二十五話 手前勝手な強さ
「陣形が砕けた! カイル、前進しろ!」
「言われなくてもやってるよ!」
カイルは喜々に満ちた表情で戦場を相棒と共に駆け回っていた。
やけに統率の取れていたゴブリンの動きが変わり、スパイドス、亜人が姿を現した。また激戦の様相を展開すると思われた。
しかし、最初の攻撃以降、魔神三柱と思われる攻撃はない。どうやら杞憂に終わりそうだった。
気はいつだって抜けない。今回ここにいる亜人は《白狼種》だ。
全身を銀色の体毛で包み込んでいる。頭部は犬と狼が混ざったようなもので、目が飛び出て血走っている。強靭な足腰に鋭い爪。素早く強力な一撃が得意な相手。
厄介なことこの上ないのはその体毛だ。防刃性能を有していて、迂闊に攻撃しても弾かれて殺される。
カイルはすぐ前に迫っていた白狼種に対し、相棒レンを呼ぶ。
既に意識はリンクしている。何を言うまでもなく、レンは火球を白狼種の足元にいくつも放った。
敏捷性に優れた白狼種は部下のゴブリンが幾人も焼かれる間に跳躍。
跳んだタイミングを逃さず、カイルは猛追――
剣の切っ先で足を抉る。が、空中であるにもかかわらず白狼種は体を回して一撃を避ける。
それどころか、反動を利用してサマーソルト。
ダイレクトな一撃を背中に浴び、カイルは地面に撃墜される。
苦い地面の味を呑気に舐めている暇はない。すぐに反撃が来る。
ごろっと勢い良く転がると、カイルがさっきまでいた場所に白狼種のひざが落ちた。喰らっていれば骨を持っていかれるどころでは済まされない。
ぞっとしない攻撃に舌打ちをし、レンを呼ぶ。すれ違いざまに足に捕まり、勢いをつけてもう一度特攻。
白狼種の腹を狙った拳が迫るも、何とかかわして腹に一撃。
頑強な筋肉と体毛のせいで全く刃は通らなかった。だとすれば、魔法だ。
レンは名のあるドラゴンではないため、能力はない。カイル自身も特筆した能力を持っていなかった。
ただ、彼の満ち満ちた好戦的才能が開花し炎魔法は上位の者へと進化を遂げていた。
「くらえや!」
亜人の腹元で爆発が起きる。驚異的な破壊力にたまらず亜人が吹き飛ばされた。
ここで亜人を突破しなければ、部隊は総崩れになる。砦の奪還はあり得ない。ここで、カイルが勝たなければならない。
亜人は一人で倒せるほどやわではない。だが、命をはってでも、ここを突破する。
冒険者はずっと自由だった。だが強さが全てだった。ようやく自分も一人前になれたと思えばルリアが来た。
女は全員聖竜騎士団に入るとばかり思っていた。冒険者という男社会で生きていけるのかすら疑っていた。
ところが彼女はみるみる腕を上げ、リーダーに次ぐ実力者に成長した。悔しい思いに歯噛みをしたことを覚えている。ルリアを目標に生きてきた。
すると、またぽっと出の少年が自分に追いついてきた。ルイン。
そして今度はルインと切磋琢磨するのか思っていたら違った。
既にルインはカイルがいるような場所に居なかった。記憶そのものは確かではないがプライドは覚えている。カイルはルインに助けられた。非情に、苦痛を伴うことだ。
二度も。短い人生で二度も挫折を味わった。その上、助けられてしまった。
カイルがいつも先頭を走る理由はただひとつ。自分が先に敵を撃滅してしまえばそれで助けになる。味方の被害も減る。
そんな頑張りの上を通り超えて、ルインは別の場所に立っている。
許し難い。越えるべき相手が同じ土俵にすらいない事実が。
だから……
「手前はぜってえ俺が殺す!」
亜人は爆発をかき分けるように煙の向こうから姿を現した。
全く効いていないわけではない。しかし向こうは生まれながらの狩人。この程度のことで負けるなんてことは端から想定してなどいない。
そんな亜人の頭上にレンが降る。何度も攻撃の隙を伺っていた。
レンに気を取られている内にカイルは懐に飛び込む。亜人はレンを相手取りながらカイルの刃を弾いた。
そこも想定済み――
前に突き出された亜人の腕を掴み、超近距離での爆発魔法。
あまりに近すぎるための爆風がカイルを包んだ。全て覚悟の上の攻撃。
が、先に煙を突き破ったのは亜人だ。
ダメージは目に見えるほどのものを負っていない。あれだけの近距離で喰らっておきながら全く大したものだ。カイルは口の端に笑みを浮かべ、内心で笑顔を噛み砕いた。
強い。気合いで倒せる相手じゃない。カイルの冒険者としてのランクでは命を張ったところで精々足止めが関の山。
本来なら、冒険者ユニットでまとめて相手取る相手。
周りを見ると、全員戦っている。カイルを助ける余裕はない。既に犠牲者も出ている。
主を、パートナーを失ったドラゴンも戦っている。まさに決戦の様相だ。
「うざってえなあ、ええ? 亜人が!」
剣を振るう。
弾かれる。
思ったようにいかない剣戟が何度も続いた。逸る心に体がついてこない。技術が伴わない。
おおよそ、攻撃らしい攻撃も、防御らしい防御もできていない。死んでいないのが奇跡。
そして奇跡は二度起きる。亜人も、決して優勢とは言えない。馬鹿げた身体能力が何とか亜人を救っているが、もう間もなく、疲労は蓄積されていく。
はたしてその頃カイルが生きているかはまた別問題だ。
ボロボロになろうと、腕がもげようと、知った事じゃなかった。
自分が出来るのは、精々この亜人を釘付けにすること。そうすれば、きっと隣にいける。
今までどれだけ先へ行こうと背中だけしか見えなかった相手の隣に。
「カイル!」
「来るんじゃねえ! こいつぁ、俺の獲物だ。ルイン、手前はそこで見てろや!」
ルインが到着した。顔色は良くないが怪我があるようには思えない。
また、ゴブリンハンターの名に恥じない無双っぷりを見せてきたのだろう。
気に入らない。とても気に入らない。
カイルの内側に秘められた何かが爆発した。
「馬鹿だってんならそれで構わねえ!」
足元を爆発させ、瞬間的に高速化。尋常ではない速度で亜人の懐に飛び込んだ。
「笑いたけりゃ笑えばいい!」
亜人の胸元に飛び込む。背中を強く、それも何度も叩きつけられるが、退かない。
代わりに顎に肘を打ち付け、のけぞったところで膝を更に顎へぶつける。
「でもな、でも俺は!」
倒れた亜人の口の中に、あろうことか手を突っ込む。
「手前に勝ちてえんだよ!」
亜人の体の中で幾度も爆発が起き、亜人は何度も痙攣する。高い魔力耐性があだになり、衝撃がどこにも逃げられない。
間もなく、亜人は最後の悲鳴とも思える爆発を起こし、四散した。
血肉を浴びたカイルは頬を手の甲で拭い、言い放つ。
「これが俺だ!」




