11話 オルタナティブのない四人
「結局のところ、得た情報は少ないですわね」
『天才プログラマー』は他いる三人に向けてそう呟く。
現在、娯楽会場という場所に移動するため、有原小島の森を四人――紅涼、高原美華、能登歩美、ボクこと回帰人折で歩みを進めていた。
あの食事会で得た情報で『試験』について得られたことと言えば<事が起きたらそれは『試験』の指向性を示す>というものだった。つまり、よくある『時が来たら分からん(分かるだろう)』というヤツだ。
……時が来れば勝手に分かる。時が来れば、ボクたちは何をすればいいか決まる。時が来れば、方向性が決まる。時が来たら、『試験』で何をすればいいのか定まる。
『試験』はもう始まっていると、左助はそう言っていた。だけど、ボクはまだ始まっていないんじゃないかと、思ってしまう。どうしてもそう考えてしまう。
引っかかりがある。薄っすらと、しかし確実に脳にしこりとして残る考え。それは――、
『試験』は人が死んだら開始されるのではなかろうか? そして『試験』の『解答』は、誰が犯人なのか言い当て、証拠を突き付けるのではないのだろうか?
突発的に見えるその考え、だけど、ボクはそれがどうしても気になる。
でも、それだと『試験』はまだ開始していないということになる。何より、『試験』の方向性を決める前に、『試験』を合格している人が一人はいたのだ。人殺しでスタートするなら、『試験』が開始されるのは、やはり殺人事件が起こったあとだ。圧倒的に矛盾しているボクの考え。
しかしながら、『試験』の指向性を決めるなら、それ相応の――それこそ殺人事件並のインパクトが必要だ。
人を殺すはないにしても、事件性あるものや、異物な存在の介入、そういうものが無ければ『試験』がなんなのか分かりづらい。
謎解きなら、ボク達はいくらか経験があるから素人よりも優位に立てるけど……それまでで、そこまでだ。『探偵の天才』でもいればボクがそいつに勝つことなんてあり得ない。
「そうだねー。私たちが得た情報は極々少ない、至極少ない、しゅごく少ない。
でも、私たちはこれから遊ぶんだから、それはまた後で考えない?」
「そうですわね。何せ五年近くは歩美ちゃんと遊んでいないんですもの。
遊びを楽しまなくてどうするってことですわねっ!」
妙にテンション高い美華。普段は人を愚弄する言葉を使うが、歩美に対しては棘がない。棘のないバラ。それは異常で……美華ではない何かを見せられているようで……とまあ、そうは言ってみるものの実は同性の人にはかなりの優しさを持っているのが『天才プログラマー』こと高原美華。それほどまでに、異性が――男性が嫌い。
そういう好き嫌いはもうこの年では治りにくい。高校生のボクたちは、急成長をする時期をとっくに超えていると言ってもいい。それほど、当たり前になってしまったことは高校生からでは変えられない。
変えられないということは、他者からは予測されてしまうということで、先回りされかねないということで、……つまり、ボクらの行動をある程度予測できてしまう。そしてこの現状を有原たちに予測されていれば、彼らは何か仕掛けてくるかもしれない。
たとえ、左腕がなかろうが、右腕がなかろうが、仮面を被っていて喋れまいが――奴ら三人……いや、やっぱり有原両助も入れて四人と考えよう。四人ならば、何か大掛かりなことを仕掛けることが可能かもしれない。左腕がなくとも右腕は使え、右腕なくとも左腕は使え、狐面で自身の視界が狭まり尚且つ喋れなかろうと両腕は使え、存在は未だ見せないが――彼ら曰く『いる』と言われている存在がいれば、何か最悪なことを起こすくらい造作もない。
「聞いているんですの、凡愚?」
「えっ?」
「えっ? っじゃありませんわっ! 凡愚もこのまま相手の思惑通りに行動してもいいかと聞いているんですわよ!」
ああ、そういうこと。どうやら、頭の中でいろいろ考えているうちに、美華たちも似ている考えにたどり着いているようだった。そして、彼女は「思惑通りに行動してもいいのか?」と話しかけてきた。当然、
