第二十四話 死竜騎士とルイン
戦闘は始まったばかりだった。先の戦いを言っているわけではない。何かの前触れを話しているわけではない。
たっぷりと休養を取り、英気を養ったドラゴンと騎士たちは栄光を胸に大空を舞った。
目的地は近かった。さほど遠くないと言うこともあった。だが全てが、今までの戦闘と大きく違った。
対空砲火は確かにあった。しかし、これまでとは比べ物にならない攻撃だった。
「雷撃来ます!」
誰かが叫んだ。途端に雷がドラゴンに落ち、騎士が悲鳴を上げながら落下する。
雷系の魔法。発生条件が意外に難しく、使う人間が少ない。しかしいざ使われると厄介だ。
「陣を敷き詰めろ! 敵砦手前で降りるぞ」
「聞いたな、全員頭に入れた作戦通り動け、言い訳は聞かん!」
すぐさま地面に降りて戦闘開始。斥候と思われるゴブリンが待ち構えていた。
弓と弩を構えた状態で臨戦態勢は間違いなかった。
しかし、歴戦の猛者たちがそんなものに対応を遅らせるはずもない。
すぐさま水魔法を正面で厚く展開し、弓と弩の威力を完全に消した。その上でさらに背後から炎魔法が火球を放つ。
少ない魔法竜騎士たちのこれ以上ない連携だ。その間隙を縫い、他の聖竜騎士たちが一気に進撃を開始する。
雷魔法。間違いないとは言い難いが、魔神三柱がいるだろう。斥候のゴブリン部隊の動きが異様に良い。
「キャプテン、作戦通り、僕たちは右翼を?」
「無論です。しかしここは一番兵力が少ない。全力を以って臨みます」
「いかほどに?」
「私たちだけです」
とんでもない言葉を聞いてルインはまさしく開いた口がふさがらなかった。
たったの二人で現状を打開する。ハードな作戦になることは間違いない。
「俺の道を開けろ!」
カイル。他の聖竜騎士よりも三歩以上先を突き進んでいる。あれでよく敵の集中砲火に晒されないものだと不思議で仕方がない。
騎士が地面を踏み上げ、ドラゴンが森を潜り抜ける。
矢と魔法が飛び交う戦場で、騎士たちは一心不乱に砦を目指した。
「マスタールイン、前方にゴブリン多数」
「魔法は任せて下さい」
強すぎず、弱すぎない炎魔法でゴブリンを蹴散らす。ルインが開けた穴に体をねじ込むように剣を抜いて突撃。
振るった斬撃全てが致命傷。瞬く間にゴブリンの群れが数を減らしていく。
さすがはキャプテンだ。こんなどうしようもない作戦を成功させるキーマンだ。
「雑魚ばかりだと思えば少しは骨のある奴がいるみたいね」
「今度は何者だとは敢えて聞かん。魔神三柱だな」
キャプテンの問いに、それは姿を現した。
紫色の細い体躯。顔は人のそれっぽいが、爪のような意匠か飾りが顔を彩っている。
化け物。化け物が二本足で立っている。間違いなく魔神三柱の一人だろう。
そして、彼女の背後に聳えるように立っていたのは、グリディアンと同等の体躯を持った何かだ。
両腕を垂れ下げ、やや前屈姿勢。灰色の筋肉質の体。背中には棘のような物が生えている。
頭部は鉄仮面を張り付け、穴を四つ開けたような奇妙な形状をしていた。
何者かは言うまでもない。問題は、なぜここに二人もそろっているのかと言うことだ。
「魔神三柱が二人」
「よくご存じじゃないのぼうや。グリディアンがおめおめ逃げ帰ってきたから急きょこっちにいそいだっていうことさね」
「…………」
紫色の女形とは違い、傍にいる邪悪な物体は会話を好まないようだった。
別になんだってかまわなかった。ルインにとって魔神三柱は最早無用の長物だった。
ここは、なんとかキャプテンの目を盗んで即刻片を着けることが好ましいだろう。
「貴様らに……貴様らにやられた部下の分を、ここで晴らさせてもらう」
ドラゴンを伴い、キャプテンが剣を抜いた。
まずい、ルインがそう思った時には既に遅かった。
「トラニス」
紫女が呟いた途端、傍にいた巨躯が消え、次の瞬間には……キャプテンの胴体に深々とその腕を突き刺していた。
戦慄を覚えるような光景。力そのものに対する恐怖ではない。今の今まではなしていた人物が、唐突に、命を奪われたことに対する恐怖。
当たり前の感情が、久々に人間性を取り戻していたルインの心を襲った。
血がどくどくと、キャプテンから流れる。いつの間にかルインは視線を逸らしていた。
「お前、名前は?」
「魔神三柱ネロハイム。こいつはトラニス」
「そうか。記憶してやる。お前を殺して記憶のかなたに送ってやることをありがたく思え」
「はっ、言うじゃないか。このトラニスは亜人の上位種。たかが人間に――」
「人間? 貴様の目は節穴のようだな。そんなものは捨ててしまえ」
いつの間にか鎧を纏っていた彼はもう死竜騎士。
その格別な剣はいとも簡単にトラニスを絶命に追いやった。
恐怖は伝染する。ついさっきまで優勢過ぎる程に優勢だったネロハイムは目を見開いた。
目の前の存在を信じられないとばかりに。
代わりに、ルインはトラの首から剣を抜き、もう一度ダメ押しかの様に両断した。
「ふん。片腹痛いな。この程度の攻撃で私を倒せると思っていたのならば」
「なんだ、誰だ、貴様は……まさか、お前が、グリディアン倒した死竜騎士……人間に紛れて……」
ネロハイムがそれ以上言葉を紡ぐことはなかった。
死竜騎士の圧倒的魔力から成る念力が、彼女の首を締め上げたからだ。
彼女たちは唯一のあやまちを犯した。
ここはキャプテン以外いない。キャプテンを殺してしまえば、ルインがルインでいる必要がないということ。
その上、キャプテンを殺してしまったこと。ルインの人間性に問いかけるような行為が、彼を修羅へと変貌させてしまった。
「あ、が……」
「人はいとも簡単に死ぬ。死がいつも傍らにいることを常に忘れてはいるが、それでも事実は変わらない。私は死と変わらぬ存在だ。だからこそ、嫌われる。貴様はどうだ? 貴様は一体、なんなんだ? 破壊者を気取るなら、もう少し強くなってからすることだ」
嫌な音が森に響き渡った。




