2話 一条薫の巧妙な作戦
今回は一条君が頑張る話です。
「おはよー薫ー」
俺が家の前で待っていると、欠伸をしながら翔が歩いて来た。
「おはよう、翔。相変わらず眠そうだな。いつものアホ面が更にアホ面になってる」
「お前も相変わらずの毒舌で」
いつもの道を二人で歩く。
そして、いつものように他愛もない話をする。
けど今日の俺は違う。心ここにあらず、だ。
と言うのも俺は昨日からずっと計画を練っていたのだ。
何の計画かって?そんなのもちろん、白木院を後押しするための計画に決まってるだろ。
その計画を今日から実行するからな。確認しとかないと。
だからこんな奴の話なんか聞いてる暇は無いんだ。コイツの話なんて、適当に聞き流せばいいのである。
「昨日バイトでお客さんのヅラふっとばしちゃってさ、お前はクビだーって店長に言われてさ。でもさ、ヅラふっとばしたくらいで大袈裟じゃん?さすがに」
「へぇ」
聞き流せば…
「それに俺故意じゃないわけよ。たださ、おしぼり持って行こうと思ったわけ。で、おしぼり持って行くときに店内走り回ってる子供がぶつかってきて、おしぼり四方八方に飛び散っちゃったんだよね〜。そしたらおしぼりがお客さんの頭に乗っちゃって、そのまま勢いでヅラがスルッと…」
「へー」
聞き、流せば…
「いや〜俺のせいじゃないのになー!そそ、だからさ、クビなんて納得いかねぇって言って店長の机バンッて叩いたの。そしたらペンが飛んじゃって、それ取ろうとしたら店長の頭掠っちゃったの。…それでペン取ってホッとしてから店長見たら何故か頭ツルッツルになってる店長がいてさ…」
「…え、それって…」
「そうなんだよ。店長も、ヅラだったんだよ。…だからあんなに怒ってたんだなぁ、店長」
翔はしみじみとした表情で遠くを見つめた。
まさか店長もヅラだったとはな…。
じゃなくて‼計画‼
…聞き流そうと思っていたのに…結局全部話を聞いて…。
ほんとやだコイツ。
「どうした?そんな疲れたような顔して」
「誰のせいだと思ってんだよ…」
「んー、お前じゃね?」
「なんで自分に…いや、確かにそうか」
俺が聞かなければよかったんだから。
…変なところで合ってるっていうか、鋭いというか…。
まあいい、今度こそ計画を確認しよう。
今日から五日間で白木院の俺の好感度を更に上げる。その間にさり気なく恋愛の話を持ち出し、彼女と別れたことを告げる。「ふられちゃったな…。僕は彼女にとって一体何だったんだろう」という、“可哀想な一条君”感を出し、共感させる。そして、「私だったら一条君にそんなことしない!」という気持ちにさせ、結果あっちから告白してくる、という完璧な作戦である。
「あ、そういえばさ」
「なに?」
「お前と付き合ってる…朱莉ちゃん、だっけ?その子とは長続きしてるよな、お前。そんなに良い子なのか?」
ニヤニヤして、俺を小突いてくる。
…長続きって…。まあ確かに、今まで付き合った奴の中では長い方か。
朱莉は最初は面白かった。いつも冷静で、クールで。最初は俺のことを好きじゃなかった。でも俺がちょっと近づいただけであっさり表の俺に惚れた。付き合ってからもただ表の俺にデレデレしてるだけで、正直つまらなかった。ただ、朱莉以外に付き合いたいって奴がいなかったから惰性で付き合ってただけ。
でも、今は白木院がいるからな。
「…アイツとはもう別れた」
「は?いつ?」
「昨日」
「何で?」
「気分」
自分でも最低なことを言っているとわかっている。本当に最低だ。…けど、仕方ないじゃないか。朱莉以上に面白そうな奴を見つけてしまったんだから。
俺は前を向き普通に歩いていたが、隣を翔が歩いていないことに気がついた。
「…何止まって―」
止まって「んだよ」、と続けようとした時だった。
「俺、お前のそういうとこ嫌い」
翔が俺を睨みつけているのが背中越しでもわかる。
「なぁ、お前前までそんなこと言う奴じゃなかったじゃん。やっぱり―」
