面接のはずだったのに
よろしくお願いします。
「いい天気ですね」
「……」
私が話しかけても、目の前の男性はむっつりと不機嫌に視線を逸らして黙りこくっている。
まったく会話が弾まない。ここには私と彼しかいないから、お互いが黙ってしまうと静かだ。
麗らかな春の日。小鳥はさえずり、春の訪れを喜ぶ蝶たちはこの庭園の花々を行き交い、訪れる人たちの目を楽しませる──はずだ。
ここはミュラー伯爵家の敷地内にある庭園。私有地だから、私の目の前にいるバルドウィン・ミュラー伯爵がここにいてもおかしくない。問題は私の方だ。彼にとって私は招かれざる客といったところだろう。
それでも私は尻尾を巻いて帰るわけにはいかない。これも仕事のためだ。
◇
私の家はヘルツォーク男爵家。男爵家といえば、貴族だから裕福な生活を送れると思われがちだが、実際は反対だ。平民の商人の方が我が家よりは絶対に裕福だと言い切れる。
貧乏人の子沢山。その一言でお察しだろう。
そう、うちは子どもが多い。十八歳になる長男で私の兄ユリアンを筆頭に、長女で十七歳の私──メラニー、下に十五歳の双子の弟アロイスとダニエル、十二歳の妹クリスティン、そして歳の離れた妹で六歳のイルザ。
よくもまあ、母もこれだけ頑張ったものだ。貴族として跡継ぎを産むことは義務だとはいえ、六人も。
だが、両親は義務だから子どもをたくさん作ったわけではない。二人は子どもの私から見ても本当に仲がいい。政略結婚で結ばれたのが信じられないほどだ。
そんな我が家の家訓は『働かざるもの食うべからず』。貧しさゆえに、それぞれが魔法も含め、自分の能力を活かして働かなければならない。
この国では身分制度と魔力の多さは比例している。魔力の多い順に王族、公爵、侯爵、辺境伯、伯爵、子爵、男爵、準男爵、そして平民なのだが、平民には魔力がない。
とまあ、私は男爵家の娘なので、少ないけれども魔力があり、魔法が使える。それを見込んで、母の友人である他家に嫁いでいるバルドウィン様の叔母様に是非ともミュラー家で働いて欲しいと言われた。ただし、面接は当主であるバルドウィン様が行うそうで、今、こうしてミュラー家の庭園で面接をしているというわけだ。
だけど不思議だ。面接と言う割に質問されない。ただただ静かに時間が過ぎるだけだ。伯爵家ともなると、面接の仕方も一般とは違うのだろうか。
あまりにも静かなので思案に耽っていると、ようやくバルドウィン様が口を開いた。
「……あなたは、いいのか?」
顔を上げると、苦虫を噛み潰したようなバルドウィン様と目が合った。
黒髪に青い瞳の端正な容姿の男性。二十五歳でまだ未婚らしいが、これだけ容姿が整っていると縁談もひっきりなしで妻を一人に絞れないのだろう。第二、第三夫人を持てるのは王族だけだから。
と、また思考が脱線しかける。
いいのかとは、あの条件でいいかということだろうか。バルドウィン様の叔母様が提示してくれた条件を思い出す。
具体的な役職は無かったけれど、住み込みで、バルドウィン様の秘書のようなことをして欲しいそうだ。臨機応変に対応してもらうためにお給金ははずむと言われて即座に頷いた。
「はい。ビアンカ様からお話はうかがっておりますので」
「叔母上が……わかった」
バルドウィン様は目を閉じると、深呼吸をして目を開き、私を見据えた。
「結婚しよう」
「は?」
思いがけない言葉に私は固まった。
読んでいただき、ありがとうございました。