の手から飛び出した奔流は炎にぶつかり、じゅうっと音を立てた。炎は小さな火になり、その場にポトリと落ちた。それを招待客の男性の一人が駆け寄り、足で踏み消す。
これで一安心だ。そう思うと一気に体の力が抜けた。バルドウィン様にのしかかる形で力尽きたものだから、下敷きにされたバルドウィン様が慌てて身を起こそうとする。
「メラニー、大丈夫か⁈」
「……っ、はい。少し疲れてしまって……。慣れないことはするものじゃありませんね」
正直、話すのも精一杯だった。自分の限界以上の力を思わず使ってしまったようで、息が苦しいし、体がひどく重い。
それにしても、と周囲を見回す。誰一人としてバルドウィン様やユーディット様を守ろうとしなかった。ユーディット様のご両親でさえも。そのことが私には悲しかった。
バルドウィン様は脱力している私を抱えて立ち上がる。すると、それまで空気になっていたユーディット様の母親が私たちに詰め寄ってきた。どう見ても娘を助けてくれてありがとうという表情じゃない。呆然と立ち尽くすユーディット様を指差して甲高い声でがなり立てる。
「あなたのせいで娘はびしょ濡れですわ! どうしてくださいますの!」
「は?」
思わず私の口から間抜けな声が漏れた。いやいや。大火傷するより良かったでしょうよ。思わず私はバルドウィン様を見てしまう。バルドウィン様は眉間に深い皺を寄せ、ユーディット様の母親を見据えていた。
「……自分は何もしようとしなかったくせにか? あのままだとユーディットはどうなっていたか、想像もつかないか?」
「ぐっ」
ユーディット様の母親は言葉に一瞬だけ詰まった。だけど、すぐに言い返す。
「そもそもあなたがツェーザルを挑発したからでしょう! こちらはとんだとばっちりですわ。そもそもあなたがその小娘を選んだことが間違いではありませんの? これも全てその娘が仕組んだことではないのかと疑いたくなりますわ!」
「メラニーが何を仕組んだと言うんだ」
バルドウィン様は相変わらず眉間に深い皺を刻んだままだ。そのままだと本当に皺が消えなくなりそうで心配だわ……。って、そんなことを考えている場合じゃなかった。何故私がそんな面倒くさいことをしなきゃいけないのか。この方もユーディット様負けず劣らず自分の世界を作るのが上手いらしい。いえ、この場合はユーディット様がお母様の才能を引き継いだのかも。半ば感心しながら次の言葉を待つ。
「当主を体を張って守り、自分が伯爵夫人に相応しいと見せつけ、尚且つユーディットを庇うことでわたくしたちに恩を売る。狡猾ですわね。それにユーディットが美しいから、その美貌を妬んでわざと水をかけたのかもしれませんわ。何て嫌な女なんでしょう」
おお……。すごい。何だろう、思い込みには違いないんだけど整合性は取れているというか。辻褄合わせに即興で思いついた感じじゃなくなってる。これで私も舞台女優? ただ、平凡容姿の私じゃ力不足感は否めないけど。
それに若干当たってるし。本当のことを言えば、ユーディット様のドレスを何とかしたかったのよね。どうしてもドレスが眩しすぎて見てられなかったから。これで着替えを勧めることができると思うと、内心嬉しくて。
念のためにドレスを用意しておいてよかった。というのも、嫌がらせをされるかもしれないと思って、自分用と返り討ちにした時用にユーディット様のドレスを余分に用意しておいたのだ。備えあれば憂いなし。
ホクホクしている私とは反対にバルドウィン様の機嫌は降下していく。
「……確かにきっかけを作ったのは私だ。それについては悪いと思っている。だが、お前たちは誰一人としてユーディットを庇おうとしなかった。それは何故だ?」
読んでいただき、ありがとうございました。