「俺は前からこういう考え方だ。変わってなんかない。…ほら、行くぞ」
「…おう」
別に俺は、変わってなんかない。前からこういう奴だよ。
ああ、なんだかイライラする。
俺は翔のことを気にせず、早歩きで学校に向かった。
元々白木院と俺は、あまり話さない仲である。
クラスメイトとして接することはあっても友人というほど接触したことはない。
いきなり会話数を増やすのは良くないだろう。さり気なく、さり気なく接触を増やしていこう。
さり気なく、とは言っても少し接触を増やしたくらいじゃ怪しまれないだろう。何せ、俺の席の斜め後ろが白木院なのだから。
だが、いつも翔の席で話していたためあまり白木院と会話することがなかったのだ。
…休み時間に席を離れなければ、会話は自然に生まれるだろう。
「もうすぐチャイムが鳴りますねぇ。それでは、ここのところ宿題で」
「ええ〜!」という生徒のブーイングが沸き起こるが、それを抑えるかのようにチャイムが鳴り響いた。
数学の浅倉先生はそんなブーイング聞こえなかったかのように堂々と教室を出て行った。
この宿題。大半の生徒にとっては面倒以外の何物でもないだろう。
だが、俺は違う。俺はこの宿題をチャンスに変える…!
俺は斜め後ろを振り返り、ニコリと笑顔を作った。
「白木院さんは、数学―」
次の瞬間、クラスメイトの4分の3ほどが白木院の机の周りに群がった。
勿論席の近い俺のところまで人の輪は広がっているわけで。
俺はぎゅうぎゅうと押しつぶされそうになりながら席に座っていた。
「白木院さん!浅倉先生、好き?」
「白木院さーん、今日一緒にご飯どう?」
「白木院さん、今日の放課後空いてる〜?」
「白木院さん―」
あー、どいつもこいつも白木院白木院って…!
こんな人混みの中にいるのも息苦しい、早くここから出てしまおう。
俺はかなり時間をかけ、席から離れた。
「は?お前知らなかったの?」
翔は「ありえない」とでも言いたげな顔で俺を見てくる。その表情には馬鹿にしているような感情も含まれているように思えて、俺は少しイラッときた。
だが苛ついた反応を見せれば、コイツの思うツボである。
ここはその感情を見せないように返そう。
「ああ。まさかあんなに人気だとはな…」
よし、良い感じだ。
それにしても、白木院は毎時間あんな風になっているのだろうか。
大変だな…。白木院も…。
俺は密かに白木院に同情した。
「ていうか、お前白木院さんの斜め後ろの席だろ?なんで知らねーの」
「…さあな」
本当は理由なんてわかっている。
「休み時間はいつも翔の席へ行くから」という理由だけじゃない。
俺は…
俺は周りを見ていなかったんだ。
その後、俺は何度も白木院との接触を図った。
まず、白木院が消しゴムを落とした時―
これはチャンスだ。
俺はコロコロと転がってきた消しゴムを拾おうと、手を伸ばした。
あともう少しで掴める、そんの距離まで来た瞬間、目にも止まらぬ速さで何かが横切った。
「白木院さん、消しゴム落としましたよ!」
「まあ!気づかなかったです。ありがとうございます、牧野さん」
「いえいえ!」
どうやら先程俺の前を横切ったのは牧野のようだ。
…いやいやいや、おかしいだろ⁉白木院は窓側の列の一番後ろ、対して牧野は廊下側の列の一番前だぞ⁉何でそんなに速く来れる⁉それに、白木院が消しゴムを落としたところを見ていたというのも謎過ぎるぞ⁉
…よし、牧野がどうやって席に着くのかを見よう。
俺が後ろを見てみると、そこにはもう牧野はいなかった。
俺は驚くあまり声を出しそうになったが、そんなことをしたら先生に注意されてしまうだろう。俺は斜め前を見た。
牧野は普通に座っていた。何事も無かったかのように。
…怖。牧野怖。
次に、昼休みの時―
「白木院、一緒にお昼―」
「白木院さん、一緒に食べよ!」
「え、ずるい!私の方が先に誘ったのにぃ」
「俺なんか一ヶ月前から待ってるんだぞ!」
一ヶ月前からってなんだよ。ここは三ツ星レストランですか?
