魔女と狩り人。
引きずりそうなローブは光を吸い込む黒。
首元を留めているピンは光を跳ね返す白金。
上級の魔術師の証。
だが男にしては小柄だし、剣を弾く力は弱々しい。
話しかければ男のものではない声で返事があった。
魔女で間違い無いはずなのに、魔術師のローブを纏っている。
そして剣で応戦する。
魔術を使うまでもないと、高を括っているのか。それほどまでに剣の腕前に自信が?
身のこなしや受け流し方は、それなりに戦ってきた者の動きだけどと、男は首を傾げた。
「……さぁ、もうそろそろ本気を出してくれないか、もどかしくて腹が立ってきた」
「……死にたいなら」
「どっちの話だ」
「……さあね」
「攻撃してこないなら、防御に使ったらどうだ」
突きを引くフリをして、踏み込んで更に前に腕を繰り出した。手応えはあったが、ローブのみ。腹の辺りに穴を空けただけだった。
「おい! 躱してないで魔術を使えよ!」
「狩り人の剣に、魔術が通用する?」
「は! なんだ、気が付いていたのか」
「魔女を狩るのに、魔術を無効にする魔術がかかった剣を使うなんて、矛盾してると思わない? 恥ずかしく無いの?」
「恥ずかしいな……でもそこを飲み込んでも許せないことがあるだろ?」
剣速を上げて振り上げると、ぎりぎりで躱された。端を引っ掛け、目深に被っていたフードがはらりと後ろにいく。
この国では見ない漆黒の髪は、きらきらと瞬いて光を跳ね返す。さらりとして真っ直ぐ長い。
春の空を映したような透き通った青い瞳。
意志の強そうな目とつり上がった眉。
白い肌も、紅い唇も。
もう、どうしたらいいんだ。
理想が服を着ている。
好みのど真ん中だ。
「好きです!」
「……バカなの?」
「馬鹿で結構です、好きです!」
「許せないことがあるんじゃないの?」
「貴女は違います」
「気を違えたんじゃないの?」
「恋の魔術にかかりました。いや、もしかしてかけました?」
「……死ね」
「ぉあっ!……っぶねー」
握りこぶしほどの青白い光球が真っ直ぐ男に向かって飛び、無理矢理避けた脇腹の横を通り過ぎていった。
無理に避けたので均衡を崩し、狩り人の男はそのまま地面を転がった。
横になったまま魔女を見上げる。
この下の角度から見ても、お好みど真ん中だなとまで考えて、気を取り直そうと少し頭を振った。
詠唱無しで魔術を履行した。
あれほど高温の火を凝縮して、速さと方向を調節できたことからも簡単に察しはつく。
黒ローブ程度の技じゃない、もっと上級の魔女だとしか狩り人には思えない。
放った光球はどこにも当たらず、引き返すと魔女の手の中に戻ってきた。
しかも今のわずかな間に、小石ほど大きさになり、手のひらの上でいくつも分かれて浮かぶ。
これも無詠唱で、力を維持したまま。
同時にいくつもを操っている。
これは。
ふざけていたら死んでしまう。狩り人の剣を持つ腕に自然と力がこもっていく。
睨み合ったままゆっくりと立ち上がり、深く呼吸をする。
ここまで強い者は初めてだと、先程からもうずっと心が震えたままだ。
「貴女のその腕なら、国か王にでも召し抱えられそうだが」
「でしょうね」
「 おぉぉぉ……顔に似合って勝ち気なところがまた堪らない!」
「……いいからさっさと終わらせましょう」
「はい!」
魔術を切り裂き霧散させる、破術の宝剣を遠くに放り投げて、両手を上げた。
剣はちょうど石に当たったのか、ガランと嫌な音を立てる。
真後ろに投げたので、どうなったかはよく分からない。
「……なにしてんの?」
「いや、もう戦いたくないので」
「なんなの?」
「どうあがいても負けるので!」
「そうね」