「思惑からは逸れた方がいいと思う」
相手の掌で転がされるのは――無策のまま遊ぶのは、絶対に何かしらのヤバいことが起こる。
何がどうなるかなんてボクの想像の範疇外だけど、それでも無策ではなく何か策を講じるべきなのだろうとは思う。だからこそ、相手の思惑通りから外れた方がいい。
「これで三人の意見は一致しましたわ。『ハイスクールの天才』、貴方はどうしますの?」
涼は判断を決めかねているようだった。
正直、天才である涼が、この考えに未だ賛成していない理由は、先ほどまで会話に参加していなかったボクでも分かっている。
このこと――有原たちの考えていない思惑を貫いた場合のリスクがちらついて、答えを出せないままでいるのだ。意に返さない行動を取った場合、最悪殺されるということを考慮している。
「俺は……まだ判断を決めかねている」
そして自分の命を懸けることともう一つ、彼には彼の考えがあると思う。
それは、このまま右助たちの思惑から外れれば、例えこの島から脱出して殺されなくとも、『試験』を今後は受けることができない可能性それはつまり、『試験』に『合格』して願いを叶えることができないと同義。高校一年生の今の状態で得られる飛び級進学で、なおかつ海外の有名どころの大学に進学できる――その条件が、『試験』に『合格』するしか彼にはないのだ。これを逃したら、いつまでたっても、凡人から天才とは認められない――それが涼の判断を鈍らせているのだろう。
「今回を逃せば、恐らく俺は高校を卒業しても暫く『ハイスクールの天才』扱いだ。
だから、それはごめんだ」
まあ、天才なりのプライドだとか、どれほど努力をしても一般人からあまり評価を受けてもらっていないのが、判断を鈍らせている主な原因だろう。ボクは涼が素晴らしい天才だとは分かっているけど、それでも一般人の偏見という名の常識を覆せるほどのチカラを所持していない。ボクは一人の凡人だから、凡人の集団に勝つなんて当たり前に無理だし、天才でも集団の凡人には勝てない。天才がいるから凡人がいるのであって、もし天才がいないなら世の中全員天才で、凡人だ。
だからまあ、何が言いたいかと言えば、本人が天才というブランドを捨てる覚悟があれば、この問題は簡単に解決する問題だけど、今回ばかりは駄目そうだ。
「そう……ですの」と、『天才プログラマー』は嘆息し、「それでは、危険な行為まではできせんわね。でーすーがっ! わたくしなりのアイデアというものがありますわ。そのアイデアに全員賛成でしたら、わたくしが行きたいとある場所に一緒に来てはくれませんか?」
「その場所ってどこなんだ?」
ボクは純粋に気になり、思わずそう聞いた。
「有原小島のメインコンピュータがある場所――ですわ! そしてそこで遊ぶ。これでいいかしら?」
……なるほど。美華の考えは概ね良い目論見だと、凡人のボクは思う。
『天才プログラマー』だからと言って、『天才技術士』ではないから、世界一ではなくとも、コンピュータ一般の知識はそれ相応のものが彼女にはあるはずだ。彼女なら、メインコンピュータがある場所で、『試験』の内容を調べることができるのかもしれない。
「なるほどな。その場所に行こう、美華」
「ひーちゃんと同じくさんせー」
「……賛成だ」
よし。全員一致。これで行動に移せる。涼も賛成したから。
そしてボクらはメインコンピュータの場所を目指して歩き始める。
そうそう。ある状況を一般人から見れば可笑しく見えた部分を教えておこう。
ボクら四人は四人で行動すると決めたら、誰の賛成あろうとも、賛成数が三票でも、反対票が一票でもあればその案は無かったことになる。これは、ボクらだから可能なことで他の四人では無理だ。ボクらにしか可能ではないルール。代替役は存在しない。この四人は、この四人以外ありえない。
だからこそ、その部分を有原小島の住民に狙われて弱点になるかもしれないけど、それは最高にどうでもいい。この四人だからこそ、どうでもいいと思えるのだ。
たとえ、その選択でこの四人の誰かが死のうとも。
後悔はしない。