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第三十三話 追撃

「ぐは……」

「つ……クソが!」


 アイラは地面に膝を折り、カイルは剣を杖に何とか立ち上がった。どちらにせよ、満身創痍の体に変わりはない。

 それほどまでに強いのだ。キメラは。

 さしあたってダメージを与えたとも思えない。

 自身の不甲斐なさをアイラは呪った。土台無理なのは分かっていたが、それでも倒さなければいけない相手を倒せない。


「一旦退く余裕もない。ここで諦めたら死ぬと心得ろ」

「その気はないんだな、これが。はっ、お前と心中もしたくねえ。ルリアも見つかってねえし」

「マスターの消息もつかめない。なるほど、確かに貴様ごときと心中する余裕はない」


 よろよろと、二人とも立ち上がってキメラを見た。

 彼の巨躯はあまりにも頑強そうで山と見間違える。アイラたちにとっての激戦をくぐって全くの無傷と言って良い。

 追いつめたつもりが追い詰められた。逆転の一打も別に思いつかない。

 完全に詰んでしまった。

 そんな二人に、キメラは容赦なく触手で貫こうとする。

 何とかこれは避けた。だが、続く一撃を避けられる自信などない。

 ここで倒れてしまえばどれほど楽か分かっているがそんなこと考えもしない。

 苦渋に顔を染め、なんとか追撃を防ごうとする二人に――


「お待たせ!」


 声が響いた。聞き覚えのある、少女の声。


『ルリア!』


 アイラとカイルが叫ぶと同時に、クリンちゃんが地面に降り立った。巨大な前足でキメラを薙ぎ払うと、前面に光の粒子を展開。

 間もなく、粒子が一度膨張し、光に含んだものすべてをかき消す。

 驚いたことに、この急な攻撃をキメラは予測していたかのように避けた。


「気持ち悪いけど……なんか強そう」

「貴様どうやって……」

「無事なのか?」

「うん。助けてもらったから。それより早く王都に行かないと、危ないの!」


 ルリアの表情は清々しくも危機感に満ちたものだった。

 王都が危ないとはどういうことか、聞くよりも前に、ルリアは背後に炎の円を展開させ、自身も炎を纏った。


「全力で叩き潰すよ。私の能力で」


 そういえば、アイラはルリアの能力を見たことがなかった。クリンちゃんとリンクしただけでそもそも強かった彼女は力を必要としていないようだったのだ。

 だが、それを今使う。それほどまでに切迫した状況だと言うことが垣間見えた。


「はあ!」


 ルリア、キメラに向かって突貫。

 炎が爆発的な推進力を彼女に与え、キメラの俊敏さと互角の位置に押し上げた。

 キメラ、真正面からくるルリアに対してこちらも真正面から受ける。

 剣に炎を纏わせたルリアの一撃が当たると同時に、キメラの四肢に炎の傷が刻み込まれた。

 呻くキメラ。意に介した様子はなく、ルリアはさらに一撃を叩きこむ。

 叩き込まれると同時にまた別の場所で炎の傷が刻み込まれ、瞬く間にキメラは全身に深い傷を負った。

 どんな能力かは定かではないが、完全に油断していたキメラに致命傷を喰らわせることには成功している。強烈な攻撃だった。


「なんだあれは……」

「なんだっていい。ルリアが勝ちゃあ、それで良い。あいつ、やっぱつええよ」

「貴様も少し頑張れば追いつけるさ」

「ふん。どうかな」


 勝ちを確信した二人の頭上で、クリンちゃんが再び急降下を開始。

 致命的なまでの連撃を喰らわせたルリアはキメラをさらに追い込んでいく。

 たまらず触手が来るが、避けた上で真っ二つに切断。一方を斬れば一方を掴み、引き寄せて深々と胴体に剣を刺す。


「燃え上がって!」


 キメラの内部から炎が炸裂し、全身を炎が包み込む。余裕のある戦いぶりは何かに似ていた。

 しかし、しかしそれでもキメラは絶命に至らない。尋常ではない生命力があの化け物を生かし続けていた。

 ここで加勢しようとしたアイラだったが、杞憂に終わった。

 クリンちゃんが光の粒子をばらまいた。同時にルリアが飛翔。

 キメラは体の半分と頭部の一部を消し飛ばされ、地面に伏した。

 勝利が訪れた……かに思われた。

 まるで勝利など明け渡すつもりがサラサラないとでもいうように、キメラは立ち上がった。

 戦慄が走るほどの恐るべき生命力に呆気に取られてしまう。


「もう良い」


 アイラは空中におびただしい数の槍を展開。一気にキメラに向けて突き刺した――

 決着。

 さすがに二度と立ち上がらなかったキメラに背を向け、アイラはルリアに寄った。


「まず無事を喜ぶとしよう。その上で聞きたい。マスターはどこだ」

「わからない。だけど、王都に行けば分かる様な気はする。どっちにしろ、私たちは王都に行かないといけない」

「なんでだ。俺たちはまだ作戦を――」

「黒幕がいるの。それが全ての元凶だってことはわかってる」

「すべてだと?」

「魔神軍がいた時は総大将がいたから姿を隠していたけどその必要がなくなった人が出てきたの。彼が魔神三柱を操って、王都陥落を目論んだ」

「誰だそれは」

「わからない。分からないから今すぐいかなくちゃいけないの」


 嘘を言っているようには思えないが荒唐無稽だ。

 もしもたった一人がこの大騒ぎを起こしたと言うのなら、そいつはよほど狂っている。

 王都を陥落させるがためにどれ程の手段を弄する。そんなもの、ドラゴンに乗せてさっきのキメラなり魔神三柱を殲滅に向かわせれば済む話だ。


「この戦、最初から解せない部分があった。大臣の陰謀に絡むように、敵が動いているようでならない」

「おいおい、大臣ってのが仕組んだと?」

「こんな大掛かりなことをして何を企んだっていうの?」

「さあな。だが、どうも腑に落ちない。大きな力にはめられたような気がする」

「今考えたって仕方ねえ。王都に行きゃあ、答えがわかんだろうよ」


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