3話 一条薫の巧妙な作戦②
今回はすれ違いがもっとエスカレートします。
図書室の机に勉強道具を広げていると、扉が静かに開かれた。
顔を上げ、相手を確認する。
うん、一条君だ。
他にも生徒がいる中で私を探すのは難しいだろう。
私が一条君に向かい小さく手を振ると、彼は私に気づき、小走りで駆け寄ってきた。
「ごめん、遅れて。掃除長引いちゃって…。」
「いえいえ、私も今来たところですから」
すると、一条君はホッとしたような顔をして、向かいの席に着いた。
彼は机に数学のノート、教科書、筆箱を広げた。筆箱の中に見えるシャープペンシルや定規から、文房具は色を青に統一されているようだった。
私のノートをちらりと見ると、一条君は感嘆の声を上げた。
「わあ!白木院さんのノート、すごく綺麗だね!」
「復習しやすいようにまとめてみただけですよ。」
「へぇ、すごいなぁ。」
このまとめ方は雪羽が教えてくれたものだ。
私がこんなこと考えられるわけがない。
「それで、一条君は具体的にどこがわからないんでしょうか?」
「公式はなんとなくわかるんだけど、使い方とかどうしてそうやって解くのかっていうことがわからなくて…」
確かに、そこの部分は浅倉先生、あまりしっかり教えてくれなかったからな。
美山君も昨日聞いてきたし。
私も最初、雪羽に教えてもらってわかったし。
「なるほど…。では、まず公式について説明しますね」
公式の意味がわかればどのように使えばいいかもわかるだろう。
一条君がテストで満点取れるくらいまで教えてやる。
そうすれば、一条君が金宮君に勉強を教える的なドキドキラブラブ展開があるかもしれない。
ふふ…ふふふ…腐腐腐腐腐…。
おっといけないいけない。今は公式の説明に専念しないとね。
私は教科書の公式が載っているページを開き、持ち慣れたシャープペンシルを走らせた。
「ここは―」
〜〜〜〜
「―どうでしょう?これで、もうわからないところはありませんか?」
白木院はニコリと笑い、俺に問い掛けた。
わからないところがないっていうか、寧ろ前より理解している。
まさか白木院がこんなに教えるのが上手いとは思っていなかった。俺の家庭教師よりも全然上手い。
「うん、ないよ。」
「そうですか!なら良かったです」
白木院は俺が理解したことが本当に嬉しかったようで、また笑顔を見せた。
その笑顔は裏表なんてものが無いように見え、とても眩しかった。
…皆この笑顔にやられていくんだろう…。
ま、俺は別に?やられるなんてことないけど?逆に惚れさせるけど?
俺がそんなことを考えているとは知らず、白木院は口を開いた。
「実は、少し不安だったんです」
「え?」
突然の白木院の言葉に、俺は素の声が漏れ出た。
やばいやばい、爽やか完璧ボーイの一条君が崩れてしまう。
俺はすぐに「何が?」と付け加えた。
「一条君がわからないところが、私に説明できるのかなって…ほら、一条君って頭良いですから」
「あはは…僕だってわからないところ、結構あるよ。家庭教師に教えてもらって、やっとって感じなんだ」
まあ、嘘なんだけどな。家庭教師に教えてもらう前から大体わかる。
わからないところ?あるわけないだろ、そんなの。
「あ、私もなんです!私も、侍女に教えてもらってやっとって感じで…」
白木院は照れたように笑い、俺を見る。
「でも、以外です。一条君って、何でも自分でやってきたって感じしてたので…」
「え?」
「金宮君は例外ですけど、ほら、一条君はあんまり人に近づかないじゃないですか」
は?
俺が、人に近づかない―?
