最終話 知恵と力
「我が王国は一度破滅の危機を迎えた。いいや、破滅したと言って良い。多くの死者が出た。多くの死者には多くの家族がいた。家族からしてみれば、破滅したと変わらないだろう。しかし、しかし! 考え直してほしい。先代の国王は自らの職務を捨て去り、この国を放棄して逃げた。しかし私は違う! この王国は、今! この時から! 生まれ変わるのだ! だからこそ、今一度、刮目してほしい。失った家族のことを胸にしまい、新たに生まれ変わったこの国を、彼らに代わってあなたが、そう、あなたが、私と共に作り上げて行こうではないか!」
拍手喝采が響き渡る。
ルインはバルコニーの傍で、新国王の演説を聞いていた。
魔神を倒してから、幾何の月日が経った。ルインはまだ、王国にいる。
「ルイルイ、シャキッとしなよ。もうすぐ出番だよ?」
にっこりと、ルリアが微笑んだ。
あれから、ルインが死竜騎士と知ってからも、ルリアは何一つ変わらなかった。
驚くほどに、嫌われることはなかった。
死竜騎士がなんであるか、理解したからだとルインは思っている。
死してなお、パートナーのために戦いたいと願うドラゴンにチャンスを与える。
それが死竜騎士の側面。知ったからこそ、ここにいる。
「マスター、ようやく誉を受けることが出来ますね」
彼女……アイラもまた、ルインから離れて行かなかった。
元々誰であれ、関係がないと言った様子だった。
アイラもまた、この戦いで誉を受ける。種族間戦争の敗戦種としてではなく、新たに新設される聖竜騎士団の大隊長として。
「ったく、お前ら二人は良いよな。俺とルリアは日陰者だぜ」
カイル。カイルはいつだってカイルだった。
ルインが死竜騎士であることを、まったく気にも留めていない。
そう。世界の目は大きく変わった。いいや、これから変わる。
「そして! この新たな王国を救った立役者。まずは冒険者。彼らは聖竜騎士団では補いきれない国民の先導を行った。迫りくる魔獣から皆さんを救ったのは記憶に新しいだろう。彼ら自由の守り人がいなければ、この王国は終わっていた。彼らに盛大な拍手を!」
今の王は、前の王とは違うが、やはり大臣の息がかかっているのだろうか。
全て仮面卿の責任になっていた。
仮面卿はあの戦いの後姿を消した。彼も貢献したと言うのに、全く酷い話だ。
やはり大臣はいずれ除かなければいけない。
「そして、彼を忘れてはいけない。今回の戦いに尽力した、魔神を倒した者、死竜騎士のルイン。そして、種族の壁を越え、我が国に尽くしてくれた真の騎士、ランスロット・アイラ・フォンブラッド。二人は長らく忌み嫌われる存在だった。しかし、それに何の意味がある? 旧体制が、昔が生み出した悪しき習慣を今一度取り払い、彼らを心より称えようじゃないか! 二人に拍手を!」
喝采を浴びて、ルインは照れ臭くなった。
初めて、死竜騎士として称賛された。
初めて、人の前で、自分の存在を披露した。
死竜騎士としてではない、ルインとしてではない、死竜騎士ルインとして。
生きていける――
「マスター、戻りましょう」
アイラに促され、ついでに新国王にも促されたので中に入ることにした。
「素晴らしいスピーチでした」
新国王はまだ若かった。茶髪で、鼻筋が通っている。すっきりとしたイケメンだ。
彼は謙虚に浅い礼をすると、にっこり笑んだ。
「ありがとう。君たちがいなければ私もここにはいない。また、新しい国を作り始める。君たちもぜひ協力してほしい」
「僕たちで良ければ。ああ、大臣には気をつけて下さいね」
「はっはっは、誰だって弱点はあるさ。ではまた」
見かけによらず豪快と言うか、随分こざっぱりした人のようだった。
彼と別れ、ルインは久しぶりに一息ついた。
「……三人とも、ありがとう。君たちがいなかったら、こうはなってない」
「何いってんのルイルイ。私たち、最初から最後まで、何もしてないよ。ルイルイが頑張ったからだよ」
「だな。そいつは、まあ、認めてやっていい」
「マスター。あなたが世界を救ったんです。これからどうしますか?」
「そう、だね……夢も叶ったし、どうしようか」
「では、私と一緒に聖竜騎士団を運営しましょう。世界を救った者同士」
「えー、なにそれずるい。ルイルイ私と世界を周ろうよ! ほら、クリンちゃんも一緒にさ!」
「貴様不謹慎だぞ。それにマスターは私と常に一緒だ」
「えー、良いじゃん。ルイルイ一緒でいいじゃーん」
「黙れ。マスターは私の物だ」
「お前ら元気良いな。俺は帰って寝る」
「ねーね―ルイルイ」
「マスター、早く決めて下さい」
「ええ!?」
死竜騎士になったと言うのに、何だかちやほやされているらしいルインだった。
†
「国王陛下。すべて整っております」
「ああ、大臣。ありがとう。福祉や福利厚生を徹底してくれ。この戦争で多くが失われた」
「はい、閣下」
「さて、知っているか、大臣。私がなぜ国王足り得るか」
「いいえ」
「知恵と、力が、あるからだ」




