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ルーシィとニコ。






「ニコ……」

「どうした、俺の魔女」


ルーシィは木の上の方になっている真っ赤な実を指差す。


もうこれまでに手の届く場所は取り尽くした。鳥や獣に食べられるか、あとは腐って落ちるのを待つ状態になっている。


「あそこの実が欲しい」

「……風でも起こして落としたらどうだ?」

「葉まで落としてしまう。それに、果物を取るくらいのことで魔術を使うなんて、どうかしてるもの」

「……俺は使っても構わないのか」

「私になら使われたいでしょ?」


まあなと笑うとエミールニコラウスは屈みこんで、ケリィリリィルーシィの両膝を抱えて持ち上げる。

足の裏に手を当てて、よいしょと高く持ち上げた。


「男をこき使うより、自分で手に入れようとする女の方が好きだな」

「あっそ……」


足を振って靴を脱ぎ落とし、ピンを外してローブを剥いだルーシィは、手の届く枝に掴まると、ニコの体を登り、肩に足を掛けてその上に立った。


「もうちょっと前に行って」

「はいはい……」


そのまま木に移ると、ルーシィは枝から枝へするすると木の上に登っていく。


「上手いもんだな」

「森で育ったもの……受け取って」


果物を次々ともいで、見上げているニコにぽいぽいと投げて渡す。

ルーシィが乗っても大丈夫なところまで登り、できるだけ実を取ると、それだけでもなかなかの量になった。


「下りる」

「うん。おいで」


両腕を広げているニコ目がけて、木を少し蹴った。自分に薄く風を纏わせて、落ちる早さを和らげる。


さっきと同じようにルーシィの両膝を片腕で捕まえると、そのままニコはもう片方の腕で腰を抱いて、ルーシィの腹に顔を埋めた。


「もう少し食ってくれ、俺の魔女。軽すぎる」

「魔術で軽くしてるのよ、ニコが重いだろうと思って」

「そうなのか?」

「……嘘だけど」

「だろ? だってこの細い腰!」

「……苦しいんだけど」

「……はぁ……いい匂い」

「……気持ち悪い。下ろしてよ」

「いくつだっけ?」

「なにが」

「ルーシィの歳」

「もうすぐ十七だけど?」

「十七かぁ」

「……と、五百二十ほど」

「うん? 見た目よりだいぶ年寄りだな」

「……驚かないの?」

「ああ、まぁ……魔女ならそんなこともあるのかって。その辺の女の子と肝の据わり方が違うしな」

「ニコもなかなか鈍いけど…… バカだから?」

「そうだな……馬鹿ついでに聞くけど。ルーシィ、純潔の乙女?」

「……今回はね」

「今回は?……そういうもんなの? てことは、俺がルーシィの純潔を頂く機会はあるわけだな?」

「低俗で下衆ね」

「いやぁ。体つきや、ぱっと見は乙女なのに、出てくる言葉といい、その目といい……かなりそそられる……我慢が限界……辛抱堪らんのですけど」

「俗悪で低劣ね」

「うん、いつかその気になったら教えてくれ? ルーシィ」

「十七の誕生日が過ぎたらね」

「本当?!」

「迎えられたらね」

「……ルーシィ?」


ふわりと浮き上がるとルーシィはニコの腕から逃れて地面に降り立った。

足元の山に積まれた赤い実の前に、屈みこんでひとつを手に取る。

甘酸っぱいその匂いを嗅いだ。


ニコが丁寧に折りたたんで横に置いていたローブを地面に広げて、その上に実を乗せていく。


「待て待て、それで運ぶ気か?」

「……こういう使い方もできる。便利でしょ」

「なぁ、魔術師のローブって、もっとこう……大事にしないとだろ? カゴを持って来てやるから……」

「汚れたり傷んだりしないように術はかかってる」

「そういう事じゃなくて……魔術師のローブってほら、象徴っていうか、誇りっていうか、そういうものじゃないの?」

「象徴も誇りも、ローブなんかには無い。これはただの布、着られるようにできた黒い布……はい、これ持って」


実が包まれて重いただの布を、ニコは持ち上げて肩に担ぐ。

靴に足を突っ込んですたすたと歩き出したルーシィの後を追った。


「……こんなにたくさんどうするんだ?」

「少しこのまま食べて、あとはお菓子とジャムに……残りは乾燥させて保存食と薬の材料かな」


家の中でくるくると無表情で動き回るルーシィを想像して、ニコはにやにや笑いが止まらない。


「ああ……ルーシィ、俺」

「……なに?」

「最初に出会った魔術師がルーシィだったら、どんなに良かったか」

