第二章:雪国の悲劇(1)
「メイもうすぐだ・・・もうすぐで・・・」
城の地下の本来は実験室として使われる部屋。
そこの一番奥にある機械の前でシュウは呟いた。
「もうすぐで・・・約束を守れる・・・」
彼は右手で握り拳を作った。彼の決意の表れである。
「だから、それまでまってて・・・」
そう言うと、彼は後ろを向き、扉の方へ歩き始めた。
“君は僕が守る”そう思いながら、扉をゆっくりと引いた。
☆
湊は本来の自分の席ではなく、いつも竣が座っている席、つまり右の奥の席に座っていた。
そして、彼女の向かい側の席には依頼主が腰を掛けていた。
他のメンバーはめいめい適当に椅子に腰かけ自分達の事をしている。
竣は湊の席の横で依頼内容をメモに取っていた。
ちなみに稔と裂は昼飯の買出しへ行っている。
「とりあえず、お名前は?」
湊が手を組み、依頼主に訊ねる。その声は喜びに道溢れていた。
「えっと、ですね・・・」
「どうぞ」
「あ、どうも」
依頼主が言葉を発している最中に、優衣は彼女の前に紅茶を差し出した。
「リンと申します」
優衣が依頼主、つまりリンの横の席に遠慮がちに腰を掛けた。
「ふぅん、リンさんね」
湊はそう言いながら、リンをまじまじと上から下へと眺めた。
リンは“私の顔に何かついてますでしょうか?”と、言いたげな顔した。
それを見た竣は肘を小さく湊の腕に当てた。
「失礼でしょ」
小声で湊に耳打ちする。
一瞬、竣の方を見て腑が落ちない顔をしたが、すぐにリンの方へ向き直った。
「あ、ごめんね。ちょっと余りに可愛かったから」
湊は笑みをリンに向けた。
その瞬間、リンのほっぺが紅くなり、恥ずかしげな顔になったのを竣は見落とさなかった。
「ん〜歳は幾つ?」
「えっと、15歳です」
僕より一つ下か、ということを思いながらも竣はペンを動かしていた。
「えぇ〜15歳〜!!」
湊の声のトーンが一気に上がった。
そこ、驚くとこ?と、思いつつも竣は口には出さない。
湊の考えることはよく分からないからだ。
そして、紙に向けていた視線をリンの方へ向けると、リンは困った顔をしていた。
でも、どこか嬉しそうなような表情とも取る事ができた。
「湊ちゃん、全然話が進んでないよぉ」
痺れを切らしたのか、今まで黙って二人の会話を眺めていた優衣が口を開いた。
相変らず呑気な口調なのだが。
「あ、ごめん、ごめん。久しぶりのお客さんだから、テンション上がっちゃって」
嘘付け、昨日も来てただろ客、むさい男だったけど、と竣は心の中の声を発した。
「そうですか、私は別に構いませんよ」
リンの顔は言ってる事とは反対に困ったような表情が浮かんでいた。
それを見かねた竣は自分から進行をかって出た。
「もういいです。僕が進めます。えっとどのような事があったのか詳しくお聞かせ願いますか」
竣はできるだけ柔らかな口調で訊ねた。
一瞬、首を右に傾けると湊が睨んでいたような気がしたが・・・無視。
もう一度、リンの方に顔を向けた。
リンの顔は先程より緩んでいるような気がした。
優衣の顔は・・・まぁいつも道理である。
「えっと、ですね。まず何からお話しましょうか・・・?」
リンが相変らずの小さい声で訊ねて来た。
「じゃあ、まず何故ここへ来たかをお聞かせ願いますか」
そう言って、竣はできるだけのスマイルを彼女に振舞った。
リンはほっぺを紅くして、答えた。
横から、つまんないのぉと、小声で聞こえたが・・・無視。
「私の故郷は雪国として有名なスノウレッジです」
スノウレッジ・・・聞いた事がある。
確か、この国と北の方角に隣接している国だったはず。
世界一寒い国として、テレビに取り上げられているのを竣は見た事があった。
だが、幾ら隣接しているとはいえ、近場であると聞かれれば、そうとは言えない。
そんな国からわざわざこんな所まで来たんだ。
改めて事の重大さを知った竣であった。
「その国で何かが起こっていると?」
竣は生唾を飲み込み、リンに訊ねた。
ごくん、と言う音が聞こえた。
「はい。その、最近と言いますか、実際は三年前ぐらいからおかしかったのですが・・・」
竣はリンの話を黙々と聞き続けた。
この狭い建物内に緊張が走った。
リンの言った事をまとめると、こういう事だ。
スノウレッジっと言う国の最南端にある村にリンは住んでいた。
その村は余り人口は多くなく、村の住人全員仲がよかった。
そして、何より平和だった。
だが、三年前のある事件によって村の平和は妨げられた。
ある時、村のすぐ近くにある、城の兵士達がその平和の村へやって来た。
そして、兵士達は偶然そこで農業を営んでいた一人の男に近づき、腕を掴んだ。
男は必死に抵抗したが、その願いは虚しく、抵抗することはできなかった。
そして、男は城の方へ連行されてしまった。
それからと言うもの、兵士は一ヶ月ごとにその村へやって来て、一人ずつ男だけを連行して行った。
それも、年寄りではなく若い男だった。
それでも、村の者達は逃げようとはしなかった、いや、できなかった。
村の外には常に兵士が警備をしていて、逃げ出そうにも逃げ出せなかったのだ。
リンは毎日、毎日、兵士達の隙を伺っていたのだと言う。
そして、三年が経った、ある日ほんの一瞬だけ兵士達が警備を離れたと言う。
彼女はその隙を無駄にはしなかった。
決死の覚悟で逃亡を成功させたのだった。
そして、助けを求めここへ来た。
「なるほどね・・・」
全て聞き終えた後、竣はガラにもなく笑顔が完全になくなっていた。
さっきまで横で文句を垂れていた湊も真顔になっていた。
優衣も例外ではない。
「一つ気いていいかな、君の家族は?」
こういうことを余り聞きたくはなかった。
しかし、気が付くと竣は口に出していた。
「私のお父さんは・・・三ヶ月前に・・・うぅ」
リンの目には確かに涙が浮かんでいた。
竣はメモを見ながら、“ごめん、もういいよ”と、言った。
こういう言葉しかいえない、自分が情けなかった。
恐る、恐る目を上げると、優衣がリンの頭をさすっていた。
リンは目を手でこすっていた。
テーブルの上が濡れているのが見えた。
何かちょっとシリアスな展開になってしまいました。
次回、遂に戦闘シーンかも・・・