第二十話 魔神三柱口程無し
「今のは何だ?」
魔神三柱がひとり、グリディアンは、突如かき消された自分の魔法の跡地で呟いた。
立つ鳥跡を濁さずとはまさにこのこと。まったく何も残ってはいない。
微かに覚えているのは、青い髪の少年が間に割り込み、風が消えた。
いいや違う……。
グリディアンが構築した難解な術式を上書きして別物に書き換えた上で、風を利用して消え失せた。とんでもない退避方法。その上……そんなことが出来る人間がいるとは思えない。
合成獣人のグリディアンは魔神がこの世の覇権をドラゴンと争っていた時代から生きている。いいや、生きていて、つい最近息を吹き返した。
闇の魔法は端的に言えば魔神の持つ原初の魔法。
それの上書きが出来ると言うことは、尋常ではない高さの魔力量。そして、闇の魔法に精通していなければ不可能だ。
グリディアンが知っている限り、人間の姿を保ったまま闇の魔法を使えるものはただ一人。現在の主だ。
「仮面卿。あのお方が魔神を復活なさるまで」
「そうか。貴様が、魔神を復活させようと。ならば知っているか? 私の始まりを」
グリディアンはゆっくりと声のする方を振り向いた。
そこには、自分の背丈ほどある大きな、そして屈強な……鎧がいた。
まるで黒騎士。だが、これを聖竜騎士というには邪悪すぎている。
何度も聖竜騎士と刃を交え、そして殺して来た。自身も元は……。
「私も異端な聖竜騎士であったが、お前は……何者だ? 待て……そのプレッシャー、馬鹿な、そんなはずはない。貴様らは滅んだはずだ!」
グリディアンは目に見えて狼狽えた。目の前にいる存在が信じられなかった。
かつて、魔神がドラゴンと、魔竜とドラゴンが覇権を争っていた時におとぎばなしや伝説に変えたはず。
そう、生きているはずがない。存在しているはずがない。
まさしく、魔竜とドラゴンが最後にとっておいた禁忌の呪文。結局ただの一度も使っていないにもかかわらず、なぜか存在してしまったもの。
「死竜騎士か」
「嬉しい、ものだな。私の存在を知っている者に会えるのは。だが、貴様も私を忌み嫌うか」
「当然だ。貴様たちは、存在してはいけない!」
暴風が吹き荒れる。別に風の中心であるからグリディアンが飛ばされないわけではない。
暴風の攻撃対象にグリディアンを含めていないだけだ。
無論、だけ、と言うほど簡単ではない。だからこそ……。
「面白い技を使う。そうか、術式を上書きするより一手加える方が余程楽か」
「馬鹿な……暴風の刃の中を……書き換えたというのか、死竜騎士!」
四つ手に剣を持たせ、四刀流。
まずなんにせよ、死竜騎士の力は過去絶大だった。この死竜騎士が過去の生き残りか、過去が生み出した新たな生き残りか。
後者ならば、その圧倒的人生の中で何を学んでいるかわかったものではない。
一気に剣を振り下ろすが、四本とも禍々しい剣に防がれた。人一回分の一生で作れる代物ではない。
存在もそうだが、使っている装備がそもそも次元が違う。
その上、あの鎧、呪いがかけられていると、グリディアンは読んだ。
読んだと同時に、剣二本を一息にへし折り、切り返す過程で完全に弾いた。
グリディアンが力で負けた。その事実に驚愕すると同時に、次なる一撃が迫る。
閃く太刀筋。下段から来る切り上げは地面を抉り、破片を伴って強襲。
とても受けられたものではない。
風の壁で弾く。
構え直した死竜騎士の追撃が壁を破って襲い、グリディアンの屈強な肉体を貫いた。
何とか致命傷だけは避けたものの、魔法が全く効かない。
魔神三柱であるグリディアンは魔神に従い、また魔神の魔竜に従う者。自らドラゴンを使役できない。
その点で言えば聖竜騎士に劣るやもしれない。しかし……。
「負けるつもりはない! がうあ――」
首に何かが絡まりついた。
違う。何もまとわりついていない。そう見えただけ……念力だ。
念力がグリディアンを締め上げ、地面から足を離させる。
ゆっくりと、首を絞めた形で腕を上げていたし竜騎士が近づいた。
「教えてくれ。私はなぜ存在している?」
「あが……それは、お前の方が詳しいはず……」
「分からないから、聞いている」
「つ……お前は禁忌の魔術が生み出した存在だ。死竜……魔竜ともドラゴンとも違う存在。最強の決戦兵器。だが、その巨大すぎる力を恐れ、誰も使っていなかった」
「なるほど。貴様も知らないのか。私が生まれた理由を」
「だから言っている! 終わらぬ戦いを終わらせるための兵器だと!」
「七人。私が知る限り、七人はいたらしい。一人でいいはずが、なぜそんなに」
「知ったことではない! 七人? そんな話寝耳に水だぞ」
「長い間封印されていたと聞いている。無理もない。貴様に用はない」
乱暴に近くの木に打ち付け、死竜騎士はあろうことか背を向けた。
あまりに、あまりに屈辱的な態度を取られ、グリディアンは我慢ならなかった。
魔神三柱は誇り高き魔神の配下。魔竜の元で戦う存在。それがいとも簡単に倒され、おめおめ逃げ帰れるわけがない。
風を纏う。剣もまだある。まだ、終わってはいない。
せめて一太刀でも加えられれば、それで良い。
死竜騎士が蘇っていた。いいや、生き残っていた事さえ伝えられればそれで良い。
「背中を向けるなど!」
しかし……グリディアンは暴風を受け、腕を四本斬り飛ばされた。
馬鹿な、そう言わずにはいられなかった。
あろうことか、後ろを向いた死竜騎士は、グリディアンより強力な風の魔法を使った。
そのせいで、グリディアンは反撃を許されぬまま、ものの見事に吹き飛ばされた。
無理だ。不可能だ。そんな言葉が過り、グリディアンは撤退を余儀なくされた。
王都襲撃の布石が、このようなところで防がれてしまった。
無念でならなかった。撤退するしかない。
「口程にも、ない」
死竜騎士の言葉が、背後で大きく響いた。




