第二話 そして冒険者になりました
ギルド。王都に存在する、内政にかかわらない行政システムの一つであるとする説が有効な組織は実のところ戦闘系、生産系に分かれる冒険者たちの世話焼き施設となっている。
王都中心街を左に曲がったところに、横に長い構えの良い建物があり、それがギルドだ。
ルインは赤色の平たい屋根を見上げ、期待高々にギルドの門を開けた。
中には色々な格好をした人たちが詰めている。そして、人と同じ大きさや、肩に乗る大きさのドラゴンが居た。
よほど高位のドラゴン以外種類はなく、大きさで種別分類されている。故に契約者が名付け親で、それこそ親子兄妹のように接するのだ。
ドラゴンを横目に、いくつか並んだカウンターの一つにスッと入った。
「あの、冒険者になるにはどうしたらいいんですか?」
「はい、冒険者登録ですね。ではこちらに出身地とお名前、契約を結ばれたドラゴンのクラスをお書きになってください。文字を未収得でいらっしゃればこちらで代筆いたします」
「あ、いいえ、書けます」
ルインは事務的ながらも笑顔を絶やさない受付のお姉さんに好意を持ちつつ、達筆な字で記入を進めていく。しかし、出身地がどこか忘れてしまう程の時間を呪いのせいで生きてきた。不死ではないが不老もこうなると厄介だ。適当に書いておこう。
「書けました」
「……はい、大丈夫です。ルイン様はドラゴンとまだ契約を成されていないとのことですが、もしよろしければ理由をお聞かせ願えますでしょうか」
理由も何も呪いのせいで契約できないとは言えない。
契約できないから死竜騎士ではなく、死竜騎士だから契約できない。死したドラゴンのみ契約が結べる。それが死竜騎士と竜騎士の違い。
「中々良い子が見つからなくて」
「左様でしたか。でしたらルイン様は、冒険者最低ランクであるFランクスタートとなり、昇格承認を得る形で最高ランクSSSを目指していただきますが、よろしいでしょうか?」
「低いと何か不都合が?」
「大きなところとしては、安全への配慮から高難易度のクエストを受注出来ません。冒険者の方々は一攫千金や強さの追及を目標にしているため、低ランクのままではそれも難しいかと。また、一人では倒せないモンスター、魔獣を倒すためにユニットと呼ばれる組織を組むのですが、そこに加入させてもらえるかどうかも怪しくなります」
とても親身になってくれているようで、眉を顰めて困った表情で分かりやすく説明してくれた。それだけでもメンタルボロボロのルインは嬉しかった。
「冒険者に女性は少なく、ルイン様も馴染めるかどうか……」
「……あ、僕、一応男です」
「はっ……大変失礼いたしました」
「構いません。昇格って、どの段階でしてもらえるんですか?」
「他の冒険者の推薦を受けるか、我々の中の監察官に申請して試験を受けていただければ」
「わかりました。ありがとうございます」
「いえいえとんでもございません。それではこれが冒険者章になります。ルイン様に明るい冒険者生活が広がりますように」
ぺこりと頭を下げ、ルインは適当な場所で、小さなバッジをにやにやしながら見た。円から羽が伸びるような飾りの小さなバッジの中心にはFと刻まれている。
本来ならすべきではないのだろうが、さも誇らしげにピカピカのバッジを胸につけた。
ふと目に着いた掲示板に目をやった。色々な依頼がある。
ギルドは国や町、村からの依頼を編纂し、こうして冒険者に張り出している。
聖竜騎士団や国は魔神軍や強国との争いに手いっぱいだ。だから、こうした細々したものや、場合によっては聖竜騎士団では手に負えない魔獣を冒険者が請け負う。
そこに偏見はない。あるのはただ、強さと言う絶対的なものだけだった。
「ええと……毒草摘みにキノコ狩り、うわ、【エルノシア山】の頂上で秘薬草を取れってこれ無理でしょ……」
