第三十九話 逃げない
攻勢に打って出た。
ルインと仮面卿は屋根を飛び、取りあえず魔神の視線に躍り出た。
二人の強力な魔力量に惹かれてか、魔神は視線を二人に向ける。
その後頭部に、バハムートが容赦なく火を噴いた。
青い炎に包まれた魔神はしかし、爪の生えた腕で弾き飛ばした。魔力体制が普通ではない。
ルインもまた、手を広げ、死竜を呼び出した。天と地から、一気に降り注がせる。
さらに、氷の槍を形成し、魔神に向けて放った。
魔神の体に着弾するが、ダメージが入っているか分からない。
魔神、お返しとばかりに巨大な掌からおびただしい量の氷のつぶてを吐き出して来た。
ルインも仮面卿も防御障壁を張って受け止める。仮面卿に関しては絶対守護ではなく、何か黒紫色の穴を展開して吸い込んだ。
「お前のせいで怒らせたな」
「そうだね」
跳躍――
最強の敵、と言って良いかもしれない。しかしルインは落ち着いていた。
剣を取り出し、一気に顔面を襲う。
ルインの意図を読んでか、魔神は腕を突き出して止めに入った。どちらも落ち着いている。
意思の疎通ができないだけで、二人の間には明確な殺意が存在していた。
「面白い戦いだ。バハムート!」
バハムートが魔神の顔をしつこく狙う。その巨躯を以ってしても、魔神の前ではナーガだ。
まるで蠅でも叩き落すかのような所作だ。ふざけた巨体を振り回して、挙句の果てに魔法まで使う。
ドラゴンを使わないだけマシだが、それでもでかい上に派手な攻撃ばかりだ。
「逃げろ、仮面!」
「逃げてるよ」
爆発が仮面卿を襲った。まるで空から星でも振ってきたような爆発だ。
家の屋根は吹き飛び、王都居城を破壊して魔獣を踏み潰した。強力な攻撃ではないはずなのに、全ての一撃が驚異的だ。
踏み潰されないように避けながら、抵抗を試みる。
魔法のほとんどはかき消される。さすがは魔神だ。
しかし、ルインは死竜を使う。死なぬ竜が魔神を強襲し続ける。
今回の戦いで多くのドラゴンが死んだ。その怨念を、晴らせなかった思いを、今ここでぶつける。
死竜と魔獣が手を組み、怒涛の勢いで魔神の足元を責め立てる。
息を合わせるように、仮面卿とルインが魔神の頭部を狙う。
刃を突き立てようにも届かない距離にいる。相手はでかいだけ。ルインが一撃当てれば倒せる相手だが、その一撃を与えれない。
「ちっ、俺のバハムートに乗れ。それでケリをつける」
「良いのか? 僕は死竜騎士だ」
「ああそうかい。じゃあ俺は王国の転覆をはかったテロリストだ。さっさと乗れ」
ルインはバハムートの背中に乗り、魔神の元へ向かう。
気づいた魔神は首を擡げ、無い口から赤いレーザーを放った。
強烈な魔力の刃が一息で空を引き裂いた。猛烈な熱量だが、ルインなら耐えられる。
が、バハムートはその限りではない。痛烈な攻撃に耐えきれず、旋廻して距離を取った。
動く度に、魔神が動く度に必ず何かが壊れ、何かが死ぬ。今や味方となった魔獣も、既に死んだ死竜も、何もかも。
「余計なもんの封印を解きやがって」
「本当にね。僕らじゃ勝つのに時間がかかる」
「ていうかお前をあそこに連れて行けば勝ちなわけだろう? その方法がない。バハムートでもダメなんだ」
「どうすれば……」
「だったら、私のヨルムンガンドを使ってください、マスター」
「俺のレンも何か役に立てるなら」
「……二人とも……どうしてここに?」
「二人だけじゃないよ。ルイルイ」
現れたのは……ルリアだった。
その姿をどれほど待ち焦がれた事か。どれ程見たかったことか。
どれ程の思いが交錯して、彼女に背を向けた事か。
嫌われたくなかった。もう、あんな目で二度と見られたくはなかった。
だけど、ルリアの瞳は違っていた。
「一緒に戦おう? ルイルイ。世界がルイルイを嫌っても、私たちは違うよ」
「マスターが死竜騎士なら、それだけです」
「最初からどうだって良いんだよ、んなことは」
「皆……」
「お涙頂戴の最終回か? どうだっていいんだが、どうするか決めてくれ。魔神はでかい上に絶大だ」
「マスターの力があればどうと言うことはない。我々があれを引き付ける」
「囮か。まあいいさ。さっさと決めろよ」
「ルイルイ、あと仮面卿も。二人にかかってる」
「はっはっは、下らん。俺はお前たちを散々いたぶった。今さら信用なんて」
「安心しろ。この戦いが終わればお前を殺す」
「ありがとよ、俺もお前たちが大好きだ。時間もないんだろう? 俺だってやることがある。さっさと行け」
言われなくとも、とばかりにアイラとカイルが前線へ向かう。
魔神は寝起きの状態からようやく頭が回ってきたか、目ざとく二人の動向に気付いた。
ない口からの怪光線。
手の表面に魔法陣を展開し、氷と炎のおびただしい攻撃を展開する。
「でかいだけで、魔法もおおざっぱだな」
ヨルムンガンドが魔法をかき消す。その背後からレンに乗ったカイルが魔神の体中を爆発させる。
爆撃で儲けたような集中砲火。みるみる魔神の体が黒煙に飲まれた。
さっきまで死にそうだったはず。とっくに限界を迎えていたはず。
それなのに二人は、ルインと仮面卿のために道を切り開いた。
「私が露払いをするその隙に二人は後ろからお願い」
「わかった」
「雑な作戦だ」
ルリアが地面を駆けた。魔神との距離は驚くほど遠い。単純に地面から頭までの距離が長い。
そもそもの話だが、頭が弱点であるかどうかも甚だ怪しい。
仮面卿も詳しいことは知らないらしく、場当たり的な攻撃をするしかない。完全な見切り発車。
この世を破壊せんとする魔神の復活。
倒すことは可能だ。近づきさえすれば。皆そのために、血路を開いている。道を切り開き、何としてでも勝とうとしている。
報いる必要があった。この巨悪を、倒す必要があった。
死竜騎士としてではない。ルインとして。
いいや、違う。死竜騎士ルインとして、倒さなければいけない。
「僕はもう、逃げないことに決めたよ」
「俺に言うな。それより、お嬢ちゃんが道を開いたぞ」
ルリアはその圧倒的火力を以って、魔神への直線ルートを切り開いた。
アイラとカイルも左右から魔神の攻撃をかき消し、攻撃する。正面はルリアが担当。
しかし魔神はそのすべてを防いでいた。圧倒的に。