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魔女と魔術師。






薙ぎ払われれ


焼かれ


引き千切られ


押し潰され


焼かれ


薙ぎ払われ

薙ぎ払われ


骨も残らぬほど

血のひと雫も落ちる暇なく


「ルーシィ……ケリィリリィルーシィ。もう、いいんだよ。行きなさい」


もう何もなす術がない


私は


私はその手を取ろうとしなかった















初めていつもと変わりない朝を迎えた。


白っぽい陽の光が窓の外の緑と紫の小さな花を輝かせて、鳥の声がいつもより近くに聞こえる。


寝る前に窓の外に置いた木の実とパン屑を目当てに小鳥が騒がしくさえずる朝。


誕生日の朝を特別な日にしたくて、小鳥の声で迎えたいと、昨夜の内に用意した。


エリィジェイドがもうすぐ起こしにやって来る。

七回目のお誕生日おめでとう、と言いながら、勢いよく扉を開いて。




泣き叫びながら起きるのは五度目まで。

涙が出るのは十度目まで。

その後は声も出ない。


七歳の誕生日を迎えた特別な朝。


また戻る。


二十度目を過ぎてからは、もう数えるのもやめた。


手を出さなかったのは初めてだった。

名前を呼ぶことすら、声さえ出なかった。


繰り返しの最後の日に伸ばさなかった自分の手を目の前にかざす。

それなりに大きくなったはずの手は、繰り返しの最初の日のぷっくりとした小さな子どもの手に戻っている。


毎度 汗だけは嫌になるほど流れる。ひやりとした額のねっとりとした汗を、小さな両手と寝間着の袖で拭う。




はじめのうちは形振り構わず抗った。

エリィジェイドを救える機会を与えられたんだと、あらゆるものに感謝を捧げた。

ひとつひとつの選択を怯えながら、間違えないようにと、考えることを諦めなかった。


いつも先の未来が少しずつ変わるから、きっと大丈夫だと希望が持てた。


それでも結末は変わらない。

いつもエリィジェイドは私のすぐ目の前で、伸ばした手の先で、後もう少しのところで、煙のようにかき消える。




エリィジェイドは先々代の王に仕えた魔術師。

人に非る魔力は時が平穏になると疎まれる。


戦時は何くれと無く重用しておいて、戦が終わった途端に王家はエリィを放り出した。


人とはかけ離れていると自覚があったから、誰と関わることもなく、人目を避けて、静かに長い時をたったひとりで過ごしていた。


ある時、自分と同じく持て余すほどの魔力の持ち主の存在を感じた。


人に非る魔力を持つその赤子を攫って手元に置いた。


国にも誰にも自由にさせないように、秘し、隠して、その子に力の使い方を教えた。


子どもはケリィリリィルーシィと名付けられた。


深い深い森の中で、ふたりは穏やかに暮らした。


ケリィリリィルーシィが十七の歳を迎える前、王家からの使いの者が現れる。


救国の魔術師として、エリィは王宮に召し出された。ルーシィを森に隠したまま。


戦火は激しくなる一方、よくない噂や厳しい戦況は森の奥でも感じられるようになる。

居ても立っても居られなくなってエリィの元に駆けつけたルーシィの前で、その目の前で、敵国の魔術の総攻撃に一片の欠片も残さずエリィは消えた。


どちらの力かは、もう混ざり合ってしまって解らない。


ただ人非る者が、魂を削ってまで願ってしまった。


これは間違いだと。

こんなはずではなかったと。


そこからルーシィは繰り返しの中に取り込まれる。

七歳の誕生日の日から、エリィジェイドが消えてしまう十七歳の間を。


何度でも。


一番に素敵な日から、何もかもを呪う最後の日までを。


何度も。








ルーシィの部屋の扉が跳ね返るような勢いで開けられる。


「おはよう、ルーシィ! 誕生日の朝だよ!」


大きなパンケーキを乗せた皿を片手に持って、エリィがにこにこと笑顔で部屋に入ってきた。


焦がした木の実と、蜂蜜の混ざり合った良い匂い。

卵がたくさん入った、ふわふわのパンケーキはルーシィの大好物。


「さあ、顔を洗っておいで、ねぼすけさん。着替えたら朝ごはんだよ!」


目の前に皿を持ってきて、空いた方の手でルーシィの汗に濡れて束になった前髪を梳いた。


「朝食を取りながら、話をしよう」

「はなし?」


いつもとは違う最初の朝に、いつもとは違う声をかけてきたエリィ。


「言っただろう、ルーシィ。もういいんだよ、って」


見開いた目からはころころと水の球が転がり落ちる。

それをエリィはふふと笑いながら拭った。


「しばらくは泣かなくて済んでたのにね」

「エリィ……」

「まぁ、最後だから……泣いてもらおうかな、せっかくだし」


エリィジェイドも繰り返しの時の中で、記憶を持っていた。


最後の最初の日、ルーシィは初めてそれを知った。





「さて。……ケリィリリィルーシィ。私たちは素敵な十年間を何十回と一緒に過ごしたね」


泣きながら、それでも美味しいエリィのパンケーキを口の中いっぱいに入れたまま、ルーシィは頷いた。


「私もそれなりに色々やってみたつもりだけど……どうやら私の結末は変わらないようだ」

「エ……ィ」

「……うん。ルーシィもよく頑張ってくれたね。私はもう満足なんだよ……ルーシィといる間は本当に幸せだった」


ぶえ、と口を開きそうになるとそこを押さえて、ごっくんしなさいとエリィが笑う。


「最初のうちは若いルーシィを置いていくことが心配で心配でしょうがなかったけど。繰り返しの内に、君は立派な魔女になった……もうひとりでも大丈夫だと安心できるほどにね」

「……いや……エリィ」

「何度も何度も君を傷付けて……私も何度も何度も死んで……私たちはもう擦り切れる寸前だよ」


言葉も無い。

本当に疲れ果てて、魂は穴だらけ。乾いて粉に砕けそうだった。


「これで最後にしよう……ルーシィ、きちんとさようならと言って別れよう」

「エリィ……」

「遠くにお行き、国を出て、昼と夜が逆さになる所まで……きっとそこまで戦の火は届かない」


もういいんだよと言ったエリィの最後の時の顔が、今また目の前にある。

優しく微笑むいつのもエリィジェイドの顔。


「大好きだよ、ルーシィ」

「わたしも……エリィが大好き」







最後の最初の日、桎梏の魔術師と繰り返しの魔女は、きちんとさようならをして、ふたりだけの密やかな暮らしを終わらせた。












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