第四十一話 戦いの終わり
「はあ!」
魔神が放つ氷の柱を、ルインはことごとく破壊する。
目に見えて前より強烈であろう光線も、たちどころにかき消した。
破壊する。魔神の全てを。有り得ない力の全てをかけて。
ただ、叩き潰す。
いきなりなんのからめ手もない攻勢に出たルインに対して魔神は首を擡げてサイド攻撃に転じる。
圧倒的破壊力で向かい打っているはずなのに、まったく足を止めないルインに、魔神はたじろいだ様子だった。
生きて封じられて、そんなとんでもない人生の中で、初めて出会うような人であったかのように。
些かの躊躇もなく、ルインは魔神の頭部に一撃叩き込んだ。
魔神の後頭部から衝撃波が抜け、体が大きく仰け反った。
強烈な一撃。追い討ちをかける。
クインちゃんが魔神の瞳に鉤爪を刺し込み、頭部から一気に青い炎を流し込む。
苦しむように暴れ出す魔神。
恨みはない。ただ、多くの者が失われ過ぎた。
そのつけを、魔神が払う。それだけの話だった。
いとも簡単に、国どころか世界を崩壊させる力を持った魔神が屠られていく。
「これで終わりだ」
両腕に魔法陣を展開。
とてつもない光を帯びた、最後の一撃が……魔神をかき消した。
†
「大臣! 魔神が倒されたぞ。これでは我々の秘密がああ――」
ようやく、うるさい蠅を黙らせることが出来た。
内政大臣は淹れたての紅茶を飲みながら、目を細めた。
今しがた、今回の策謀に加担した国のトップ連中が全員、衛兵に首を掻き切られる形で絶命した。
まさに骨が折れた。うるさい口を黙らせるというのは。
血に染まった卓から離れようともせず、大臣は再び紅茶を口に含む。
魔神が倒されるのは想定内の事だった。あれはそこまでの器ではない。
大昔、ドラゴンとの戦いで力のほとんどを奪われた状態で封じられた。
まあ、それでもあの強さだったわけだからおぞましい存在であることは間違いない。
今回の目的はあくまでただ一つ。大臣どもの一掃にあった。
暗殺なりなんなりすれば、この祝賀ムードの世界に水を差してしまう。国はようやく良い方へ向かっている。大臣が御しやすい世界に。水を差す?
それではいけない。ならば、王国が転覆する程度の大惨事とその解決策を用意すれば良い。
死竜騎士と思われる何か、仮面を着けた、恐らくクーデター時の被害者。この二人はよく働いてくれたらしい。
ついでに邪魔な魔獣たちと冒険者の大方が消えた。
聖竜騎士団を再建した暁には、もう一度、この王国を、いいや……
「新たな帝国を造るとしようじゃないか」
「おいおい、勘弁してくれや。まったく、あんたホント暗躍が好きだな」
「……仮面の。何の用かな。もう戦いは終わった。あなたの役目も」
「はあ……お前みたいな人間、本当にいるんだな。大方、今の国王をすげかえるつもりか? お前の傀儡皇帝を作り出すつもりかな」
「目ざとい。それで? あなたはなんの用でここに? まさか、あなたにそれ相応のポストを用意しろとでも?」
「はっはっは、下らん。俺は消えるさ。死竜騎士が魔神を殺し、やつは逃げないことを選択した。なら、俺だってそうするさ」
死竜騎士と何か交流があるらしいが、それは大臣に関係のないことだ。
どちらもどうせこの国にはいられない。この殺人者も、あとで悪しき伝説になる予定だ。
王国を、いいや、世界を破壊しようと画策した闇の騎士団として。
「てっきり、闇の騎士団を復活させようと思っていると」
「ふん。遅いな。お前は大局を見ることが出来ない」
「なんです?」
「お前が思っているほどお前の頭は良くないってことさ」
「私を殺すつもりですか? やってみなさい。あなたは確実に殺される。この世界に。あなたといい死竜騎士といい、悪を成す勇気と誰かに恨まれる覚悟が比例していない」
嫌われる勇気。
例えば仮面の男にせよ、大臣を殺した後に自ら命を絶つ気はない。
何かを訴えたいから行動を起こした人間にとって、誰かを殺す大儀は私怨ではありえない。
「お前を殺す? おいおい面白い冗談を言うじゃないか。そうだ質問をしよう。お前に足りないものは何かわかるか?」
仮面の男は右腕を上げた。
「知恵と」
さらに、鷹揚な素振りでもう片方の手を上げる。
「力さ」
「あぐあ……か……」
大臣は苦しみ首を抑え、宙を浮いた。
その剥き出しの悪意が溜まった瞳はまっすぐ仮面の男を向いている。
仮面の奥でニヤリと笑んだらしい男の背後から、何かが現れた。
黒いローブを纏った集団だ。大臣はそれに見覚えがあった。
かつて自分が利用した、闇の騎士団。滅んだはずだ。種族間大戦のどさくさで、メドラウトと相打ちにしたはず。
「お前はこれからの生涯、闇の騎士団の傀儡として生きてもらう。散々人を操り人形よろしく使ってきたお前にしてみれば良い様だ」
「あが……やめ……」
「お前の意思は関係なくなる。なんせ、操り人形だからな。はっはっは、んじゃあ、楽しい余生を過ごすと良い。ああ、もう聞こえないか。うん? 返事は」
「はい、マスター」
「良い子だ」




