第二十八話 嫌われ者
「おい、おいおいおい。何でルインの奴がいねえんだよ」
「黙ってろ。マスターにも何かお考えがあってのことだ。それより砦は落ち、ルリアがさらわれた。さっさと報告を済ませ、捜索を開始する」
ヨルムンガンドが静かに王都に降り立つと同時に、アイラも地面を踏んだ。
荒ぶるカイルを抑える気はない。部下の手前、気丈に振舞っているが、アイラも十二分に動揺していた。
「キャプ……お前で良い。皆を休ませてくれ。この戦で多くを失った」
「ご命令のままに」
いつの間にか、キャプテンに頼り切っていた自分をしっかりと自覚しながら、それでもアイラは先に進むために大股で王都居城に向かう。
城が落ちたと知れたのはもう数時間以上も前になる。ルリアのパートナーであるクリンちゃんが状況をつたなくも説明してくれた。
もっとも、ドラゴンは喋ることはできないが、人が何を言っているかはニュアンスで分かっている。それを元に聖竜騎士の一人が解読した結果が先の報告となる。
いくらアイラでもすべて信じていたわけではなかったが、定時連絡のドラゴンが来ない以上、間違いなくクリンちゃんの言ったらしいことは事実だ。
はやる気持ちを抑えず、内政大臣の執務室に上がり込んだ。
「失礼いたします」
「ああ、ランスロット大隊長。此度の作戦は見事、といいたいところですが、随分痛手を負ったらしい。手に入ったのは南と、既に敵が撤退していた西の砦、もぬけの殻の東の砦。お粗末だ。味方に犠牲がでましたし」
「ではなぜ、すぐに砦へ部隊を送らなかったのですか」
「送りましたとも。時すでに遅かったようですが」
「わざと遅らせたとしか思えませんが?」
「確かな証拠でも? いい加減になさい。自分の立場というものをわきまえてから、物を話した方が良い。あなたは作戦を成功させた。多くの部下を失って」
白々とよく言う。
アイラは嫌悪に満ちた目で内政大臣を見やった。
どれもこれもが謀に見えて仕方がない。アイラの部隊は成り上がりだ。目の上のたん瘤になってもおかしくない。もしアイラたちを許せば、奴隷種族たちは自分たちにもチャンスがあると決起しかねない。そんなことまで考えていそうで嫌になる。
「砦はどうするのです。もう我々の部隊ではどうにもならない。そもそも、魔神三柱とは何です。なぜあんなものが……まさか、それすらも隠して?」
「言いがかりですよ。まったく、あなたは視野が狭い。確かに何者かが、我らが聖竜騎士団の砦を襲い、部隊は返り討ちに遭いながらもなんとか砦を奪い取った。しかし魔神の軍など復活していない」
「既成事実にしようと? 聖竜騎士団の威信を守るために。冗談ではない。あなたたちの政治遊びのせいで我々は多くの命を――」
「敗戦種に、敗戦種に生きている場を与えているのだから感謝してほしい物だな、ランスロット・アイラ・フォンブラッド大隊長。もしもあなたの残り少ない軍隊を生かしたいと言うのなら、今すぐに敵を打ち滅ぼしなさい」
「わかっているのか大臣! 敵が落とした砦はこの王都に肉薄する要! 戦略拠点を落とした時点で、狙いはここだ!」
「偉大なる聖竜騎士団は逃げない。が、数が足りないのも事実。あなた方が敗れた暁には命に変えて王都を守りましょう」
これ以上の話し合いは全く以って無駄だということは分かった。
例え聖竜騎士が命に代えても勝てる相手とも思えない。敵は亜人を操り、魔神三柱なんて存在だ。倒せる相手でないことは間違いない。
ならば最早、戦うこと自体があまりに愚かしいことではないだろうか。
そもそも、戦えるのは数名と自分だけ。ドラゴンは余っているが、その心境は推して知る物がある。今までのように慎重で冷静に戦ってくれるとも言えない。
「……いいでしょう。失礼します」
とにかく、考えの中でこれ以上大臣の顔を見るのは精神衛生上よくない。
今は一刻も早く戦力を整える段階だ。全く余計なことをしてくれたものだと、魔神三柱には溜息しかない。
国家の存亡と言うのに大臣は何を考えているのか、アイラには理解できなかった。
†
「閣僚招集とは、魔神軍総大将が死んで以来だな、内政大臣」
「今度は何に金をつぎ込めと?」
「近く、この王都が戦場になる」
大臣の言葉に、国を束ねる閣僚たちは一様にどよめきだった。
愚かさこそが、大臣が大臣たる理由であった。愚かさは大いなる悪の餌になる。
「しかし、聖竜騎士たちが対応しよう。間違っても、魔神軍復活などといううわさを流してはならない」
「なぜだ」
「魔神軍を倒したことで我々は絶大な権力を得た。丁度、クーデターを起こして今の王が玉座に座っているように」
「……よもや、あのクーデターが……」
「いいや、それはない。例えあれが我々の自演であったとしても。あの関係者は種族の当事者を消すことで最早我々のみ。自演クーデターが終わり、今の席に着いたのだ。これ以上無駄な魔神軍に足を引っ張られてもたまらない。軍備が整えば、弾き倒すさ」
「それ以前に敗れるのではないか? 魔神軍らしきものに」
「そもそも、敵が来るのなら、その時点で魔神軍を殲滅できていないことが知れてしまう」
「敗れない。これまでの戦いで、アレがまだこの国に未練を残していることがわかった。アレが敵を倒した暁には、全ての罪を押し付けてしまえばいい」
そう。死竜騎士は御伽噺から生きた伝説となった。
生きた伝説ならばそのまま生きてもらうとする。誰からも嫌われる、王都を襲撃した最悪の騎士として。
死竜騎士を倒すのが困難だとしても、誰も死竜騎士を認めない。
ならば、死竜騎士は人類最後のひとりになるまで戦い続け、孤独を味わうしかない。
たとえ負けてもタダで負けるはずがない。その上死竜騎士の性格はよく理解しているつもりだった。
承認欲求の塊。誰かから認められたたいが上に戦い、認められることが前提なせいでいくら裏切ろうとまた認められるために戦う。
まるで子供のように理解していない。
死竜騎士は忌み嫌われる存在。その行動を誰も見なければ、嫌われたままだ。




