第四話 死竜騎士に誰が勝てる?
鋭い一撃の上にあまりに重かった。
地面を足で抉り、ようやく止まったところで眼前には足の先が迫っていた。
寸前のところでバック転回避。何度も地面を腕で叩いて距離を取ろうとするも、顔を上げた瞬間には青白い体がある。
あまりにも俊敏。身体強化が人間のそれを超えたバカみたいな存在だ。
「つ――」
炎を払い、打ち下ろされた拳を剣で弾く。
弾いた頭から次々拳が打ち下ろされ、ルリアは釘付けになってしまった。
魔力を用いるモンスター、魔獣の中でも人並みに知性がある相手は厄介だ。
魔法を用いるためには術式を演算する必要がある。しかし強力な魔法になると術式を人の頭だけでは演算できない。そこで、ドラゴンとリンクする。人には不可能な演算もドラゴンならば可能だからだ。
だが亜人は違う。元が屈強で頑強な体に身体強化をかけているのだから人と比じゃない。
「ゴガアア!」
魚鱗種が吠え、ゴブリンの動きに統率が戻った。
ゴブリンあるところに亜人あり。
強力な対魔法防御力を誇る亜人は聖騎士が束になってかかっても討伐が困難だ。
本来はもっと奥地の巣で生活しているはずなのに、なぜこんなところに。
「く……!」
考える暇は与えないとばかりに、狡猾なゴブリンがさびた剣で切りかかってくる。
一つ避けると二つを背中に受け、ルリアは苦悶の表情を浮かべた。
聖騎士団に連絡が行き、ここに来るまでの間は一生程長いだろう。生き延びられるか甚だ疑問であったが、やらないと死ぬならやるしかない。
「ふう、クリンちゃん!」
ルリアの声に応え、クリムゾンドラゴン、クリンちゃんが舞い降りる。
同時に地面に向かって青い火炎を吐いた。ゴブリンは一掃。
しかし体表を水の膜で覆っている魚鱗種は炎の壁を突き破ってクリンちゃんに強襲をかけた。
乱暴と言うに相応しい攻撃にルリアは反応するも、間に合わない。
蹴りを喰らって地面に叩きつけられる――
「がっは……!」
仰臥するルリアを、まるで嘲るように見下ろす魚鱗種の姿が目に入った。
「なによ……あんたを倒さないと……いけないのよ。町が……町が……」
SSに昇格して、クリンちゃんと共に戦って、初めて訪れた脅威への恐怖。
死んでしまう恐怖を身近に感じて動けなくなった。
そんな時だ。それが現れたのは。
「下らんな。貴様が守ろうとした町は貴様を守りはしない」
巨大な……鎧を纏った何かが、ルリアの前に現れた。
見たことはない。ただ、纏っている雰囲気が尋常ではないことは知れた。
陽光を遮り、屈強な肉体を持つ亜人に匹敵する山のような大男。
「あなたは……」
「名乗る名などない。ゴブリン程度の雑兵が」
ぐるりと、鎧は辺りを見渡した。もちろんゴブリンだらけだ。その上……
「亜人は魔法で武装してる、一人じゃ無理だよ! それに魔法も広範囲で広げたら被害が拡大して――」
「魔法? 魔法とはこれを言うんだ」
鎧は右手に赤い魔法陣、左手に青い魔法陣を展開させた。描かれている術式はルリアの見た事がある物ではない。それよりはるかに高度。いいや、かなり古い術式だ。
鎧はそのまま両腕を地面に叩きつけた――
瞬間、爆発的な量の火炎が迸り、ゴブリンの群れを襲うと同時に、外枠を氷の柱が地面から生え、炎とゴブリンを抑え込んだ。
あれだけの火炎魔法を使っておきながら、氷は溶けない。それどころか返しのようなものを更に展開し、ゴブリンたちを炎の地獄に閉じ込めた。
鮮やかすぎる手際。王都の聖竜騎士団の中でもここまで鮮やかな魔法を使える人間は数少ないだろう。
「あなた、本当に一体?」
「まだ終わってない」
