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第十九話 魔神三柱グリディアン

「なんだ、なにが……起きた」


 アイラはゆっくり立ち上がった。

 先刻、とんでもない規模の風が襲い掛かった。まるで刃のように強力な風だ。

 木々諸共、モンスターも、聖竜騎士団の大方も、一挙に吹き飛ばされた。訪れた静寂は暴力の消えた世界だ。

 それが何よりも恐怖を生み出している。


「キャプテン!」

「大隊長。ここに。味方の大部分がやられました。陣形もズタボロ。敵モンスターの動きも止まっていますが、動き出すのも時間の問題かと」

「部隊を再編しろ。なるだけ敵の見えない所に。私は敵の……もう来たか」


 アイラが背後を振り向くと、小さな竜巻が降り立った。小さいと言っても視覚的に小さいだけで、とんでもない魔力が渦を巻いている。

 これは間違いなく、魔法によって起こされている。


「おや、生き残りが、いたようだ」


 竜巻が四散したと同時に、中から何かが姿を現した。

 青灰色の体毛に覆われた体を黒銀の鎧に包み込んだ、狼。獣人だ。

 しかしなぜか手が四本生えている。獣人と言うより、合成獣キメラ。種族間戦争と同時に発生したクーデターでその存在は白日の下に晒された。

 人とドラゴンが一つとなり、より強力な固体を造ることで一気に魔神軍を殲滅する。元はそんな代物だったが、結果は最悪だ。

 ドラゴンに意識を飲み込まれるか、破壊衝動だけ大きくなり、野獣と化した。

 どちらにせよ、合成獣は失敗に終わった。それが今、明らかな知性と共にやって来た。

 更に恐ろしきは、もしもこの四つ手狼がドラゴン並みの魔力量と術式演算処理能力を持っている上に人間の戦闘センスを持っていれば終わると言うことだ。


「何者だ」

「ふん、魔神三柱グリディアンだ。貴様ら程度の軍勢、亜人部隊で十分かと思ったが、中々にやるようだ」

「魔神三柱だ? 聞いたことがない。魔神軍は滅んだぞ」

「ああ。お陰様で、軍勢は全滅。大将が死んだせいで軍隊は壊滅した。名実ともに魔神軍は消されたよ。何者かにな。まあ良い。軍はよく働いてくれた」

「まるで、あれが貴様たちの指示に従っていたかのような言いぶりだな」

「その通りだ」


 努めて、努めて冷静に、アイラは戦慄と動揺を隠した。

 魔神軍は間違いなく人類を滅ぼす手前まで来ていた。既に聖竜騎士団は疲弊し、王都以外の辺境では飢餓が広がっている。遠征で嫌と言う程見てきた。

 その上人類同士での戦争も控えている。

 魔神軍が小間使いと言うのなら、なぜ今まで隠れていたのか。戦力を分断せず、魔神三柱とやらが一挙に来れば王都は陥落したはず。

 しかし、ここで疑問を抱えても仕方がない。今は砦を取り返す。

 でなければ、事実上アイラの部下は死んだも同然となってしまう。


「どうでも良いが叩き潰させてもらう」

「なるほど。まあ良い。では、かかってこい――」


 槍が、なんとも傲慢な態度でなめ腐っているグリディアンに襲い掛かった。

 先手必勝だ。

 しかし……

 グリディアンは腕を組んだまま、槍をぴたりと止めた。見たことがある力。

 ルインが使っていた強力な念力だ。

 最近はどいつもこいつも念力を使って。そんな不満が口の端から漏れ出しそうだったが、今は集中して隙を狙う。

 そんなアイラの意を組めずして、部下たちが木の陰から現れた。

 三人。敵は小勢と踏んで一気に叩こうとしたのだろう。悪く無い判断だが、こと今に関していえば最悪の判断だ。


「待て、止めろ!」

「いや、遅い」


 グリディアンが唇を上げて大きく笑んだ。

 瞬間……部下の体が細切れになる。とてつもなく圧縮させた風の刃。

 魔力量もそうだが、応用センスが高い。そんな力のせいで、部下が三人も……。


「はあ!」


 部下が開いた間隙を縫い、アイラが攻める。

 時を同じくして、ヨルムンガンドが空から降り立ち、炎を吐いた。

 リンク――

 ヨルムンガンドの魔力と炎をそのまま足がかりに攻撃。炎の爆発力を利用して推進力を爆発的に向上。

 高速の一撃を叩きこむ。攻撃は届いたが、グリディアンも剣を出して応じた。

 膂力では勝てないかもしれない。普段ならば。しかし今のアイラは身体強化をかけている。

 膂力同士のぶつかり合いでは負けはしない。


「やれやれ」


 グリディアン、目に見える程高圧力の風を体の周りに展開させ、アイラを吹き飛ばす。

 が、アイラも負けていられるわけがない。ヨルムンガンドの能力で魔法を消し去る。


「面白い力……ヨルムンガンドの血筋のドラゴンか。戦闘は経験済みさ」


 風の嵐が巻き起こる。消しても消してもその次から新しい風がやって来る。

 有り得ない。術式そのものを破壊しているのだ。もしもこんなことが出来るとすれば、術式を最小単位で書き続けているということ。

 馬鹿げた演算処理能力だ。間違いない。

 グリディアンは成功した合成獣。ドラゴンと人、その上何かを掛け合わせている。二種族でも失敗しかないレベルの出来栄えだったというのに。


「貴様……どうやってそんなことを……」

「ふん。闇の騎士団を知っているか?」

「クーデター派の……闇の魔法を使ったというのか! 馬鹿な、あれは魔竜の消失とともに消えたはず」

「その通り。だが、そもそもなぜ魔竜が消えた? なぜ、闇の魔法が消えた? 全ては欲望に負けた愚か者の仕業、よ。おしゃべりが過ぎた、仮面卿にしかられてしまう。さらばだ」


 四つ手全てに小さな嵐を展開させたグリディアン。その全てを一息で爆ぜさせる。

 刃の嵐が巻き起こる。アイラもすぐさまかき消すシールドを展開。ヨルムンガンドとリンクした今、早々の魔力ではこれを突破できない。

 しかし、徐々に、徐々に……シールドがかき消されていく、魔力が上塗りしていく。

 純粋に、圧倒される。言い訳できない程に、力の差で負けている。

 服が破れ、肌が裂ける。逃げ場はまるでない。


「ヨルムンガンド……」


 ヨルムンガンドが、何も言わず降り立ち、その巨躯でアイラを守った。

 自身が傷つくことを厭わずに。部下も守れず、ドラゴンも守れず、これで何が救える。何を成し遂げられる。

 絶望に悲嘆したその時……


「ようやく間に合った」

「貴様は……」

「僕があれを消しますんで、その隙に逃げてください。良いですか? 良いですね!」


 会話を優先しているのか、何かに気を配っているのか、ルインは攻撃を喰らい、顔をしかめながら叫んだ。

 あれだけ痛めつけ、あれだけ罵ったというのに、なぜ。

 なぜ、この少年は自分を助けるのか。薄れかけていた意識の中で、アイラは思う。

 なぜ、傷ついてまで。種族の違う、自分を。

 同じ匂いがする。種族の違いで差別を……。


「さっさと返事しろ! あんたの仲間が待ってんだろ!」

「わかった」

「はい、いっせーのーで!」


 味わったことのない加速感が体を襲い、意識が消えた。

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