1話 彼女と彼はすれ違う
学校の前で車が止まる。
私がシートベルトを外し終えると、車のドアが開かれた。
「行ってらっしゃいませ。お嬢様」
「行ってきます、峰」
峰は、私が登下校する際に車の運転をしてくれる。峰は私が小さい時から白木院家につかえていて、優秀な運転手である。
私は荷物を峰から受け取り、校門をくぐった。
「あ!白木院様!」
「今日もお美しい…」
一年生と思われる女子二人は頬をピンク色に染め、私をうっとりとした目で見ている。
…うーん、美しいは置いといて、白木院様って…。できれば白木院先輩とか、純先輩と呼ばれたかった。
だが、様づけで呼んでもらっている身としてそれをお願いするのもどうかと思い、私はいつものようにその言葉を押し込めた。
「あら、私はお二人の方がお綺麗だと思いますよ?」
これは本心である。この子達は普通に可愛いし、美人だ。
すると、女の子二人の顔はみるみる内に赤くなっていった。
「えっ、いや、そんなっ…」
「し、白木院様の美しさには及びませんっ…」
いや及びまくるよ。寧ろ私の美しさなんて越えてるわ。
と言ったら、きっと会話が長引いてしまうだろう。それに、囲まれない内に早く校舎へ入ってしまわないと。
「いえいえ、そんなことありません。もっと自分に自信を持ってください。」
そして私は、ニコリと女の子達に笑いかける。
すると一人の女の子は鼻血を出し、もう一人の子は顔を更に赤くさせ、フラフラしている。
いや、普通そこまでなるか⁉ならないよね⁉それにこの子達女の子だし!
女の子達をどうしようか考えていると、突然「純命」と書かれたハチマキを頭にしている、男女10人ほどが私と女の子二人の間に割入ってくる。彼らは私のファンクラブ内で新たに作られたグループ、通称「純護衛隊」の人達である。
「白木院様。この者達は、私達にお任せください」
「え、ええ…。よろしくお願いします…?」
すると、護衛隊の中から素早く4人の男子が出てきた。そして、二人ずつに分かれると女の子達を頭と足の方に分かれて運び始めた。
「ピッピッ ピッピッ」
一年生と思われる男の子がリズミカルに笛を吹き始めると、それに合わせメンバーは足踏みを始めた。
「前へー進め!」
リーダーがそう言うと、笛のリズムに合わせ護衛隊は進み始めた。だが、一歩一歩の距離が短過ぎる。
絶妙に遅い。遅すぎる。
歩く方が早いんだから、普通に歩けばいいのに…。
苦笑いしそうになったが、そんなことをしたら彼らは悲しむだろう。私はいつもどおりキュッと口角を上げ、校舎に向かって歩き出した。
教室の扉を開け、中へと入る。
クラスメイトはほぼ全員来ているようだ。皆さんご登校がお早いことで。
「皆さん、おはようございます」
私はニコリと笑顔でそう言った。
「おはようございます、白木院さん!お荷物お持ちいたします!」
いや、さすがに自分で持つよ⁉
「いえ、自分の荷物くらい自分で持たなければ。お気遣い感謝致します」
「〜〜〜っ!は、はい‼」
感激したような表情で、彼女は自席に戻って行った。
…今日も元気だなぁ、牧野さん。
私は感心しながら席に着いた。
ここからホームルームまではゆったりすることができる。
クラスメイトいわく、「朝のさわやかな光が白木院様に当たっているのがとても美しい」そうだ。そのため私に近寄らず、クラスメイトは遠くから私を見ているため、この時間は誰も私に話しかけて来ない。
私はホッとしてため息をつく。
別に、クラスメイトが嫌いなわけじゃない。それに、護衛隊だって嫌いじゃなくて、寧ろ好きなのだ。こんな私を慕ってくれているのは、とても嬉しい。
…ただ、それよりも「騙している」という罪悪感が私の中で上回っているのだ。
本当の私は皆が思っているほど綺麗な人ではない。
それは腐女子ってことだけじゃない。皆に見せている私は、私じゃない。
今日もまた、苦しい一日が始まる。罪悪感に駆られ、逃げたいってずっと思ってるような、そんな一日が。
でも、そんな毎日に一筋の光が射し込んだんだ。
私はチラッと彼らを見る。
彼らは笑いながら、何かを話していた。
その光景を見ていると、途端に私の胸がキュッと締め付けられた。
ドキドキと高鳴る胸を抑えるように、私は制服の胸のあたりを掴む。
ああ、本当に癒やされる‼
金宮×一条‼
このカップリングは、最近一番の推しカップリングである。
金宮君は茶髪でチャラい感じで、一条君はそんな金宮君とは正反対の、純情系受け要素満載の美青年である。
この二人はいつもいちゃついている。なんでも、幼馴染なんだとか。
もしかして金宮君の方はもう一条君のことが好きで、でも幼馴染っていう関係を壊したくなくて言えなくて、そんな思いに鈍感な一条君は全く気づいていないなんて甘酸っぱい片思いストーリーがあったりするんじゃないだろうか?いや、その逆もありえるかもしれない。
「薫、ノート見せて〜」
「やだ〜」
