第二十九話 血に報いる犠牲
「この戦いで得る物は、何もない。しかし、我らが友を、我らが誇りを今一度この手に掴まんとするための戦いだ! 我らが友であるルリア・ルロットが何者かに捕まった。我々は決して仲間を見捨てない。一族の誇りを回復するためにも、この戦に勝たねばならない!」
たかだかと、リーダーであるアイラの宣言がなされた。
それを聞く騎士は最早二桁に満たない。これでは魔神三柱どころか、ただの魔神軍すら倒すことはできないだろう。
分かっていた。この戦力で戦えと言う命令はひとえに、死ねと言っている。
これを機に、大臣は目障りな物を一挙に殺そうと考えている。冗談ではない。
そんな思惑にかかる程、アイラは馬鹿ではなかった。
「この戦いに勝利すれば、はっきりするだろう! 聖竜騎士団の誰が、今回の偉業を成したか! 魔神軍を討伐することで明らかになる! だが、これは勝てる見込みがほぼない。だから言うぞ、命を大切に出来る者はこの戦いに加わるな。命あっての物種だ」
しかし、聖竜騎士たちは全員一歩前に出た。誰もこの作戦から降りることはないと言う意思の表れに、アイラは溜息を吐いた。
「馬鹿どもめ。良いか、これは最終決戦になる。死を覚悟せよ。生きて帰ることを望むな」
『ご命令のままに』
「騎乗せよ!」
アイラはヨルムンガンドを呼び、部隊に編成を整えるよう命令する。
その後、思うところがあるのか、俯くカイルに向かった。
「作戦前に辛気臭い面はよせ」
「……仲間が二人消えたんだぞ。うち一人は、さらわれたときてる。辛気臭くもなる」
「葬式ならあとにしろ。行くぞ、いいや、別にここにいても良い。戦えんやつを戦わせるつもりはない」
「冗談言ってんじゃねえ。戦うぞ、俺は」
「なら、さっさと行くぞ」
†
「かつてここは、たった一人の人間に襲われた。知っているか?」
仮面の奥から、彼のくぐもった声が聞こえて、ルリアはゆっくりと上を向いた。
倒壊した砦の一部に、座っていた仮面卿は、じっとルリアを見ている。
「魔神軍大将が、聖竜騎士に倒されたと」
「ああ。聖竜騎士か。聖竜騎士とそのドラゴンは潰えたぞ。ここに来る道で死んでいる。そういう話じゃなくて真実の側面だ」
「真実って?」
「お前たちみたいな国民がいるから、大臣は平気で嘘を吐けるんだろうな」
「嘘って?」
「表に出ている事実の裏側だ。良い事を教えてやろうか。聖竜騎士は魔神軍大将を殺していない。殺せるたまじゃないしな。対象は魔神三柱三匹がまとめてかかってようやくいい勝負ってところだろう」
「魔神三柱って……どうしてそこまで知ってるの?」
顔だけではなく、体も動かしてルリアはあまりにも不意に訪れた驚愕に向き合った。
国がどうか、元冒険者にとってどうでもよかった。冒険者は国が出来ないことをやる。引き換えにとんでもない自由を得ている。
だからと言っては何だが、国が何をしているのかにかなり疎い。例のパレードも、わー、すごーい、程度のことでしかなかった。
しかし、仮面卿の言う情報では、明らかにルリアは当事者の席から離れることが出来そうにない。
「クーデターの時から国は全てを隠して来た。お陰で多くが影の中命を散らしていったな」
「なんで……どうしてそんなことを?」
「利権ってのがあってな。誰もが誰かのために戦える素晴らしい世界はないってことだ。魔神軍も潰えた今、やつらは今、聖竜騎士団再建に躍起になっている。分かるか? 潰す絶好の機会だ」
「いっぱい死ぬじゃん、そんなことしたら」
「もうここまで来る前にいっぱい死んでるさ。今さらいくら死のうと、無駄な死と比べれば尊いものになるだろう」
「無駄のない血って何? 何を言ってるの?」
「今までの血は全て無駄な血だ。奴らを肥え太らせるためのものだからな。だが、これから流される多くの血は、やつらに大いなる教訓を与えることとなる」
「教訓って……まさか、クーデターって……」
「ああ。種族間戦争は各種族の頭を大臣たちが殺し、国の防衛をそっち側に飛ばしたところで前の王を殺害してクーデターは完了した」
驚愕に次ぐ驚愕のせいでルリアは考えることすらやめてしまいかねなかった。
何が起きていて、何が起きていないのかさっぱりだ。
話が大きすぎる。いつの間に、自分は大きな嵐の中に入っていたのか気づけなかった。
クーデターは大臣たちが起こしたこと。そのせいで、人類最強が死んでしまった。
はっきりとした恨みが胸の中を蠢いた。
「王を警備する者はおらず、彼の警備筆頭であったメドラウトと言う男は、種族間戦争に狩りだされたと同時に、死んだ。どちらの種族の代表も殺し、クーデターを起こした張本人と言う情報が戦場に流されてな。その後、メドラウトはクーデター派と刺し違えて死んだ英雄として担ぎ上げられた。その方が聖竜騎士団の名をあげられるからな」
「……どうして、そんなことまで教えてくれるの?」
ようやく立ち上がった仮面卿はしかしポケットに手を突っ込んだままだった。
真面目なのか不真面目なのか、真面目に不真面目をしているのか分からない。
ただ、もう何も信じない、そんなある種の信念だけは感じ取れた。彼が何者なのかは分からないが、王国を恨んでいる事だけは分かる。
「知っていてほしいのさ。俺はこの戦いで生きるも死ぬも分かったものじゃないからな」
「どうして……どうしてそこまでして?」
「誰かのために死ぬ覚悟はあったさ。だがな、クソ野郎に巻き込まれて死ぬ覚悟は出来ないってことだ。それにしても、お前は変わっているな。喚きもしなければ恨みもしないとは。お前の仲間を大勢殺したんだぞ?」
「恨んでるよ。ちゃんとね。でも、恨むだけじゃ終わらない。メドラウトがそう教えてくれたように思える」
「なに?」
「だって、いくら大臣たちが情報を操作したからって、皆に親しまれてないと英雄って言われないよ。例え何をされても、彼の生き方は、正しい事を教えてくれてるんじゃないかな」
「正しいだと?」
「恨むだけじゃない道だよ」
「……では、教えてもらおうか。死竜騎士に」
死竜騎士は、ゆっくりと近寄っていた。その巨躯を隠すことなく、ただゆっくりと、悠然と、この場を支配するように。




