第八話 顔を赤らめて作戦開始
「作戦はシンプルだ。各村、町の目撃証言を元に、敵は概ね亜人を頭に据えてそれぞれが単独行動を行っている。目標は王都居城と考えるのが妥当だろう。となれば、我々は現在確認されている複数の亜人グループを同時かつ個別に叩く必要がある。一体でも逃せば奴らは軍備を整え、どこかの村を襲うだろう。頭はキレる連中だ」
「だが、同時多発的に掃討作戦を行うとなると我々の人数では厳しい。チームを割れば割る程リスクも高くなる。亜人はゴブリンの集団を連れているだろうし、分けられてせいぜい四チームが限度だ」
「その通り。だからこそ、少数に切り分け、亜人とその群れをそれぞれ四ポイントに誘い込み、各個撃破。数が少なくなると同時にまた別のポイントに集め、最終ポイントはここ。ここなら被害が少ない。このポイントで俺たちのエースがクリンちゃんで一気に敵を叩き潰す。分かっているとは思うが、名誉欲しさに蛮行はするな。倒さなくても良い。ただ最終ポイントに詰めればいいんだ。まあ、数が減れば楽になるが無理はするな」
皆にサブリーダーと呼ばれているソフトモヒカンの男はあまりにも鋭く深い瞳で皆の顔を見渡した。
大手ユニット《クリスタルスフィア》のサブリーダー。その本名をルインは知らない。
最初に名乗られた時も「俺がサブリーダーだ」としか言われていないし、皆もサブリーダーとしか呼んでいないから分からない。
この分だと、リーダーもリーダーとしか呼ばれていないような気がする。
それにしても、飲みの席とは裏腹に随分としっかりした面々だと、ルインは驚かされていた。
「何か質問はないか? ルーキールイルイ。質問がないなら俺が聞きたい。その左腕はなんで吊るしている」
サブリーダーが言うと、自然と数十名の視線がルインの左腕に注がれた。白い包帯で巻かれ、首から三角巾で吊るしている。誰の目にも明らかな骨折だ。
「サブリーダーとして、昨日の夜中まで元気だった奴が何故そんなことになったのか聞いておきたい。命を預け合う仲間として、怪我をしたお前を連れて行くかどうか。その怪我でここに来たという勇気は買いたいからな」
神妙な面持ちがやけに突き刺さる。と言うか理由が言い難く、ルインは横を見た。
顔を真っ赤にして俯くルリアは肩まで揺らして今にも泣きそうだった。
まあ、色々あったことは確かではあるが、それにしたって顔に出過ぎだ。
「あの、ルイルイごめんね!」
「大丈夫、大丈夫だから。ほら、落ち着いて話して」
「ルリア。教えてくれ」
「えーあーその。あの、ルイルイが負けて、私の宿で泊まらせてあげることになったんだけど、朝起きたら私半裸で、ルイルイその、興奮してて、それが見えて……」
全てが終わった。何もかもがアウトだとルインが空を眺めた瞬間、ざわめきが視界を埋めた。
尋常ならざるざわめきが収まったのはたっぷり三〇分後の事だった。
ルイルイ、ルイルイとやかましく質問攻めにあったが、サブリーダーの「集中」と言う一言で終わった。
さて、《クリスタルスフィア》の作戦は先の通り、敵を引き付けて最終的にクリンちゃんが攻撃を行っても被害が最小限に済む場所へ誘導することにある。
すぐに部隊編成が行われ、多少手負いでも後方支援くらいはさせると言う腹積もりでルインも動員されることになった。圧倒的人手不足である。
「おい、ゴブリンハンター」
「あ、カイル。おはよう」
「ああ……って、挨拶なんてどうでも良いんだよ」
相変わらず激烈にアツアツなオールバックの少年カイルはルインに鋭く突っかかると、指さして高々に宣言した。
「昨日は負けたが今日は容赦しねえ。俺が多く倒す!」
「……楽しみにしてる」
「余裕かましてろ、クソ雑魚だ。手前の腕、大丈夫なのかよ」
「うん。ありがと」
「そんなんじゃねえ。負けた時の言い訳にされてもたまったもんじゃねえ。戦場に出てるんだ、怪我を言い訳にするなんて男らしくねえマネしてんじゃねえぞクソが」
捨て台詞を吐き捨て、カイルは自身のポイントへ向かった。
とんでもなく口が悪いが、悪い奴じゃないらしい。上品な言葉づかいで最悪な人間を知っているルインにしてみれば珍しい部類の存在だった。
「ルイルイ、お前はこの俺、サブリーダー班に抜擢だ。無理に攻撃しなくていい。回復系の魔法は使えるか?」
「一通りは」
なんといっても死を司る呪われた能力を持ち、長い間魔法を勉強しながら生きてきたルインだ。どんな魔法が使えるか聞くのはまさに愚問だろう。
ソフトモヒカンサブリーダーは男み溢れる笑みと共にサムズアップ。
それを合図かのように作戦は開始された。統率の取れた動きでルインの班が森を突き進む。
さて、この作戦の肝は先手必勝にある。つまるところ敵を見つけなくてはいけない。
龍脈索敵――
恐ろしいことにこの策敵範囲は数十キロ先に上る。つまり誰かがルインに奇襲をかけることは技術上不可能なのだ。
(このまま進んだら横っ腹を食い破られる……)
恐らく情報が古いせいで敵の正確な位置は把握しきれていない。
かといってこのとんでもない索敵能力の存在がばれれば、ちやほやされたいがために冒険者になった事実が露見する。
それ自体は別に普通だろうが、つきつめればルインが死竜騎士であるとばれかねない。
ならば……
「あれ~、これ足跡じゃないですか~?」
と、変に大きな声で自作した足跡を指さし、その方向へ進むルイン。
手負いのルーキーに先行させてはまずいと、すぐにサブリーダーがルインの方へ歩み寄り、足跡を確認すると素早くそちらへ移動した。
なんだか陰で糸を引いている黒幕みたいで悪い気がしなかった。
そしてようやく……邂逅の時が訪れた。
「ゴブリンだ!」
誰かが叫び、ゴブリンが吠えた。
相変わらず醜悪な容姿をしたモンスターがあらゆる茂みから飛び出し、攻勢に出る。
《クリスタルスフィア》は数では劣るが練度が違う。
五人パーティーの中でもすぐさまサブリーダーが鉈のような剣を取り出し、ゴブリンの頭をかち割る。
同時に二人が炎系魔法で援護しつつ、一人が身体強化魔法でサブリーダーを援護しながらゴブリンに弱体化系の魔法をかける。
見事な統率。
だが、長くは続かなかった。
「グオウウウウウウウウ――」