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砂糖菓子でできたお姫様

作者: 綾瀬あきら

 ある王国に砂糖菓子でできたお姫様がおりました。お姫様はとても愛らしく、どんな人でも一目でお姫様の事を好きになってしまいます。お年頃になったお姫様に国王様は言いました。

「お前もそろそろいい年頃だ。誰かと一緒になると良い。誰か好きな者はいないのか」

 お姫様は国王様の問いに可愛らしい首を傾げた後、横に首を振りました。

「それでは、より良い未来のために、貴女に相応しい伴侶を探しに行きなさい」

 そこで、砂糖菓子のお姫様は大勢のお供を連れて王国を旅立ちました。野を超え、川を超え、山を超え、生まれて初めて国境を超えて、見知らぬ所を旅して行きました。


 やがて、大きなお屋敷にたどり着きました。そこはお姫様とその大勢のお供が十分にくつろげる位の大きさがありました。

「旅の者ですが、少し休ませていただけますか」

 砂糖菓子のお姫様が訊ねると、お屋敷の門は静かに開きました。

(この様な立派なお屋敷に住んでいるのは、どの様な方なのでしょうか)

 お姫様は期待に胸を膨らませて門の中に入って行きました。けれども、いくら待っても誰も出てくる様子はありません。

「門が開いたのだから、入っても良いという事でしょう」

 お姫様はどんどん奥へ進んでいきます。そろそろ陽も暮れようという頃合いでしたが、屋敷の中は薄暗く、火の気も人影も全く見当たりません。

 それでも、ぐるぐると中を歩き回っていると、やっと灯がこぼれている部屋が1箇所見つかりました。中に入ると大きなテーブルの前に腰掛けて、熱心に金貨の山を数えている青年が居りました。青年は身につけている物も立派で、凛々しく見えました。お姫様は胸の高鳴りが聞こえない様に、よくよく注意して声を掛けました。

「お邪魔しています」

 お姫様が声を掛けると、青年はちらと目を上げただけで、

「気に入ったのなら好きなだけいると良い」

 と言って、また金貨を数えています。そのままお姫様へは興味も無い様子なのでお姫様は気後れしながら、問いかけました。

「どうしてこのお屋敷には誰もいないのですか?」

「お金が掛かるから皆辞めさせてしまったよ」

 青年は事もなげに言います。

「そんなに沢山の金貨を持っていらっしゃるのに?」

「金貨と言うのは有ればある程いいんだよ」

「そんなに沢山の金貨をどうするのですか?」

 青年は心底驚いたように顔を上げて言いました。

「どうもしないさ。ただ持っていれば良いんだよ」

 お姫様はがっかりしました。

「あなたが私に相応しい方かと思いましたけれど、あなたに一番相応しいのは金貨の山なのですね」

「君はここで好きにすれば良いんだよ。何が不満なんだ?」

 青年は訳が分からないという顔をしました。いつの間にか青年はお姫様が好きになっていたのです。

 しかし、お姫様とその一行は、そのままお屋敷を出て行きました。火もなく、何のもてなしも無い屋敷では、外にいるのと何ら変わりは無いのですから。


 それから、また砂糖菓子のお姫様は旅を続けて行きました。

 長い長い旅になりました。

 お供の者は一人、また一人と倒れて行きます。

 それでもお姫様は旅を続けて行きました。


 ある大きな森に差し掛かった時の事でした。

 そこでは見上げるばかりの大男が、木を切り倒しておりました。

 お姫様は立派な体格の男を見て、再び胸をときめかせました。

(私の探しているのはこの方かもしれない)

 お姫様は大男に話しかけました。

「何をなさっているのですか?」

「木を切り倒しているのさ。それが仕事なのだから」

 大男は手を休めずに答えます。

 お姫様はこの力強い大男に好感を持ちました。それで近くの切り株に腰を下ろすと、大男のしている事をしばらく眺めておりました。

 大男の手際は大変良く、あっと言う間に何本かの木が切り倒され、運びやすい様にまとめられて行きます。最初大男は以前と変わらず仕事を続けていましたが、そのうちにちらちらとお姫様を盗み見る様になりました。その様子にお姫様も悪い気はしません。そして大男はとうとう手を止めて、こう言いました。

