第三十話 動乱
「それを返してもらおうか」
「うん? お前の物だったのか。それは悪かったな」
死竜騎士の姿を見ても尚、仮面の男は一切動じなかった。死竜騎士を前にしてこれほどまでの落ち着きようを見せられる人物はそういない。
一度彼を見たことがあるか、彼よりも強いと思っているかのどちらかだ。
死竜騎士はゆっくりと、今一度ゆっくりと距離を詰めた。自分が負けることは何一つ有り得ない。
信じていた。最強の力と最高の技術を手にしていたから。そしていつだって、死竜騎士の信頼に、その力は答え続けてきた。
「御託はたくさんだ。魔神三柱のボスはお前か。魔神軍も」
「魔神軍は壊れた。その穴埋めをしたのが魔神三柱。やつらの大将が俺だ」
「新たなボスなどいらぬ。倒した端から何度も」
「面白い事を言うな、死竜騎士。生き残りか新たな物かは知らんが、禁忌の呪文に手を出したな。それにその鎧。呪いがかかっている。全く面白い生き物だ」
死竜騎士は心の中で狼狽を覚えた。何者かは知らないが、あまりに知りすぎている。死竜騎士が知らないことすら知っているかのようだ。
「貴様、どこまで知っている」
「死竜騎士に関しては全て知っているとだけ言っておこう。以前はその立場だった。ああ、勘違いするな、死竜騎士だったわけではない」
「答えろ。何のために私は生まれてきた」
「知らん。それなら教えてくれ。どうして俺は一度死なねばならなかった? なぜ、俺はこうして魔獣どもを従えて、こんな下らんことをしている」
「同じく知らん。堂々巡りになる前に、サクッと貴様を処分する」
「おいおい待て待て、なんでお前戦ってんだよ。死竜騎士なんて嫌われ者、世界が滅びようと滅ぶまいと関係ないだろう?」
「確かに。この世界がどうなろうと関係ない。だが、それを返してもらうかどうかは関係ある」
「ご立派なこった。そこの嬢ちゃんはお前に礼をするかな」
「するよ! だってあの人、良い人だから」
「あっはっは! こいつはおもしろいな、死竜騎士。家族を死してなお送り出すお前の力を認める奴が現れるとは」
「……下らない。さっさと貴様を滅ぼす」
死竜騎士は剣を抜く。世が世なら伝説の剣、または魔剣とさえ呼ばれたていたであろう剣だ。
しかし、仮面の男は一切剣を抜くこともなく、あろうことかポケットに手を突っ込んだまま構える。
ある意味不遜な態度にしかし死竜騎士は図体に似合わない俊敏さで肉薄する。
剣が仮面の男と交錯する瞬間、見えない何かが攻撃を阻んだ。
完璧と言えるほど密度の高い防御の壁。魔力を厚く展開することで可能にした不可侵領域。
バチバチと火花を立て、魔力の壁を削っていくもそう易々片付くものではない。
が、徐々に、確実に、盾は破壊されていく。
「さすがは死竜騎士だ。絶対守護を貫こうとするとは」
「そこまで絶対守護でもなかったが?」
完全に守りの壁を破壊して、死竜騎士は剣を振るった。
が、仮面の男もただ押されるだけではない。素早く攻撃をかわしながら、後退を繰り返す。
まるで躍るように避けるその様は熟達した戦士としか言いようがない。
明らかに、死竜騎士よりも場数を踏んでいる。
だがそれは有り得ない。死竜騎士はもう長い事生きている。いくらなんでもそれを超えることは不可能だ。
氷と魔法で両サイドから包み込む様に攻撃を放つ。
が、どちらも見えない壁に防がれる。
ならば念力で叩き潰そうとするが、丁度同じような力を使って相殺される。
魔力そのものをかち合わせても、剣では向こうが上かのような振る舞いを見せられた。
全く、油断はならないが別にてこずるわけではない。
その証拠に、死竜騎士は仮面の男の肩を掴み、そのまま腰に手を回して壁に投げ捨てる。
「ふはは、さすがさすが」
が、仮面の男はゆっくりと後ろに手をやり、衝撃を完全に殺した。
今までの敵とは明らかに違う。魔力量も戦闘技能も他の比ではなかった。
「下らぬ」
そんなものはしかし死竜騎士にとって問題ではなかった。
魔力で掴み上げ、寄せたところで腕を断ち切る。
しかし、切れた腕から闇黒の魔力、紫色の影のようなものが出現し、今一度腕を象った。
有り得ない。人体蘇生をいとも簡単にやってのけるなんて。
しかし、しかしである。死竜騎士に取って驚くべきはそんなところではない。
それぞれの偉大で伝説の魔術師が使うようなものをたった一人で行うところにある。
認めたくはないが、センスは死竜騎士のそれに匹敵するレベルであった。
人間であれ、魔獣であれ、どのみち目の前の男は普通ではない。明らかに強さが狂っている。
初めて、時間がかかるような戦いが展開できる。
「認めてやるところは認めていぇあろう」
「ああそうかい。それはありがとよ。だったら邪魔をしないでくれ。わざわざ小娘捕まえたのはそれを伝えるためだ」
「なに?」
「俺は今から王都を攻め落とす。その邪魔をしないでもらいたい」
「お前がこんなことをしなければその気はなかった」
死竜騎士は国家に仕えているわけではない。この国が滅びようがどうなろうが知ったことではないのだ。知ったことではないにもかかわらず、まるで誰もが王国の救世主として扱う。
その誰もはまさしく敵であり、死竜騎士に口を封じられる対象。
逆に守られるものは口をそろえて死竜騎士に対して怨念じみた視線と侮蔑の言葉を送った。
とても堪えられた話ではなかった。だが死竜騎士は信じ続けた。
いずれ、誰かが自分の事を分かってくれる日が来ると。
そしてルリアに出会った。彼女ならば、自分が能力を使っても、賞賛してくれると信じていた。
死竜騎士は地面から死した竜を呼び覚ました。
朽ち果てた肉体を持った竜はわずかに身をよじり、次々に這い出して来る。まるで、地獄から何かを伝えるために来たようだ。
「ははは、いいねいいね、面白い!」
仮面の男は嗤うと、鷹揚に手を広げた。
瞬間、死竜たちの翼、足、頭が爆ぜる。広域に展開するタイプの魔法であることは明らか。
能力がシンプル故に対処があまりに難しい。
しかし、死竜は既に死んでいる。死はもはやない。
翼を折られようと、足を失おうと、彼らは命令のままに仮面の男を襲い続けた。
それぞれが生前を超える能力を有しているため、仮面の男の絶対守護はいとも簡単に……破壊される。