なんて思っている内にも、次から次へと人が集まって来る。中には学年が違う生徒もいた。
…どうするんだこれ。収拾つくのか…?
俺は巻き込まれまいと、また席から離れてしまった。
そしていつものように翔の席へ行く。
「なぁ、白木院のアレ、収拾つくのか…?」
「見てりゃわかるぜ〜」
見てればわかる…?あのゴチャゴチャした集団を…?
白木院はずっと困った様な顔してるし。…白木院のこと好きならそんな顔させるなよ…って、何考えてんだか。
俺がジーッと見ていると、そこに紙の束を持った―
「牧野さん!」
またお前かよっ!
牧野は眼鏡を得意気にかけ直すと、紙を持った手を上にあげた。
「お待たせいたしました!予約された順番通り、今日白木院さんと食事をされるのは…」
紙の束から、一枚抜き出す。
どうやらそこに名前が書かれているらしい。
「七瀬君・宮本君ペアです!」
「うっしゃ!二ヶ月前から待ってた甲斐あったぜ‼」
一ヶ月前を上回る二ヶ月前がいたとは…。
他の生徒達は悔しそうな顔をして白木院から離れた。
牧野は紙に何かを書き込むと、「では、ごゆっくりどうぞ」と言い自分の席へ戻って行った。
その姿はまるでプロフェッショナルのようだった。
「あーやっていつも牧野さんが収めてくれるんだよ。予約用紙使って」
「へー…」
…かっこよ。牧野かっこよ。
他にも、俺は白木院に近づく奴ら(マナーというものを理解していない奴)から白木院を守ろうとして近づいた時には、牧野がソイツらから白木院を遠ざけていた。
それから、白木院が中庭を歩いている時、野球部のノーコンの馬鹿が飛ばしてきたボールが白木院に当たりそうになった。俺が「危ない!」と手を伸ばしたときには「純護衛隊」が先にキャッチしていたり…。
今日は白木院と接触…は全くできなかったが、「牧野・護衛隊やばい」ってことと「白木院の人気がやばい」ということがわかった。
…疲れたな、本当に。
俺は教科書の束を運びながら、ため息をついた。
しかし、本当に重いな、教科書。まあ30人分あるんだし、重いのも納得できる。…とは言っても、普通俺に任せるか?生徒会で疲れ果てた俺に。明日学級委員にでも運ばせればいいじゃないか。
また俺はため息をついた。
その時、凛とした綺麗な声が静かな廊下に響き渡った。
「あれ、一条君?」
後ろから声をかけられ、俺は後ろを向いた。
そこにいたのは、とっくのとうに帰ったはずの白木院がいた。
「白木院さん。帰ったんじゃなかったんだ?」
「一度帰ったんですけれど、学校にノートを忘れたことに気づいて…」
白木院は困ったように笑う。
「ああ、そうなんだ」
「一条君はどうして?」
「僕は生徒会があったから。…それから先生に雑用頼まれちゃって」
俺は教科書の束を少し持ち上げ、白木院のように困った様な笑顔を見せた。
「そうだったんですね。私で良ければ、お手伝いさせてください」
白木院は俺にニコリと笑いかけると、手に持っていた鞄を肩にかけ、俺から20冊ほどの教科書を持って行く。
「いや、いいよそんな…」
「私がやりたいだけですから」
白木院は廊下を歩いて行く。
俺もその後に続いた。
「そういえば、一条君は何か私に用があったのですか?」
「え?」
「ほら、授業が終わった後に私に…」
…覚えててくれてたのか。
「えっと…数学の宿題、よくわからないから教えてほしいなって思って…」
そう。俺はこの作戦を実行したかったのだ。
「そうだったんですね。…今日は時間が無いので…明日の放課後、空いていますか?」
今日ことごとく白木院と接触を阻まれた俺にとって、その言葉はとても有り難い天からのお告げの様に感じた。
こうやって皆、白木院のファンになっていくのだろうか。
俺はそんなことを思いながら、白木院に返事をした。
「空いてる」
「白木院純は✗✗である。」を読んでくださり、ありがとうございます。
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次回は純と一条君が図書室で勉強します!
お楽しみに!