第九話 何にも劣る下手な芝居
「撤退だ! 退け退け退け!」
サブリーダーは負傷した仲間を抱え、魔法使いに背面射撃をさせながら敗走を敢行。
突如現れた屈強なる戦士。
土色で筋肉質の肌。頭部は白く濁った瞳に頭部から背中に細く続く橙色の体毛。狂気を思わせる長い爪は手そのものが武器だと知らしめる。長い尾はトカゲのようだが、違う。
亜人――《土竜種》
亜人の中でも肉体全てが筋肉で構成される生粋の筋肉バカ。膂力は勿論のこと、その俊敏さたるや普通の冒険者では手に負えない。
故に現れた瞬間からまず一人攻撃を喰らってしまった。
あとは実に無残だ。取り敢えずルインはばれないように全回復系の魔法を負傷者にかけてゆっくり敗走した。
ちなみに、ルインがかけた魔法は王都でも熟練した騎士をさらに教える師範が使うレベルのもの。目が覚めた頃には傷一つないどころか元気百倍だ。
さすがに逃げているだけではあれなので、軽く掌の中で風魔法を構築。
背後のゴブリンへ向けて投げると、突発的竜巻が巻き上がってゴブリンが十数体一気に巻き上げられた。
「なんだ!?」
「待て、これは使える。お前、彼を守ってろ。残りは俺に来い。ここを崩す!」
目的はヘイトを溜めることにある。このサブリーダー班でまともに攻撃可能なのはサブリーダーだけらしい。
つまり、亜人を倒したくても倒せないからせめて確実に誘導はしたいということだ。
ルインも手伝う。
今度は氷魔法だ。鋭利で小さな氷の礫を生成。軽く胸の前で払い、次々ゴブリンの瞳に命中させていく。
ぶっちゃけるなら、腕の骨折はとうの昔に治っている。全回復魔法が使えるルインにとって痛み以外はいつだって怪我でもなんでもない。
繊細な動きで緻密に魔法を構築し、確実に敵を潰していく。
そろそろ真面目に動いた方が良いと考えたルインはゴブリンの持っていた錆び付いた剣を取り、跳躍。
先頭のゴブリンの頭に叩きつけた。
血肉が飛び散ると同時に動くも、ゴブリンもまた動いている。
弓が数本放たれる。見切り、最小限の動きで回避すると同時に距離を詰めるが――
ゴブリンがゴブリンの後ろから棍棒を持って飛び込んできた。見方を縦にした上でのスイッチ。まるで訓練を受けた騎士のような動きだ。
ルインは落ち着いて棍棒を剣で受けると、そのままいなして後ろへ転がし、それを見ないまま錆びた剣を背後に投擲。
当たったかどうかは音で分かる。無論命中。
武器が亡くなったことを良いことに、狡猾なゴブリンたちは剣と棍棒で一気に飛び込んできた。
真上に跳躍。ゴブリンの一撃は地面をたたくことに終わった。
しかし、待っていたかのように、弓と弩を持ったゴブリンが上空へ放った。
空では回避行動はとれない。大きな跳躍は戦地では御法度。成る程わかっている。
賢い化け物に、ルインは一瞬、きわめて凶悪な笑みを浮かべた。
次の瞬間、単純に魔力を放出するだけの力、いわゆる念力を使って空気を固める。
なにが出来るか――
何もない空に空気の見えない足場を作り、三角跳びの要領で一気に下降したのだ。
こんな動きを読めるはずないゴブリンたちは唖然とし、彼らの間抜けな顔を見たルインは、上空へ放たれた弓を念力で引き戻す。
放たれた当時よりも早い弾速でゴブリンたちに返却された矢は瞬く間にゴブリンたちの命を奪った。
無敵にして無敗――
魔法の使い方、剣術、ソードアンドマジックを高位で融合させたエクストリームな戦法。
長い間虐げられながらも誰かの為に戦い続けたルイン。
彼はそこいらの古文書や、誰からも尊敬される師と呼ばれる人間よりも遥かに高みに居た。豊富な知識と卓越した身体能力は圧倒的だった。
魔法を使えば一瞬、使わずとも秒殺。死竜騎士となれば絶殺。
どちらが化け物でモンスターか分からなかった。
戦闘の昂揚からいまいち抜け出せずにいたルインはようやくハッとした。
見ると、AAクラスのルーキーがやったとは到底信じがたい戦闘シーンを目の当たりにした面々が若干引いていた。
完全にば・れ・た。
この世の終わりを認識したルインは必死で、日常では煩悩に塗れた頭をフル回転させ、あろうことか――
「かくごしろー」
とても下手な演技で土竜種に突撃を敢行。
最大の警戒を払っていた土竜種は防御の一撃を放つが、そんなものに当たるわけがない。
当たったふりをして自分で力いっぱい地面を踏み、力いっぱい木に背中からぶつかった。
「ルイルイ! 馬鹿野郎! ルーキーが無理してんじゃねえ!」
「ビギナーズラックってやつか。だがよくやった。さすがゴブリンハンター」
「よし! ルイルイのお陰でヘイトもたまった。各自身体強化かけて全力で逃げるぞ! あいつ超強いから捕まったら死ぬと思え!」
既によだれをまき散らしながらとてつもない速度で突貫している土竜種。
しかし一行は顔に笑みを浮かべながら敗走を開始した。いいや、誘導を、開始した。
他の班も上手くいけばいいと、ルインはちらりといくつかの顔を浮かべた。