第五話 そして一日でAAに
「ええ? 聖騎士団出動しないんですか?」
ルリアは困惑の声を上げた。どこもかしこもパレードで忙しく、相手をしてくれたのは内政大臣ただ一人と言う、良いのか悪いのか良く分からない状況だった。
しかし、どちらにせよ悪い状況だ。
「先の戦いで聖騎士団は疲弊している。これ以上魔獣に人員は割けないと言うのが道理。第一、冒険者一人で倒せるのなら十分ではないか」
「いやいやちょっと待ってくださいよー。あの量尋常じゃなかったですって。ゴブリン多いし強いし。あれ、SSでも一人じゃ当たらないですよ」
「あなたのユニット……名前は忘れましたが、あれと一緒では?」
「いや、新人冒険者と一緒に出掛けてて……亜人も居ました」
「亜人? 馬鹿な……そうか、そういうことか」
内政大臣は職柄ジッとしていいのか甚だ疑問が残るが、穏やかな様子で椅子に腰かけ始めた。王都居城は今日も平和らしい。
「では、誰があなたを助けたというのです?」
「こんな、おっきい鎧の人です」
取り敢えず両人差し指でシルエットを描く。内政大臣が死竜騎士を知っているかどうかは分からない。
だから、わざわざ正体を隠したい人のことを言うのもどうかと思ってのことだ。
「やはりやつか。……君、確か冒険者ユニットが大手だったね」
「ええまあはい。そこそこ」
「助成金を渡す。財政大臣を説き伏せよう。それと、君たちの中で聖竜騎士団に入りたい人間が居るなら便宜を図ろう」
「え?」
寝耳に水な話だ。
お金がもらえることはもちろんそれだけで美味しい。その上国からのオファーはユニットを更に有名にさせる。
さらに言えば……聖竜騎士団への入団。
聖竜騎士を選んだ人間は誰しも入りたい。女性聖竜騎士ならなおさらだ。
一つのステータス。
誰もが目指す分かりやすいステージ。
よく考えなくともルリアはSSランク冒険者の時点で誰からももてはやされる存在である。
あるのだが、元は聖竜騎士になりたかった。これは冒険者をあと少しで極めるところまできてようやく巡ったチャンスだ。
「どうすれば?」
「なに、容易いこと。魔神軍残党を掃討しなさい。亜人のような知能ある輩が統率して略奪を行っているのです」
「なんでまた。戦争は終わったんじゃ?」
「そう思っていましたが、我々の予想を超えて向こうは手ごわい。アレがあそこを統括する大将を倒したため、無法化した。恐らく、魔神軍陣営は覇権を争っているはず」
アレが何のことか、ルリアは深く聞かなかった。
ただどうやら、裏目に出たということと、対応するための人員を失ってしまったことは分かった。
「よろしいですね。これは内々の話。速やかに実行なさい」
「……はい」
†
「あのー、ギルドでクエスト受注をしたルインです。キノコお届けに参りました」
クリンちゃんの背に乗って王都にとんぼ返りしたルインは早速クエストクリアのためにキノコを民家に届けていた。受領書にサインを貰えばクエストクリアだ。
何処にでもあるような民家の中から、エプロン姿の夫人が現れた。栗色の髪をした感じのいい女性だ。
「あら、ありがとう。そう言えばさっき、森に近づかないようにって掲示板にあったけど、あなたは大丈夫だった?」
「ええ。あ、ゴブリンの群れなら安心してください。倒し――」
慌てて口を噤んだ。承認欲求の塊の悪い癖が出た。ルインが死竜騎士とばれたら色々水の泡。しかし褒めてもらいたい。胸の中で、らしい欲求がせめぎ合っている。
「あらすごい! あなた、ええと……Fランク冒険者なのにもうゴブリンを? 頼もしいわ。あ、待ってて……はいこれ、ラッフルの果実よ。採れたてで甘いからどうぞ」
と、籠一杯の赤い果実を渡された。どっしりと重い。陽光を弾く瑞々しい果実は齧りついたら果汁が零れそうだ。
「ありがとうございます!」
「こちらこそ。これで今日は美味しいスープが出来るわ。じゃあ、頑張ってね」
最高の気分だった。
今までモンスターの群れを狩り、魔獣を狩り、魔神軍大将さえ狩って世界を救ったのに酷い扱いだった。生かしているだけマシだと思え、とか。
それが、キノコを拾うだけで、こんなに喜んでもらえるとは思えなかった。
やはり冒険者は最高だと喜びに満ちながらゆっくりラッフルを堪能。
日も暮れた頃にようやくギルドにクエストクリア報告を行うと――まさかだ。
「お、最強ルーキーじゃねえか」
「待ってましたゴブリンハンター」
「あのSS、竜閃ルリアと肩を並べたんだって?」
「亜人を倒したそうじゃないか。やるな!」
なんだこれは。
率直な感想がこれだった。ギルドに入るなり、何故か大勢がルインの肩を叩いたり拍手を送ったりと、とにかくそこそこの騒ぎだった。
どうやら、時間をかけ過ぎたせいで噂に尾ひれがつきまくって誤った内容が流布された様だ。
ゴブリンの群れと亜人を、ルリアとルインが倒したことになっているようだ。
主に、ルリアが亜人を。残り全てのゴブリンをFランクであるルインが勝ったことになっている。
とんでもなく誤解が生じている上に少々マズイ。さすがにFランクがユニット単位の作戦を一人で遂行したとなっては悪目立ちする。
そして真実を知るルリアが勘付きかねない。
超絶嫌われ者の、死竜騎士だと。
でも……正直悪い気がしない。
「いやあ、僕の力じゃないですよ。ルリアのお陰です。あはは」
有頂天になったっていいじゃないかと自分に言い訳をして、取りあえずクエストクリア。
昼頃に会った受付嬢が笑顔でハンコを推し、何やらごそごそと出そうとしている。
「お疲れ様です。こちらが報酬の銀貨です。あとこちらが、昇格おめでとうございます」
と、銀貨の入った小さな麻袋と一緒に、金色のバッジが手渡された。そこにはAAと書かれている。
「え!?」
「はい」
「え!?」
「おめでとうございます。ルイン様。AAAを超え、Sランクになることを心よりお待ちしております」
冒険者になろうとしてたったの一日で、AAまで行ってしまった。誤解と共に。