屋敷と庭の散策
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その後、気をとり直して屋敷の中をぐるっと回った。外から見た屋敷の大きさからして広いだろうと思っていたけど、実際に歩いてみるとその広さがよくわかる。それに、似たような扉が並んでいて、既視感がすごい。
「なんか、屋敷の中で迷いそうなんですが」
「だろう? ただ、ほとんどが空き部屋で用がなければ私も行かない。自分の部屋だけ覚えていてくれればいいよ」
「もしかして、バルドウィン様も迷ったことがあります?」
「……昔ね。こうまで広いと、把握するのも維持するのも大変なんだ」
「ああ、わかります」
実家もそれなりの大きさがあるから、定期的に修繕や清掃が必要だった。空き部屋も多かったけど、空き部屋だからと放っておいても埃は溜まる。どちらにせよ汚れるのか、と切なくなったものだ。
風の魔法が使えたら便利なんだけど、とは言えなかった。今のバルドウィン様には魔法の話は禁句だろう。ちらりと盗み見た横顔からは、先程までの憂いはすっかり消え失せていた。気持ちを隠すのがうまい人というのも、それはそれでやっぱり心配になる。いつか心から笑えるようになって欲しいけれど。
そんな感じで一回りして、自室の前に戻ってきた。
「まあ、屋敷の中はこんな感じだ。何か聞きたいことは?」
「いえ。とりあえず自室や必要な場所だけ覚えておくことにします……あとは庭を案内してもらえると助かります。ガーデンパーティーを催すんですよね?」
「ああ。あまりあの人たちを中には入れたくないんだ。金目の物は持っていくわ、暇つぶしに使用人にちょっかいを出すわ、嫌がらせをするわで、ほとほと困っているんだよ。だが、雇用主の身内だからと使用人たちも我慢をしてくれていてね。範囲の限られた庭ならまだ、私の目も行き届くだろうから」
疲れたように笑うバルドウィン様。だけどそれは違う。
「私もいますよ。お給金に見合う働きはするつもりなので、任せてください」
その時こそ私の出番だろう。どんな嫌がらせだろうが、返り討ちにしてくれる。想像して思わず口角が上がる。バルドウィン様は顔を引きつらせながら言う。
「あまり無茶はしないでくれ」
「心配はいりません。向こうが私にちょっかいをかけたことを後悔するだけですよ」
にっこり笑いかけると、何故かバルドウィン様の顔色は蒼白になった。失礼な。
私はいつも正当防衛くらいに留めているつもりだ。やり過ぎは良くない。うん。
だけど、この場合、身内というのがやっぱり障害になる。危害を加えるかもしれないとわかっていてもあからさまに警備を強化するわけにもいかないし、使用人からすると何をされても身分的に逆らえない。で、下手に私が口出しすると、八つ当たりで使用人がいびられる、と。
結構難しいかもしれない。相手が一人なら対処できるけど、一度に複数の人を相手にしなければならないとなると予想がつきにくいし。招待客の顔、名前は絶対に覚えないといけないけど、それ以上にそれぞれの性格をある程度知らないと駄目だ。
円満に、且つ、認めさせる。
ビアンカ様もよくもまあ、こんな大変な仕事を私にさせようと思ったものだ。まあ、引き受けたからには頑張るつもりだ。ただし、一人じゃない。
「一緒に頑張りましょう」
私がそう言うと、バルドウィン様は破顔した。
「ああ。一緒に頑張ろう」
それから庭に出て、話しながら散策をする。とはいえ、話す内容は、ここに死角があるから気をつけろ、とか、これは持っていかれる恐れがあるから当日は中にしまおう、などの事務的なものばかりだ。
……これって警備の仕事じゃないの?
真剣に語るバルドウィン様に水を差すのは悪いので、うんうんなるほど、と相槌を打っていたけど、私の頭の中には疑問符が浮かぶ。
あれ。私たちの仕事って、客をもてなすことじゃ?
嬉々として警備体制の説明をしているバルドウィン様。ここには突っ込む人が私しかいない。
……まあ、いいか。なんだか楽しそうだし。
庭にこだわりがあるのか防犯意識が高いのかはわからないけど、突っ込むのはやめてしばらくバルドウィン様の話を聞いていた。
しばらく経った後、語り過ぎたと気づいたバルドウィン様が恥ずかしそうにはにかんで謝ってきた。どうやら趣味だったようだ。
恥ずかしがる部分がわからず、私は慈愛に満ちているであろう笑顔で「いいんですよ」と言うしかなかったのだった。
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