第三十四話 次なる悪しき伝説
迂闊だったと、内政大臣は悔し気に臍を噛んだ。前々から使えないとは思っていた他の大臣が見事に使えなかったのだ。
かねてからの夢であった官僚にあだなす者どもの排除は大方済み、今や町に大臣の敵はいなかった。
が、国民に真実が漏れ出してしまったのだ。
そう。隠していた、聖竜騎士団の疲弊が、なんの歯止めも聞かず、漏れ出た。由々しき事態であることは間違いない。
聖竜騎士団は平和の象徴であると同時に国家のシンボル。政治的に重要な役割を演じていた。
それが壊れれば大臣の安定した政治は機能しない。圧制を仕掛ければ自由の使徒である冒険者が民を先導し、革命が起きかねない。
それを潰すために、そもそもクーデターを起こしたのだ。大臣にしてみれば王が誰であれ変わりはない。ただ御しやすいか御しやすくないかの違いだ。
愚か者が憶測出来るほど大臣の腹の黒さは甘くない。
「よお、元気にしているか? 大臣さん」
そんな声が聞こえて振り返る。空いた窓から、仮面を着けたふざけた装束の恐らく男が入っていた。何事もないように、悠々と。
「茶でも淹れるべきでしょうかな」
「そうするべきだろうな。まあ、楽に構えると良い。ああ、もうそうしているか」
「何者かは知らないが、衛兵を呼ぶ前に立ち去りなさい」
「いつまで自分が上にいると勘違いしている? 俺が何のためにこんなところまで来たのか、今一度よく考えると良い。ああ、考えなくていい。感じろ」
などと、またふざけたことを言う仮面の男が入ってきた窓の外が、青色に染まった。
何事かと、窓の外を凝視する。
そこに広がっていたのは……青い炎に包まれる王都だった。
信じられない光景だった。天を舞う魔竜が、王都を青い炎で包み込んでいた。
徐々に大きくなる悲鳴。おびただしい数の足音。建物を破壊し、登り、我が物顔で吠える……魔獣。
「さては魔神軍の残党……!」
「あれと一緒にするな。やってることは同じだが。しかし大臣、さすがというかこれはもう、拍手を送るしかない。随分と探したよ」
「なに?」
「魔神軍大将も見つけられないよな。あんな岩を切り出したような場所を探してるだけじゃ。ったく、驚かされる。この下に魔神隠してんだろ。正しくは、その封印の場所」
大臣の表情にしっかりと戦慄が走った。
目の前の仮面が言う言葉一つ一つがあまりに的を射ていた。
他者を愚か者と謗るだけあり、大臣は強かであった。
魔神軍が躍起になって魔神を復活、とまではいかずとも、魔神を探していることは知れていた。動きから察するに、人間にその場所を知られたくないかのようだった。
だから大臣は秘匿していた。元々王国は、かつて魔神が封印された場所の上に立てられた教会の敷地を巨大化したものだと。
だが考えがあまりに迂闊で及んでいなかった。
魔神軍が隠したかったのは聖竜騎士団や人間ではない。この仮面だ。
「だとして、あなたに何の関係がありますか」
「関係ない。今さらそんなものを復活させる気も毛頭ない。別に復活してもかまわない。王都が滅ぼうと滅ぶまいと関係ない」
「……あなたはもしや、死竜騎士の生き残り?」
「ははは、面白いジョークもあったものだな。俺は死竜騎士じゃないさ。あんなガキと一緒にするな。俺はな、お前らの言葉でいうところの、人間だよ」
「人間が、こんな大それたテロを起こして何がしたいと? 狙いは王国の破壊、というわけではないのでしょう。どうかここはひとつ、席に着いて話し合おうではありませんか。この国の未来について」
「平日の昼間から仲間と一緒にやってろ。ある種交渉をしに来ただけだ。オークやゴブリン、スパイドスら雑魚魔獣に加え、亜人もこの国に攻め入っている。疲弊しきった聖竜騎士団に奴らが止められるかな?」
謗っている。
仮面は大臣を嗤っている。
政治ゲームばかりしてきたお前にこの脅威を打開する手立てはないと。
確かに、普通の人間であったならば、この脅威は決して打開できなかっただろう。
「ふ。なんのために、冒険者などと言う目障りな集団を生かしていると?」
「なるほど、奴ら冒険者に聖竜騎士団の代わりをさせるか。面白いことを考える。殺す気か? 国への忠誠心を払わぬ傭兵を」
「ええ。何人でも死んでいただきましょう。元より処分する予定でした。自由への憧れなど、そもそも王政を破壊する思想に繋がりかねない。良い機会だ」
「あんた、俺よりクズだな」
「関係のない命を根絶やしにするあなたに言われたくはない。それより早くお話しなさい」
このテーブルで敵う者はいないというばかりに、大臣は深く椅子に腰かけた。
仮面の男は立ったまま、窓の傍で薄く笑った……ように感じた。
「相変わらず変わっていない。相変わらずだ。この国は何も変わっちゃいない。そりゃそうか。上がクズなら腐敗は広がる。終わらせるしかない」
仮面の男が弧を描くように手を広げた瞬間――
「やっめなさい!」
窓を何かが貫き、金髪の少女が剣を握り現れた。
低い姿勢のまま、一気に仮面の男に体当たりをして、そのまま窓の外へ消えた。
残された大臣は冷めた紅茶を口に運びながら大きくため息を吐いた。
確かあれは、元冒険者で先刻聖竜騎士団に入った少女。さらわれたと聞いていたものの、どうやら帰っていたらしい。
「ふふふ、ついている。私は、まだ」
足を組み直し、大臣は今後の国家組み立てを文字通り頭の中に描いた。
死竜騎士にすべてを被せるつもりが、丁度良いものが現れた。
何者かは分からないが、全ての罪を、大悪の伝説としてなすりつけよう。