「貴女に殺されるならまぁ、悪くはない」
「……諦めるの?」
「この国を焦土と変えてまで貴女とやり合う意地は持ち合わせてない」
魔女の肩にかかった髪がさらりと動いた。
首を少しだけ傾げている。
たったそれだけのことで心が躍る思いがする。
ああ、俺は。
この世の全ての魔術師と魔女を、ひとり残らず屠ってやると。
全てを無くしたあの時に。
そう誓ったのに。
「……私だってこの国を焦土にする気はない。確実にお前だけを殺すから安心して」
「……その慈悲深さが愛おしいな」
「気でも触れた?」
「貴女に恋をした」
今まで冷静そのものだった顔が歪んで、眉間にしわが寄る。
軽く手を振っただけで、青白い光の塊が音も無く霧散した。
「私を殺す気はないの?……狩り人でしょう?」
「……殺されたいのか?」
「……まだ死ねない」
「ああ……身悶えしそうだ。だから貴女はこんなにも美しいのか」
「……変態なの?」
「貴女のせいだ」
「気持ち悪い……」
「はは! 自分でもそう思うぞ!」
狩り人の男は上げていた両手を下ろしてから、少しだけ開く。
さあおいでと抱きかかえるのを待っているように。
「貴女を守りたい」
「狩り人が魔女を守るの?」
「……そうだな」
「魔術師を狩ることが使命の貴方が、一刻もあれば国を更地にできる魔女を守るの?」
「……そうだ」
見るからに肩が落ちた魔女は、同時にため息を吐き出して、フードを目深に被り直した。
狩り人の横をすり抜けようと、道の端に寄って歩き出す。
歩き出した魔女の後ろを、狩り人は笑顔で付いていく。
「俺はエミールニコラウス。貴女の名前は」
「魔女に簡単に名を名乗らない方がいいと思うけど」
「だから、そういうことだろ」
「なに?」
「貴女に命を握られる覚悟をしたってことだろ?」
「要らないから、そんなもの」
「貴女の名前は?」
「狩り人に名を名乗る魔女もいないと思うけど」
「だから、そういうことだって」
「やめてよ」
「何だか、すごく新しい感じがするな」
「新しい?」
「魔女と狩り人の夫婦!」
「誰と誰がなに?」
「だから、エミールニコラウスと……あれ、名前何て言ったっけ? あ! まだ教えてもらってなかったな!……貴女の名前は?」
「……ケリィリリィルーシィ」
「名まで貴女を引き立てている!」
「……なにそれ……ホント……なんなの?」
「エミールニコラウス。魔術師と魔女を狩ることに全てを懸けてきた。それが生業だと思ってる、そんな奴でした。さっきまでは」
「ならもっと本気で仕事したら?」
「生業だと思ってたけど、本業じゃないからな」
「片手間なの?」
「ああ。もちろん、本業は貴女の夫になったから、今、ついさっき」
「……片手間仕事の道具を置いてきてるけど」
「うん? あ、やばい。宝剣だったんだ」
エミールニコラウスが道を戻って破術の剣を拾い上げ、ルーシィに走り寄っていく。
歪んで刃こぼれした部分を、笑いながらなぞって、腰の鞘に仕舞った。
「欠けて術が解けている……直してあげようか?」
「……はは!……うーん……今はいいな」
「そう……」
「ルーシィ?」
「いきなり愛称?」
「貴女が好きです」
「私はそうでもないです」
「……うんまぁ。それはこれから追い追いに」
頭のおかしな人はどこにでもいるんだなと、ケリィリリィルーシィはエミールニコラウスの顔を見上げた。
エリィジェイドの国から昼と夜が逆な国まで遠く離れ、ここまで来るのに九年かかった。
ルーシィは十六歳。
繰り返しの最後の日まで、あと半年ほどに迫っていた。
おかしいな
いつものパターンに
なっちゃった
(五・七・五になっちゃった)