「過去に戻ってやり直したいの?」

「……いや。多分、戻っても俺なら同じことをしそうだ。終わったことを否定しても自分が辛くなるだけだし」

「……プリン作ってあげる」

「これがたくさん入ったやつがいいぞ!」


黒いローブを前に突き出して子どもの顔で笑うニコに、ルーシィは頷き返す。




ひとつひとつ、こういう言葉や仕草で、ニコと一緒にいても構わないかと思える。


繰り返しがここで終わるかどうかは分からないけど。


だから。


ニコみたいな人と居るのは悪くないとルーシィは空を見上げた。





森の奥深くに家を構えた。

エリィと住んでいたような大きな森に、そのままエリィと住んでいた家を持ってきた。


家を取りに戻ったのは、エリィが城に召し出された後の時期。思った通り、家には誰も居なかった。


それでもエリィにはお見通しだったのか、家の中はきれいに片付き、整えられて、『さぁ、どうぞ。持っていくといいよ!』というエリィの声が聞こえてきそうな感じがした。


どれほどエリィと王家との契約が強固なのかは教えてもらえなかったけど。

もしかしたら最後の繰り返しだから、エリィは案外好きに旅でもして過ごしているのかも知れない。

最後の時は決まっていたとしても。

それまでは思うようにしたって良いはずだ。


エリィの家とその周りを、今居る森の周りとそっくり入れ替えた。


そして新たに生活を始めたその家に、ニコは当然のように溶け込んでいる。


今まで決まった土地に住まず、気の向くまま旅をして、出会った魔術師や魔女を狩っていた。

そんなニコが、ルーシィに出会ってからはすっかり狩り人をやめてしまった。


時折ふもとの街に出ては、何かしらで稼いで必要なものを手に入れて帰ってくる以外は、森での生活を当たり前のようにこなしている。


ふたりでの暮らしはそれなりに楽しい。

ひとりで旅を続けるよりは、楽で快適だ。

いつまでも続けば良いけど、それもどうか知れない。

また七歳の朝を迎えるかも知れない。


「ルーシィ……?」

「なに?」


壁に背をつけて、縁台で本を読んでいた後ろに、無理矢理むぎゅむぎゅと割り込んで、ルーシィを包むように抱き込んで横になる。

いつものようにニコは昼寝をしているんだと思っていたのに、抑えた声で話しかけてきた。


「……何かあるのか?」

「なにが?」

「最近よく考えごとして、上の空」

「そう?」

「本もずっと同じところを開いたまま……読んでる?」

「……読んでない」

「何があるんだ?」

「ニコはここにいて楽しい?」

「当たり前だ」

「そう……なら良かった」

「何があるんだ」

「明日が誕生日だから、色々考えるの」

「死地に行くような顔でか」

「……そんな顔してる?」

「すごく綺麗」

「ああ。ありがと」

「誕生日はくるのか?」

「……毎日誰かの誕生日」

「ああ! クソ! そうじゃなくて」


ニコは起き上がるとルーシィの顔の横に手を突いて、その目を覗き込むように見据えた。


「すぐそうしてはぐらかす! ちゃんと教えてくれようとしない」

「……明日ね。朝になったら教えてあげてもいい」

「本当か? 約束するか?」

「そんなものに縛られたくない……ニコもそうでしょ」


ぎりと歯をくいしばる音がして、ニコはもう一度大きく悪態を吐いた。


「今晩一緒に寝る?」

「……え?! 本気で?! いいの?」

「うーん。まぁ、ニコなら」

「待って……どうしよう、俺……めちゃくちゃしちゃったら、ごめんなさい」

「先に謝らないでよ」

「あ、そうか。気を付けますから」

「ニコすごいチョロいね」

「ルーシィが絡むとダメだね。もう、楽しみが止まらない」

「……良かったね」

「やばい! 俺! ちょっと走ってこようかな」

「どうぞ?」

「あ! ウソ! やっぱり今から寝よう、もう寝よう、行こうルーシィ!」

「まだ昼間だけど?」

「知ってるよ?!」




今考えたって、分からない。

解ってたら、何度も繰り返したりしない。




擦り切れてかさかさに乾いて、穴が空いて粉に砕けるのは、もう嫌。

本当にもう。

終わりにしたい。





明日の朝が来て。

ぷくぷくの小さな手に戻っているか。

それとも隣でニコが寝ているか。




どっちだとしても。

今、ニコが居てくれて、それは良かった。

のかも知れない。







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