鎧の言う通り、炎を突き破り、魚鱗種が襲い掛かってきた。
あれだけの攻撃を受けて居ながらほとんど無傷。やはり人類は魔獣に未だ勝てないのか。
ルリアは久しぶりに絶望を受けるが、鎧は意に介した様子もなく、俊敏な魚鱗種の頭部に一撃加えた。
あまりに重い一撃を喰らい、魚鱗種、地面に横臥した。それも束の間立ち上がり、低い姿勢を保ちつつ、鎧の懐に――
「絶黒に染まれ」
両断――
早すぎる太刀筋にルリアの瞳は全く追いつけなかった。
残ったものは、魚鱗種だった肉塊。アレほどの敵を一撃で。にわかには信じがたい。
物理的速さではない。これもまた魔法のなせる業なのかと、ルリアは目を白黒とさせた。
「他愛ない」
「あ、待って、ゴブリンが逃げる! この辺りはFちゃんばかりなの!」
剣を取り、愛竜クリンちゃんを呼び寄せるが、鎧が軽く腕で制した。
「必要はない」
なんでそう言い切れるのか、問うより前に、絶叫が聞こえた。
森のあらゆる場所から、低く、醜く、呻きに似たゴブリンの悲鳴。
やがて悲鳴は収まり、次の瞬間現れたのは――
黒、灰、いいや、くすんだ生命の色をした……ドラゴン。
骨だけの姿の物も居る。半分骨で肉が張っている物も居る。おおよそ生きているとは思えない。
「なに、このドラゴンたち……」
クリンちゃんが困惑するルリアの横で低く呻く。
だが、死んだように思えるドラゴンたちは意に介した様子がない。口は真っ赤に染まり、ところどころさっきまでゴブリンだったらしい肉が付着している。
「死竜。既に死んだドラゴンたちだ。私は彼らを使役している。常にな」
「そんな、そんなこと、出来るわけがない!」
ルリアは剣を抜いた。竜を愛する。クリンちゃんを愛しているからこそ、生命の冒涜に近い行いを許しては置けない。せめて、ドラゴンに安らぎを。
ドラゴンとの相性が人よりあまりになかったからこそ、ドラゴンを愛するルリアにとって。
許せない。
「あなたは誰」
「死竜騎士。絶黒の死竜騎士と呼ばれている。かつて居た多くの一人。生き残りだ」
その名は聞いたことがある。
ドラゴンを死んでもなお使い、その死を冒涜する呪われた騎士。
噂でしか聞いたことないが、かつて聖竜騎士との戦いで敗れた邪悪な存在だ。
実際に会うまでは嫌悪していたルリアだが……
「……解放してあげて。あなたは優しい人だって、なんとなく分かるから」
少なくともこの死竜騎士は、他とは違うように思える。
「下らんことを。さっさとこの場を去り、貴様の国の人間に伝えよ。亜人が襲来したと」
「待って……兜を取ってくれない?」
「……これは戒めだ。呪われた鎧を着ることで、私は忘れまいとしている。過去を」
「過去に何かあったの?」
ルリアはさっきまで持っていた、燃え上がるような怒りを鎮め、死竜騎士に歩み寄った。
感じたのは、かつて自分が持っていた孤独だ。
「下らぬことだ。鎧がなければ、ただ殺されていた。死竜騎士は、死竜騎士であることが知れれば殺される」
つまり、鎧は姿や、過去を、その人自身を隠すということを。
しかしそれは、あまりに苦しすぎると、ルリアは顔を顰めた。
「さっさと、伝えろ。私はこの国を発つ」
ひときわ大きく、黒いドラゴンがあまりに速く降り立った。と言うより、ほとんど落ちた。
ドラゴンは翼を一度広げ、死竜騎士を包み込んだ瞬間、姿を消した。
あまりに速い移動は有無を言わせなかった。
絶黒の死竜騎士。
どうにも、恨めない相手のように思えて仕方がなかった。
「ルリア~!」
「あ、ルイルイ! 大丈夫だった?」
「僕はね。君は?」
「なんとか。あ、そだ、早く王都に戻るよ。聖竜騎士団に知らせなくちゃいけないの」