夜這い?
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「う、ん……」
身動ぎをしたのに思ったより動けなかった。壁。壁がある。その壁が邪魔で、思わず手が動いた。
「じゃま……」
「ぐふっ」
何かに手がめり込んだ。と同時に誰かが呻いた。怪訝に思ってゆっくり目を開くと、目の前には苦悶の表情を浮かべた麗しい男性が……。うん、夢だ。もう一回寝ようと、目を閉じかけて思い出した。
あ、そうだ。昨日結婚したんだった。
二度寝したくなる誘惑と戦いながら、悶えているバルドウィン様に挨拶をする。
「ふわ……おはようございます……」
「……っ、ああ、おはよう」
「で、なんでバルドウィン様がここにいらっしゃるんですか?」
昨夜私は一人で寝たはず。それとも寝ぼけてバルドウィン様に夜這いでもしたのだろうか。
顔を押さえたバルドウィン様が答えてくれた。
「昨夜、一人で心細いんじゃないかと心配してきたら、もうすでに君は寝ていたんだ。で、手を引っ張られて離してくれないから諦めて一緒に寝たんだが。まさか朝から殴られるとは思わなかったよ……勝手にベッドに入った私を怒っているのか?」
「ああ、それは……すみません。寝ぼけてました」
でも夜這いをかけたんじゃなくてよかった。さすがの私でもそんなことはしない……と思いたい。
確かに夢うつつに父と間違えた気がする。父は肉体労働のおかげで意外に引き締まっているから、間違えたのだろう。
「てっきりお父様だと思って。よく考えればいるわけなかったですね」
ははは、と笑うと、バルドウィン様が呻いた。
「……せめて兄くらいにして欲しいんだが。私はそんなに老けているのか?」
「いえ、反対です。父が若々しいんです。領民たちに混じって畑仕事や庭仕事をしているので、結構鍛えられているんですよ」
「いや、まあ、それはそうとして、もっと驚くか、恥じらうかされると思っていたんだが。私が君を襲うとは思わないのか?」
「バルドウィン様が、私を?」
「ああ」
真面目くさってバルドウィン様が言うものだから、吹き出してしまった。
「ないない! 絶対にない!」
「……そこまで力強く否定されると微妙なんだが」
「だって、バルドウィン様がそこまで不自由しているとは思わないし、最初見合いすら乗り気じゃなかったのに、わざわざ私を縛り付けるようなことするわけがないじゃないですか。反対にさっさと追い出したいから関係を求めないはず。違います?」
「いや、別に私は、追い出したいわけじゃ……」
バルドウィン様はバツが悪そうに目を逸らす。どうやら図星だったようだ。
「それに、バルドウィン様が約束を破るとは思わないんですよね」
私が笑うと、バルドウィン様は目を見張った。
「契約の中には閨のことは入っていません。これまでバルドウィン様は一度口にしたことを違えたことはありませんでした。そういう意味でも、信用していますから」
「あ、ありがとう。だが、聞いていいか? もしそれも契約に含まれていたらどうするつもりだったんだ?」
「もちろん、断るつもりでしたよ」
期間限定の契約結婚で、そういう関係を求める方がどうかしてる。もし、求めるとしたら、その先にあるものをちゃんと見据えられてない浅慮な人だろう。
「だって、そうでしょう? 私はいずれいなくなる。それで子どもができたらどうします? ただでさえ、お家騒動の最中にあるのに、火種を置いていくような真似ができるわけないじゃないですか。
その子が仮に男子だったとします。バルドウィン様が再婚して、その方との間に男子が産まれたら、またお家騒動になりますよ。バルドウィン様だってわかっていたからそういう契約にしたんでしょう?」
「ああ」
「まあ、一番の理由は、子どもを道具にしたくなかったから、ですね。産んだらきっと手放したくなくなる。私が引き取って育てられるのならいいですが、子どもの親権は父親に委ねられるのが普通ですから。
お金は確かに大切です。だけど、私にとっては家族の存在がまず前提にあるんです。家族が不幸になるのなら、私は仕事を受けたくない」
例えまだ見ぬ我が子だとしても。私にだってそのくらいの思いはある。
バルドウィン様は何故か嬉しそうに笑った。どこに笑う要素があったんだろう。
「叔母上の見る目は確かだったようだ。君でよかったよ、メラニー」
「よくわかりませんが、それはよかったです」
というか、いつまでこうしていないといけないんだろう。ベッドに横たわったままで、私の背にはバルドウィン様の腕が回っている。いい加減に起きて着替えたい。
「そろそろ起きませんか? 今日も忙しいんじゃないですか?」
「そうだな。今日は屋敷の案内をするよ」
バルドウィン様はようやく身を起こすと、ベッドに座る。なかなか動かないバルドウィン様に焦れた私は、これ見よがしにため息をついてみた。
「さすがに着替えを見られるのは恥ずかしいのですが。見ていきますか?」
「あ、い、いや、すまない! うわっ!」
慌てて立ち上がろうとしたバルドウィン様は、足を滑らせてベッドから落ちた。カッコいいのに、どこか抜けていて憎めない。声を立てて笑う私を、朝から踏んだり蹴ったりのバルドウィン様が恨めしげに見ていたのだった。
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