「俺はお前が気に入ったらしい。良ければ、一緒に俺の家で暮らさないか?」

「はい。喜んで」

 既に、お互いの事を好ましく思っていたので、お姫様も素直に頷きます。

「では、この森を抜けたところに有る俺の家で待っていてくれ」

「あなたはどうなさるのですか?」

「俺にはここでの仕事が残っている」

「ではお帰りになるのをお待ちしています」

「いや、俺はここが終わったら、すぐまた次の仕事に掛からなければならない」

「それでは、次のお仕事を終えてお帰りになるのをお待ちしています」

「その後にも、その後にもずっと仕事は続いているのだ」

「では、何のために一緒に暮らすのですか?」

 大男は困った様に言いました。

「お前が俺の家に居る事が大事な事だからだ」

「でも、私は一緒に暮らす方が居ない家に暮らす事は出来ません」

 そう言うと、お姫様は切り株から立ち上がり、森を出て行きました。大男はその後ろ姿を見送ると、再び仕事に掛かりました。


 それから、また砂糖菓子のお姫様は旅を続けて行きました。

 長い長い旅になりました。

 お供の者は一人また一人と倒れて行きます。

 それでもお姫様は旅を続けて行きました。


 ある山にたどり着いた時の事です。

 砂糖菓子のお姫様は、大きな天体望遠鏡を覗いている一人の学者に出会いました。銀縁の眼鏡の奥の目がキラキラ光って、素敵な紳士でした。

「その望遠鏡には何が見えるんですか?」

 紳士は望遠鏡から目を離すと、

「大宇宙の神秘じゃよ。そんな事も知らんのかね」

 大宇宙の神秘なんて聞いた事も無かったお姫様はびっくりして思わず聞き返しました。

「大宇宙の神秘ってどんなものなのでしょうか?」

「宇宙の始まりから終わりまでのありとあらゆる事に決まっておる」

 お姫様はそんな素晴らしい物に自分も是非触れてみたいと思いました。

「私にもその大宇宙の神秘を知る事が出来ますか?」

「この学問は一朝一夕に納める事の出来るものでは無い。わしのような天才は別としてな」

 お姫様は悲しくなって、そこを立ち去りました。


 それから、また砂糖菓子のお姫様は旅を続けて行きました。

 長い長い旅になりました。

 お供の者は遂に最後の一人も倒れてしまいました。

 それでもお姫様はたった一人で旅を続けて行きました。


 そして砂糖菓子のお姫様は、一人のピエロに出会いました。濃い白い化粧に笑い顔のピエロの顔は本当の表情が判りません。

「一体全体こんな所をお姫様風情が何をしているんだい?」

 ピエロはからかい口調で言いました。

「私に相応しい伴侶を捜しているのです」

「へーぇ。私に相応しいだってさ。一体全体どんな男が相応しいのかね」

 砂糖菓子のお姫様は、そこではたと考えてしましました。

「大体、自分が相手に相応しいかどうか考えた事があるのかね。あんた一体全体何様のつもりだい」

 ピエロの言葉はもっともでお姫様の瞳から、大粒の涙がポロポロと流れ出しました。砂糖菓子のお姫様は、今まで自分の価値というものを考えた事がなかったのです。そして、そんな自分に付き従って途中で倒れて行った者たちの事も考えました。そうすると涙がますます止まらなくなります。