冷や汗が垂れるのがわかる。
「そ、そうかな?」
「あ、違いましたか?こちらからの時は笑顔で接してくれますが、一条君からクラスメイトへ声をかけることはあまり見たことがなかったので…。だから、あんまり人に頼らないようにしていたのかなと…違ったのならすみません」
白木院はまた照れたように笑うが、対照的に俺は凍りついたようなぎこちない笑みをしている。
俺は今まで白木院のことを「優しくほんわかしたお嬢様」だと思っていた。
白木院は人を疑ったり、人を見なければならないような環境で育っていない、周りにチヤホヤされて生きてきた人間だと思っていた。
つまり、生きる上ではかなり馬鹿だと思っていた。
そんなに見ていたなんて。
「あ、もうこんな時間ですね。そろそろ帰りましょうか」
「そうだね」
また俺はぎこちない笑みで返した。
俺と白木院は勉強道具を片付け、図書室を出た。
「白木院さんは車だっけ」
「ええ。一条君は徒歩ですか?」
「うん」
校門には黒い大きな車が停まっていた。
さすが白木院家のお嬢様だ。
白木院が車に乗り込む前に、俺は声をかけた。
「今日はありがとう、白木院さん」
「いえいえ。教えるのは私の勉強にもなりますから」
白木院はいつものようにニコリと俺に笑いかけた。
白木院が車に乗り込むと、すぐに車は発車してしまった。
白木院には、気をつけた方がいいのかもしれない。俺の裏の顔がバレてしまう、危険人物だ。
俺の中で警報が鳴り響いているのがわかる。
でもそれ以上に、面白そうだと思ってしまった。
彼女は面白い。
ずっと「白木院と付き合う」ということが面白そうだと思っていた。
でも、それは違う。
彼女が面白いんだ。
俺は上がる口角を隠さず、帰路を辿った。
〜〜〜〜
なんだか最近、一条君とよく話す。
一条君は金宮君よりも私と話すのだ。
それは嬉しいことなんだけど、私が求めているものとは少し違うような…ような…。
はっきり言っちゃうと、もっと金宮君と絡んでほしい。切実に。
学校での癒やしが無くなるって結構辛いんだよ?あれだよ、好きな子と会えなくなっちゃった的な感じ。
…だからこんなものを買っちゃったんだけどね…。
私は鞄から本を取り出し、栞が挟んであるページを開いた。
これは、「向日葵畑を抜いて。」というタイトルのBL小説だ。
学校に持ってくるのは少し抵抗があったが、癒やしが少なくなってしまった以上、仕方がない。これで補充。
表示も裏表紙も一見すると普通の本に見える。
更に小説だから、文もパッと見ならわからない!はず!
それに読むのは朝のホームルームが始まるまでの時間だし、誰かに見られる心配はほぼゼロ。
素晴らしいわ。ほんと。ストーリーもいいし、文章も最高。キャラクターも勿論最高。
まさに最&高である。
「白木院さん、何読んでるの?」
「へっ⁉」
後ろから声をかけられ、慌てて本を綴じる。
やば、変な声出た…。
私が後ろを見ると、そこには不思議そうな顔をした一条君がいた。
「あ、ああ…えっとこれは…」
ど、どうしよう。
すると突然、「あ!」と一条君が声を上げた。
「僕、その本知ってる」
…え。
…ええええええええええええ〜⁉
や、やばい。
「最後付き合うところとかいいよね」
結末を知ってるあたり、知ったかじゃない!
つまり、本当に知ってるんだ…‼
「そ、そうなんですか…こういう本、好きなんですか?」
「うん、好きだよ」
マジか、マジかマジかマジかマジかマジか!
やばいやばい、同士だ同士!
嬉し過ぎて語彙力の低下がすごいけど、そんなことどうでもいい!
「じゃ、じゃあ、実際にこういうのあったら、いいな…とか思いますか?」
すると、一条君は恥ずかしそうに笑った。
「うん、いいなって思うよ」
…いやもう、これは金宮君好きでしょ⁉
それかもうくっついてんだろ⁉
や、やべー…。めっちゃ嬉しい…。
「あの、すごく嬉しいです…これまで、こういう本好きな人と巡り合わなかったので…」
「そうなんだ。じゃあ、僕が第一号?」
「ですね!」
ホームルームまであと少し、というところまで一条君と話した。
ああ、本当に嬉しい。
生きてきて約17年、やっと同士と会えました!
〜〜〜〜
白木院がよくわからない。
だってあの本、あのかの有名な「向日葵畑を抜けて。」だろ?
あのかの有名な賞をもらった、純愛小説。
誰だって知ってる本だ。
なのに、あんな「やっと出会えた…」みたいな反応するか?普通。
…よくわからないけど、まあいい。
白木院の俺に対する好感度は上がっただろうし、俺も「そういう恋愛してみたい」アピールはできた。
あともう一押しだろう。
ああ、本当に楽しみだなぁ…。
待ってろよ、白木院純。
「白木院純は✗✗である。」を読んでくださり、ありがとうございます!
もしよろしければ、ブックマーク・コメント・評価をお願いします!
次回.果たして一条薫の作戦は成功するのか⁉
お互いの誤解は解けるのか⁉
お楽しみに!