二十七話 死竜騎士の選択
「生存者を残らず救出しろ。負傷兵は砦の中へ運べ。まだ戦う気概のあるやつは表に立って最大限警戒しろ。何がうろついているか分かったものじゃない」
既にその数を今回攻めた部隊の半分にまで減らしてしまった聖竜騎士に指示を飛ばすアイラ。ルインはゆっくりと彼女に近づいた。言いたくない事実を言うために。
「アイラ……」
「マスター。さすがはご無事のようで。今回も立派な戦果を挙げられたとか」
「……アイラ聞いてくれ」
「申し訳ありません。今は火急の懸案がございます。キャプテンと共に今後の作戦を――」
「キャプテンは死んだ。他の負傷兵は治療したけど……キャプテンは……」
言いにくい事実をアイラに告げる。できれば言いたくはなかった。
アイラがどれ程の信頼を置いていたかは一目瞭然だった。アイラは表情を崩すことなく、空を見上げる。
「……お前、こっちへ来い」
「はっ。なんでしょう、ランスロット大隊長」
「今からお前がキャプテンだ。動ける者を集め、数を報告してくれ。砦に誰を置くのか、次の砦に送る密偵を誰にするのか、早急にだ。私の言ったことをまず先にやれ」
「ご命令のままに」
身内が死んでも尚、彼女は毅然としてふるまっていた。この戦いで多くの同胞を失った。ただの仲間ではない。志を同じくし、奴隷身分から脱出するために戦う戦士たち。
ルインは初めて心を痛めた。自分が守ろうとしていれば助けられた命だ。カイルを助けた時のように。
ただ一瞬、鎧を脱いだルインは自分が弱くなっていると感じた。鎧がルインを強くした。
鎧が、ルインを死竜騎士にした。今のルインは死竜騎士ではない。
ゴブリンハンター。AAランク冒険者。聖竜騎士。
人につけられた称号が、ルインを弱くした。
いや、違うな。例え死竜騎士であっても、ルインはキャプテンを救えなかった。死竜騎士は死を遣う者。誰かの命を救えはしない。
何の役にも立たない死の力。分かっていたはずだ。それを、ほんの少しの幸せな時間に忘れさせられてしまった。
「マスター、少し砦を見てきます」
アイラが鎧の音を立てながら砦に向かう。凛とした姿を見送って、ルインは少し森に近い場所へ向かう。
カイルが休んでいる場所だ。いいや、休んでいるとは言い難い。警備をしている。
激戦があった。人では太刀打ちできないはずの亜人を倒した英雄は傷を負いながらもまだ戦っている。
「カイル、少し休め。戦いは終わった」
「はっ、上からもの言ってんじゃねえよ。すぐに手前を追い抜いてやる」
愚直で誠実なこの少年の熱い思いはルインにとって眩しすぎた。
超えられるはずはない。死竜騎士は最強の存在。死したドラゴンを操り、長い年月を経て完成させた強さを持つルインに敵などいない。
比肩するような存在もまた、いない。いない。ずっと孤独だった。
今は仲間がいる。自分を認めてくれる人たちがいる。幸せで楽しい日々がある。
しかし――
守りたい存在が出来ること
一緒に居て幸せな時間が出来ること
両者は確実にルインを弱くした。一人でいたら楽なことが、皆でいることで辛くなる。
今後戦いは激化していくだろう。多くの名声と称賛を浴びるだろう。
そこでルインはしかし、前のように笑えるだろうか。
「休んでおきなって。今は終わったんだ。また、あるかもしれない」
「そんときゃそんときだ。手前は手前の心配してろ馬鹿。ぐ……」
腕を抑えるカイル。心配そうに、レンが上空から降り立った。ルインはすぐに、さっき負傷兵に施してきたようにカイルを治療する。
「……俺は根っからの冒険者だ。国のために、民のために、そんな理由で戦えねぇ」
「どうしたんだい?」
「あいつらに比べりゃ、俺の頑張りなんざ、所詮利己的だ。だがな、強くなりたいって俺の思いが結果的に味方助けんなら、それで良いって思わないか?」
「……そうだね」
「黙れ!」
「なんで!?」
「るせえハゲ! なに迷ってっか知んねえけどな、手前も手前の戦いをしやがれ!」
胸ぐらを掴みあげると同時に離し、ルインは地べたに尻もちをついた。
自分の戦い。
嫌われるのが嫌で、もっとちやほやされたくて。そんな理由で戦っている。
悪いとは言い切らない。だけど、もっと自分の中に違う理由がある様な気がした。
ルインはゆっくりと立ち上がり、泥を払いながら砦の方へ向かった。
何のために戦うか。自分の中で今までなかった戦う理由が見え隠れして気持ち悪かった。
砦は静かだ。負傷兵の多くの外傷は回復したが、同時に気絶させたせいで眠りに就いている。傷は治っても心の傷には休息が必要だからだ。
邪魔をしないように隅の方へ行くと……一匹のドラゴンがいた。
間違えるはずがない。キャプテンのドラゴンだ。
パートナーを失い、はぐれてしまったのかと近づいていくと……人の声がした。
ゆっくりと、壁の傍から頷くと……アイラがいた。ドラゴンを撫で、泣いていた。
「不甲斐ない。種族を助けると言っておきながら、近しい仲間すら助けられんとは」
ようやく、気付いた。騎士たちの前で気丈に振舞っていただけだったと。
ランスロット大隊長はまさしく、鎧を着たルイン。死竜騎士の姿そのものだった。
彼女は肩書を着て、自分を隠していた。どんな時でも冷静で、どんな時でも頼りになる指導者。
それはただ、彼女を構成するいくつかの一つにしか過ぎない。
本来は、信頼する仲間の死に悲しみ、肩を揺らして嗚咽をかみ殺す、か弱い少女。
久しく、人というものから離れ、たった一人で戦ってきたルインの中で何かが変わった。
火花が散ったように、パチパチと自分の中で大きくなっていく気持ちがあった。
全てが、違う。そう、頭から間違っていたのだ。
「僕はもう、僕でいることを諦めなきゃいけないかもしれない。でもそれが、僕が僕でいる理由になるなら、それで……」
ルインはアイラに背を向けた。
死竜騎士。呪われた存在が生まれた理由を知りたかった。誰かに好かれたいと願った。
でも、もうこの手に掴めるものが力しかないのなら、それでも良い。
長い時を経て、死竜騎士は変革の岐路を迎えていた。
「ランスロット大隊長! 東の砦が落ち、二名死亡! ルリア・ルロットが、何者かにさらわれたとの報告が入りました!」
なんてことはない。いつもと変わらぬ選択をすればいいだけだ。