「えー!お願いお願い!一生のお願いっ…!」
「…翔の一生のお願いって、この前も聞いたんだけど…。まぁ、いいよ。貸したげる」
「ありがとー!マジ優しいわ〜」
お互いのこと名前呼びとかホント推せるっ…‼
私はそんな気持ちを落ち着かせる為に、読書を始めた。
~~~~
「なぁ、翔」
俺は小声で、翔に話しかけた。
「なんだよ、そんな小せえ声で…」
「いいから。ちょっと話聞け」
翔は不思議そうな顔をしながら、俺の顔に自分の顔を近づけた。
うん、これならアイツに聞かれることなく話せそうだ。
「白木院のことなんだけどさ…」
すると、まだ何も言ってないのに何を勘違いしたのか、翔は苛つくくらいのドヤ顔を俺に見せた。
「フッ…ついに薫も白木院さんの可愛さに気づいてしまったか…」
なんて言って、翔は白木院を見た。
白木院は何か読んでいるようだ。どうせ難しい本なのだろう。
そんな白木院をハートマークがついた目で見つめる翔。
コイツが白木院のことを好きなのを忘れていた。この話は、白木院が好きなコイツにする話じゃないのに。
俺は人選ミスに後悔したが、話しかけてしまったんだから仕方ない。というか、本音で話せる奴なんてコイツ以外にいないからな。
…決して友達が少ないとかそういうわけじゃない。一番話しやすいのがコイツ、というだけだ。
「さっきから白木院さん、俺のこと見てるんだよね」
すると翔は目を見開き、口を金魚のようにパクパクさせるとやっと言葉を発した。
「はぁ⁉白木院さんが⁉」
「声デカい、静かにしろ」
声のトーンを下げそう言うと、翔は不満そうな顔をしながらも大人しくなった。
「今だけじゃなくて、かなり前からなんだ。何をしてても、白木院からの視線を感じる」
「気のせいじゃねーの?」
「俺も最初はそう思った。…前、偶然白木院と目が合ったんだ。そしたら白木院は顔を赤くさせてすぐに目を逸らしたんだ…。もう、これは間違いなく俺に惚れている。」
あの目、あの顔。
そしてこの視線。
白木院は間違いなく俺に惚れているだろう。
まさか学校の高嶺の花まで俺に惚れしまうとは…。まあ、確かに俺は顔も良くスタイルも良いし、運動ができれば勉学も優秀…まさに完璧な男だし、あの白木院でも惚れるのは仕方がないことか。
「白木院さんが…お前を…」
翔はかなりショックを受けたようで、「絶望」というタイトルがつきそうな顔をしている。
「残念だったな、翔。白木院はお前よりも俺の方が良いんだ」
「でもそれはお前の裏の顔を知らないからだろ?それ知ったら白木院さん、絶対お前のこと嫌いになるね。」
「別に表だろうが裏だろうが白木院が俺のことを好きだという事実は変わらない。ドンマイ、翔」
満面の笑みを送ると、翔はあからさまに嫌そうな顔をした。
「腹立つわぁ…」
…さて。白木院が俺のことを好きなら、やるべきことは一つ。白木院に告白させ、付き合うことだ。
別に俺は白木院が好きじゃない。…寧ろ、あの完璧ぶりは少し気が引ける。でも、それ以上に彼女と付き合うのは面白そうだ。
この学校の生徒のほぼ全員が白木院のファンだ。そんな白木院と、付き合う。更にあっちから告白をしてきて――だ。
…やばい。ニヤけそうだ。
まあ、もし白木院がつまらなくなったら別れよう。そしてまた新しい女を探せばいい。
そうだ、白木院と付き合うとしたら朱莉と別れなければ。
俺は早速、朱莉に某トークアプリで「大事な話があるからいつものところに17時に来てくれないかな」と送った。
するとすぐに既読がつき、「わかった」という短いメッセージが送られてきた。
この感じだと、彼女も勘付いたのだろう。
俺はスマホを閉じ、鞄にしまった。
そして顔を上げると、そこにはまたあからさまに嫌そうな顔をしている翔の顔があった。
「何だ?そんな顔して…」
「…なんかお前、ワクワクしてない?」
「ああ、してるけど。それがどうかした?」
自分の友人が楽しそうにしてるなら、そんな嫌そうな顔をせず、自分は微笑ましく見ているのが普通だろう。
「お前がワクワクしてる時は大抵良からぬこと企ててる時だからな。」
「酷いなー、俺がそんなことしたことあったか?」
「ある。めっっっっちゃある」
即答。更に「めっっっっちゃ」までつけられた。
え、そんなに?ちょっとショックだ。
…まぁ、今は翔のことなんてどうでもいい。問題は、白木院にどうやって告白させるか、だ。
もう少し俺に惚れさせて、それから俺も「白木院のこと気になってる感」を出して、白木院の背中を押してやろうじゃないか。
ああ、本当に楽しみだ。
白木院はどんな表情を俺に見せるだろう?白木院に惚れていた奴らはどんな表情を俺に見せるんだろう?
俺はニヤけている顔を隠すように頬杖をついた。
「白木院純は✗✗である。」を読んでいただき、ありがとうございます!
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