「あれ、君君、君だよね?」
やけに君君言ってくるなと、ゆっくり声のした方に視線をやった。
輝くブロンドの髪はポニーテールに。くりくりした可愛らしい藍色の瞳はしかし整いすぎた顔立ちと相まって幼くも大人びている。胸元が開いた襟付きのシャツに、胸を隠すアーマープレート。革と金属が合いまった銀色の籠手にホットパンツと、目に毒な格好をした少女。見覚えがある。主にキレイなポニーテールに。
「あ、さっきの」
「そーそー、さっきの私だよ。来る気になったの? うーれしいな」
「あ、いえ、そうじゃなくて、冒険者になったばかりでどのクエストに参加しようかと」
「あ、じゃあピッカピカのFちゃんだ。私、ルリア・ルロット。ルリアって呼んで。年も近そうだし気楽にいこーよ」
「僕はルイン。初心者です。あと男です。年は17、かな」
「あはは、面白い自己紹介。やっぱ同じ歳~。ルインね。覚えた。じゃあルイルイ、何か適当なの取ってみなよ。冒険者は好奇心を歓迎するよ」
明るく快活な笑みを浮かべるルリア。大人びた顔立ちに幼い所作は得も言われぬ魅力があった。
ルインは冒険者という言葉に胸を膨らませながら、とりあえずキノコ狩りを選択する。
「おっけー。町の外行こうか。ルイルイのドラゴンのクラスはワイバーン?」
ワイバーン――人を乗せて飛翔可能な大きさ。凡そ人間よりも大きい個体をそう呼ぶ。
「いいえ」
「じゃあナーガかな」
ナーガは小さく、型に乗れる物から、乗れないにしろ小さな個体をそう呼ぶ。
「いいえ。僕はドラゴンと契約してなくて」
「あそっか。そういうこともあるよ。んじゃ、私のクリンちゃんに乗せてもらいな。気に入ってくれると思うから」
クリンちゃんが何者か尋ねる前に、唐突に夜が訪れた。
いや、正確には、日の光が塞がれたのだ。ルインは空を仰ぎ見た。
太陽の光を遮り、四枚の羽根を交互に振るう、建物サイズの巨大なドラゴン。青色で角は二本巨大なものが頭頂部から反るように生え、爬虫類の瞳がぎょろりとルインを見据えた瞬間、静かに、大胆に地面に降り立った。
風圧でそこいらの人々は吹き飛ばされ、何やら文句を言っている。
ファフニール――一定を超え、巨大な個体をそう呼ぶ。
しかしファフニールにしては見覚えがない個体のように思えた。
「ねえ、名前で呼んでいたけど、個体名があるの?」
クリンちゃんを撫で回すルリアは頬を軽く舐められながら笑顔で答えた。
「クリムゾンドラゴン」
死竜を使う死竜騎士であるルインは無論聞いたことがあった。一晩で大陸を焦土に変える絶望的な火力を誇る死火竜、クリムゾンドラゴン。
そんなものと契約を結ぶルリアは只者ではない。
巨大なドラゴンならそこそこ居る。
しかし個体名を持つドラゴンは大きさ問わず個体名で表され、その力も絶大を誇るために契約しようと近づいた瞬間殺されても文句ひとつ言えない。死人に口なしだ。
「君は、何者なんだ――」
ふと、ルリアの胸に光るバッチが見えた。薄汚れながらも、何度も磨いてあるのか汚れすら味があると評価するに値するバッチに刻まれていたのは――
《SS》
最強一歩手前の冒険者だった。
「さあ、行こうよ、ルイルイ。君がまだ見ない世界の綺麗なとこ、いっぱい見ようよ」
手を差し出すルリア。
迷うことなんてなにひとつなかった。どうせこのまま何をしても嫌われるだけなら――
ルインは手を取った。
新たなる人生を、二週目を送るために、今度こそ、ちやほやされるために。
クリンちゃんはルインを拒まず、むしろ恭しく背に乗せた。
「あはは、クリンちゃん借りてきた猫みたい。んじゃあ行っちゃおうか、名もない森へ!」
ルリアはクリンちゃんの背に、ルインは彼女の腰に手を回し、次の瞬間、青い空の中を泳いでいた。