結婚式は必要?
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婚約期間中、逢瀬を重ね、まったく愛は育まれなかったけれど、順調に信用は積み重ねてきたと思う。自分的に。話し合って意見の相違を擦り合わせてきた。
だけど、これは譲れない。
「なんで結婚式をしないといけないんですか!」
もう何度目かわからない文句をバルドウィン様に言うけれど、バルドウィン様は肩を竦める。ああまた言い出した、みたいな困った顔が腹立つ。
「婚約期間を設けているのに、結婚式はしないなんておかしいだろう。もう日取りも決まっていて、間近に迫っているんだから諦めてくれ」
「……これは業務に含まれません」
「いや、含まれる。結婚する前からうまくいってないのかと思われるとまずいだろう? それに叔母上が許してくれない」
「ビアンカ様が?」
「ああ。娘のように可愛がってきたメラニーの結婚式が見られるなんて、って涙ぐんでいたよ」
「ビアンカ様……」
ああ、そんなに私のことを……なんて思うわけがない。いや、おかしいでしょう。そもそもビアンカ様が雇われ伯爵夫人の話を持ち出したのだから、建前だって一番わかってるはずなのに。
「なんでそんなに嫌なんだ? 結婚自体はすんなりと受け入れたのに」
「だって、無駄じゃないですか。たった一日の数時間のためにどれだけのお金を使うと思ってます? あああ、もったいない……!」
そのお金を出すのはバルドウィン様かもしれないけど、自分でも他人のお金でも、嫌なものは嫌だ。
思わず地団駄を踏むと、バルドウィン様が爆弾を落とした。
「ああ、そういえば。ドレスは叔母上が用意してくれたよ。懇意にしている針子が縫ってくれたそうだ。確か、エルヴィラだったか。出世払いで返してもらうから安心して、と叔母上に言われたんだが。出世払いの意味がわからないだろう? 伯爵家当主以上のものになれとでも言われているのか……」
困惑を滲ませるバルドウィン様。私は話を聞きながらげっと小さく呻いてしまった。違う、それは私への言葉だ……。私は力なく笑う。
「……それ、ビアンカ様じゃなく、エルヴィラという針子が言ったんですよ、私に。エルヴィラというのは母ですから……」
「え⁉︎」
さすがは母だ。私のことをよくわかっている。
針子のエルヴィラは腕がいいと評判で、貴族御用達になっているが、その正体は知られていない。まあ、男爵夫人だと知られると都合が悪いから母が隠しているのだけど。
私が逃げないように、勝手に私への借金として押し付けたのだ。出世払いで、というのは伯爵夫人になった私に支払わせるつもりだろう。やっぱり結婚やめました、と言わせないように。
悔しいけど見事なやり方だ。これなら結婚式をしなければ、勝手に押し付けられた私の借金、もといドレスがまったくの無駄になる。結婚式をするしかないだろう。
「……ふふふ、ははは」
おかしくて笑いがこみ上げてきた。バルドウィン様は少しずつ後ずさりをし、その表情も引きつっている。
「ど、どうしたんだ?」
「いえ、こうなったら開き直ろうと思いまして。母がどんなドレスを用意したかは知りませんが、盛大にバルドウィン様の引き立て役になってやろうではないですか。その時にみすぼらしい娘の姿を見て、ドレスを送りつけるんじゃなかったと後悔しても遅いと思い知らせてやります!」
拳を握りしめて力強く誓う私に、バルドウィン様は困惑しているようだ。
「引き立て役って……。そんなに自分を卑下しなくても」
「違います。私は自分を冷静に見極めているんです。私の容姿は父譲りの赤毛に碧眼。お世辞に言っても中の上くらいです。対してバルドウィン様は上の中くらい。ほら、釣り合ってないでしょう? クリスティンくらいの美少女じゃないと、バルドウィン様には釣り合わないと思います」
「クリスティンって、ああ、君の妹だったな」
私の家族の話はしているから、バルドウィン様は思い出してくれたようだ。
「はい。すっごく美人で、性格もいい子なんです」
「そうか」
バルドウィン様は聞き飽きたとでも言うように淡々と相槌を打つ。
「……あげませんからね」
「いや、別に欲しいと言ってないだろう」
「見たら絶対に気にいるはずです。だけどまだ十二歳ですから……はっ、もしかして、バルドウィン様には少女性愛の趣味が……」
「あるわけないだろう!」
心外だと怒るバルドウィン様に、ほっとする。
「ですよね。せめてあと四年は待ってくださいね」
「いや、だから。欲しいと言ってない……」
どこか疲れているバルドウィン様をよそに、私は私で間近に迫った結婚式を思ってため息をつくのだった。
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