 お姫様のその甘い甘い涙は、後から後から流れ出てついにその体は溶けて、砂糖の水たまりになってしまいました。

 後に残されたピエロは、突然の事に呆然としました。

 やがて、そのピエロの目からぽろんと一粒しょっぱい涙がこぼれ落ちました。ピエロはいつの間にかお姫様の事を好きになっていたのです。

「一体全体、何て事をしてしまったんだろう」

 ピエロの流す涙は、砂糖の水たまりと混じり合い、徐々に固まって行きました。やがて、驚いて見守るピエロの前で、人の形を取り始め遂には元のお姫様の形を取り戻しました。

 ピエロは喜んで、お姫様を抱き起こしました。

 けれども、どんなに呼んでも叫んでも、揺さぶってみてもお姫様は目を覚ましません。溶けた体は元に戻っても、心は元に戻らなかったのです。

 ピエロはお姫様を抱きかかえたまま、おんおん泣きました。

 皮肉屋のピエロは、初めて心の底から泣きました。


 やがて、どの位の時が過ぎた頃でしょうか。

 一人のとてもとても年を取ったおじいさんが、通りかかりました。

 おじいさんはしばらくピエロの様子を見ていましたが、哀れに思って声をかけてきました。

「これこれ。笑いが仕事のピエロが何をそんなに泣いているのかな?」

 ピエロはしばらくしゃくり上げていましたが、やっとの事で納めると、

「初めて好きになった人を傷つけて、心を壊してしまいました。僕はこれからどうしたらいいのか分からなくなって泣いているのです」

と、言いました。

「ふむ。泣いていても何にもならないな。まずはきちんと謝らなければな」

「でも、どうやったら良いのか」

「心の中は誰にも覗く事は出来ないんだから、自分の気持ちを正直に伝える事から始めたらどうだね。とは言っても、このままでは話もできないの。どれ、見せてごらん」

 そう言うとおじいさんは、お姫様の胸を開いて見てみました。

「これじゃ、これじゃ。見てごらん」

 ピエロが覗き込むとお姫様の心が有るはずの所には、お砂糖がいっぱい詰まっていました。

「さて、お前さんにも手伝って貰わなきゃなるまい」

「どんな事でもお手伝いします」

 真剣なピエロの目を見て、おじいさんは微笑みました。

「では、お前さんの心を半分貰うとしよう」

 ここでピエロはびっくりしてしまいました。もしも自分の心が半分になってしまったら、一体全体どうやってこの気持ちを伝えたら良いのでしょう。きっと気持ちの半分しか伝えられない事でしょう。

 更にまた、考えました。

 いくら気持ちを伝えようとしても、受け取って貰えなければ何にもならないんだ。気持ちが決まると、ピエロはおじいさんに言いました。

「どうぞ、僕の心を使ってください」

 おじいさんは優しく頷くと、ピエロの胸を開けてその心を取り出しました。ピエロは心があった場所が急に冷たくなった様な気がしました。

 それからおじいさんはピエロの心をぱきんと二つに割ると、次にお姫様の胸に詰まったお砂糖を全部取り出しました。お砂糖をちょうど半分に分けて、それぞれをピエロの心とよく練り合わせて、二つの心を作り出しました。そして、一つをピエロに、一つをお姫様の胸に戻しました。

 ピエロは胸の辺りがほんのりと甘く温かく感じました。

 次に、ピエロの目はお姫様に痛いほど注がれます。程なくお姫様はぱっちりと目を見開きました。

「気分はどうかね?」

 おじいさんが優しく尋ねました。お姫様は夢見心地で答えました。

「少し心が痛くて、少し温かいです」

 ピエロがおずおずと前に出ました。

「さっきはあんな考え無しな事を言ってごめんなさい」

 お姫様はピエロに少しびっくりして、それからおじいさんが優しく頷くのを見て自分の胸に手を当てて考えていましたが、やがてピエロに言いました。

「いいえ。あなたの言われた通りです。私は自分がどうしたら良いのかを知りもしないで、相手に求めるばかりでした。それからお供達にも酷い事をしていました。あなたのお陰でやっと気がつく事が出来たのです。私はこれから皆に謝りに行かなければなりません」

「僕も付いて行って良いでしょうか?」

「とてもとても長い旅になると思います。ずっとあなたが一緒に行っていただけるとは思えません」

「でも、僕はもうあなた無しで生きていく事は難しいのです」

 おじいさんが言いました。

「今では、二人で同じ心を分け合って生きているのだから、一緒に行くのが良いのではないかの」

 砂糖菓子のお姫様とピエロは顔を見合わせると頰を赤らめました。

 お姫様はおじいさんに最後に尋ねました。

「私に相応しいって結局どう言う事だったんでしょう?」

「わしが思うに、お互いが無理をせずにお互いを思いやれると言う事では無いかの」

 砂糖菓子のお姫様とピエロはおじいさんに頭を一つ下げると、二人は一緒に道を辿り始めました。


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