ミュラー邸へ
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結婚式が終わり、ミュラー邸へ移動することになった。慌ただしいけれど、衆人環視の中でウエディングドレス姿を晒したままよりはずっとマシだ。
だけど、なんでウエディングドレス姿のまま、派手な馬車で移動しないといけないのか。笑顔を貼り付けて馬車に乗り、見送る家族たちに手を振る。そして馬車は出発した。
私は遠ざかっていく群衆を確認し、肩がぶつかるほど近くに座ったバルドウィン様に低い声で呟く。
「……恨みますから」
「その分上乗せするよ」
「絶対ですからね!」
苦笑するバルドウィン様から言質は取った。それにしてもバルドウィン様は余裕がありそうだ。
「バルドウィン様は平気なんですか? 結婚は初めてなんですよね?」
「まあ、緊張はするが、身内だけの集まりよりは気が楽だから。見世物になるくらいならまだ耐えられる」
「……集まりって、そんなに大変なんですか」
うちは家族仲がいいし、親戚付き合いと言えば、母の実家は没落してしまったし、父方とも疎遠だからほとんどない。その大変さが想像つかなかった。
バルドウィン様は疲れたように俯いてため息をつく。
「絵姿を見せながら、一人一人説明しただろう? あの人たちが一堂に会するんだ。とんでもないことになる」
「ああ、まあ、癖の強そうな方々ばかりでしたね……。ですが、私は彼らといつ会えばいいんです?」
「夜会で紹介しようかとも思ったんだが、無関係な方々を巻き込むようなことをするんじゃないかと心配になって取りやめたんだ。内々で対処するべき案件だろう? だから、我が家で結婚披露を兼ねてガーデンパーティをしようかと思っている」
「それは私が主催するのですか?」
そういった催しも女主人の仕事ではある。ただ、嫁いだばかりでまだ勝手がわからないのだけど。バルドウィン様は笑って首を振る。
「いや、今回は執事に頼むよ。だが、君も手伝って欲しい。色々覚えるのにいいと思うから」
確かにそうだ、と頷き、ふと気づく。
「そういえば、バルドウィン様のご両親は? 本来ならお母様が取り仕切っているのではないのですか?」
「ああ……両親はいないんだ」
バルドウィン様の表情が曇る。聞いてはいけないことだったかもしれない。
「すみません。踏み込んだことを……」
「え? ああ、気にしないでくれ。二人とも義務は果たしたと、さっさと私に跡目を譲ってどこかで遊んでいるんだろうから」
それは、何と言ったらいいのか。結婚式にも出席しなかったということは、バルドウィン様との関係は良好ではないのかもしれない。これ以上は触れない方がいいだろうと、話を変えることにした。
「あ、そうだ。ビアンカ様、いらっしゃってましたね。ビアンカ様が感極まって、笑顔で涙を拭いていらっしゃったから、この結婚に裏があるって疑う人はいないような気がしました」
この結婚の裏側を知っているビアンカ様だけど、本当に演技がうまい。私も釣られて涙ぐみそうになったほどだ。
バルドウィン様は複雑な表情で呟く。
「……まあ、あの人にとっては真実だからだろうね」
「それはどういう……?」
「いや、まあ、あの人は色々な意味ですごいってことだ」
「? すごい方だとは思いますけど……」
「そのうちわかる」
バルドウィン様はそうして話を切ってしまった。ビアンカ様はいい方だけど、一筋縄ではいかないということだろうか。まあ、あの母と仲がいい時点で、薄々感じてはいた。
……何だか、話すこと話すこと全てがバルドウィン様にとっては都合の悪いことみたいだ。
会話を繋げることは諦めて、黙って馬車の窓から流れる景色をしばらく眺めていた。
読んでいただき、ありがとうございました。