ビアンカ登場
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今度はバルドウィン様が驚く番だった。
「叔母上から聞いているのでは?」
「ええ。聞いてます。バルドウィン様の秘書のようなものになって欲しいと。お給金もはずむと聞いていたのですが……」
お給金もはずむのところで思わず声が大きくなる。決定権は当主であるバルドウィン様にあるのかもしれないが、私は確かにこの耳で聞いた。
がめついと言いたければ言えばいい。先立つものがないと家族は守れない、愛だけでは生活はできないと、母に言い聞かされて育ってきたのだ。
お金は大事だ。大事なことなのでもう一度。お金は大事。
ここでこの就職をフイにするわけにはいかないのだ。ここは自分の売りを出すところかもしれない。私は前のめりでバルドウィン様に主張する。
「私を雇っていただけたら、必ずご期待に添えるよう尽力致します。魔力量は大したことはありませんが、これまでに様々な経験を積んできました。どんなことでもお申し付けくださいませ!」
「ちょっ……待ってくれ! あなたは私の妻になるために来たのではないのか?」
つま。ツマ。妻?
え、仕事をするためでしょう。
「違います! 仕事をするために来ました!」
私が胸を張ると、バルドウィン様は視線を彷徨わせる。
「……どういうことだ、叔母上。これは見合いではなかったのか……」
「見合い、ですか?」
「ああ、そうだ。叔母上が私のことを考えて用意したのだろうと思ったが……」
そう言われても。私も仕事をしないかと言われて寄越されただけだ。ビアンカ様の考えは本人にしか……。
「遅くなってごめんなさいね」
「叔母上!」
そこにビアンカ様がやってきた。バルドウィン様と同じ黒髪に青い瞳。いつ見ても年齢不詳の綺麗な方だ。もちろん年齢は尋ねたりはしないが。
バルドウィン様は勢いよく立ち上がるとビアンカ様に詰め寄る。
「どういうことですか! 彼女を雇うとは……」
「まあまあ。落ち着きなさいな、バルドウィン。それはこれから説明するから。メラニー、早速来てくれてありがとう」
バルドウィン様をいなしたビアンカ様は、私の隣に座る。それを見たバルドウィン様も逡巡した後、再び席に着いた。黙って説明を聞くようだ。
「いえ、こちらこそ、お仕事の斡旋ありがとうございます。ですが、どうも認識の違いがあるようでして。私は雇っていただけないのでしょうか……?」
私はどうも不安そうな顔をしていたようだ。ビアンカ様は苦笑して私の頭を撫でる。
「騙すようなことをしてごめんなさいね。仕事……は仕事なのよ。伯爵夫人というね」
「それは……」
仕事ではなく、やはり結婚ということか。仕事だと思ったから楽しみにしてきたのにと、私の肩ががっくりと下がる。それを見たバルドウィン様が不快そうに眉を寄せた。
「嫌なのは私だって同じだ。叔母上、やはりこの話はなかったことにしてください」
「待ってちょうだい。騙しうちをしたのは悪いと思っているわ。だけど、見合いだと言ったらメラニーが受けてくれないから……」
「まあ、そうですね」
私が頷くとビアンカ様は苦笑する。私の考えを知っているからだ。
結婚してしまえばお金が稼げない。我が家にはまだまだこれからお金がかかる弟妹たちがいるのだ。両親と兄、幼い弟妹だけでは稼ぐにも限界がある。だから、せめて二十歳を過ぎるまでは結婚しないとビアンカ様には話していた。
私の言葉を聞いて、バルドウィン様の顔から表情が消えた。それに気づいたビアンカ様は慌てて私の言葉を補完する。
「バルドウィン、違うのよ。メラニーはあなたの事情なんて知らないわ。メラニーが結婚したくないのは、家庭の事情なの。まだまだ幼い弟妹がいるからお金を稼ぎたいって」
「お金を稼ぐ……って、貴族のご令嬢がですか?」
バルドウィン様の声音には侮蔑が混じっていた。温室育ちの令嬢に何ができるとでも言いたげだ。表情にもそれが現れている。
心外だ。
「何かおかしいですか? こう見えても経験を積んできたと、先程お話ししたと思います。ですから、雇っていただければ能力を存分に発揮させていただきます」
私はまだ就職を諦めたわけじゃない。バルドウィン様も結婚したくないのなら、ますます都合はいいだろう。秘書でも、メイドでも、侍女でも、何でもやるつもりだ。だから雇えと圧をかけてやる。
バルドウィン様は顔を引きつらせてビアンカ様に尋ねる。
「叔母上、何なんですか、彼女は……」
「面白いでしょう? メラニーならお金、もとい、職務に忠実だから、あなたの問題を解決してくれるはずよ。メラニー、あなた伯爵夫人として雇われるつもりはないかしら?」
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