第十七話 黒幕の影
ふと、柔らかさを感じて、ルインは寝返りを打った。
心地良さはまさに心を温め、母なる大地に身を横たえるような安らかな気分だった。
「敵視認! ゴブリンとスパイドスの群れです!」
「亜人確認! 魚鱗種! 敵の攻撃来ます!」
「回避行動を取れ。森を迂回しつつ降下ポイントを探る。安全な場所は探さなくていい。敵を見つけ次第狩れ」
「ルイルイおきて! ここ敵地の上!」
「へ?」
寝起きを揺すられ、ルインはようやく頭を上げた。
途端、額に柔らかい物が、正確には鉄に包まれたものの隙間からそれでも当たる柔らかい物だ。
「ちょ、ルイルイダメだって、おでこでぷにぷにしないで――」
「あ、え、あ、わ、ごめん!」
寝起きでまだどうにも醒めない頭を起こした。どうやら、ルインはルリアに膝枕されていたらしかった。
起き抜けに額がルリアの胸を強襲した。そして今ルインたちは、敵の奪った砦を強襲しようとしていた。
眼下に広がる黒々とした森。森の中心に聳える背の高い壁。壁に囲まれた黒煉瓦の砦はところどころ焼けただれ、崩れていた。
そして……そんな戦場を、ワイバーンたちに乗った聖竜騎士が進んでいた。
対空砲撃とは、魔法で強化され、飛距離がぐんと伸びた弓や弩だ。それだけじゃなく、元々城にあった対空用の火炎砲――炎魔法が付加された榴弾――が飛んでくる。
騎士たちは回避するが、一人、また一人と被弾したドラゴンと共に落ちていく。
しかし、ルインは違和感を覚えていた。
いくらゴブリンに知性があるとはいえ、術式を書けるほどの物ではない。亜人にしても、ここまでの量のゴブリンの武器に魔法をかけることはできない。
「誰が……」
「大隊長、左下に降りられそうな場所があります。敵影見つからず」
「露払いをする。貴様と貴様、隊を率いて先に降り、味方の着陸ポイントを確保しろ」
すぐ近くで、空色のドラゴンに乗ったフォンブラッドが大量の槍を出現させ、地面に向けて降らせた。
魔力量もそうだが、一体どこで槍の術式資源を確保しているのやら。
例えば、氷なら空気中の水分を使って。
炎なら粒子を摩擦させて。
水属性も同じくその辺の水分を。
「さすがだな。あれ、勝負どうなった? ていうか、カイルは?」
「俺が一番乗りだ!」
「ああ、うん。カイルはいいや」
「もう、気絶させられた時は驚いたよ。ええとね、取りあえず勝負は保留だって。あと、もう作戦始まってるからたたかお? ゴブリンハンターの実力、楽しみにしてるよ」
「う、うん。あのさ、何か思うこととかないの? さっきの戦い」
「ああ、すごいよね、フォンブラッド大隊長のドラゴン。ヨルムンガンドだって。魔法の無効か。それでルイルイの魔法も無効化されちゃったんだよね?」
「うん! そうなんだよ!」
「あれ、なんで喜んでるの?」
喜ぶのは当然だ。あの力はルインが地で行ったもの。術式を破壊するわけではなく、魔力に中性的な魔力をぶつけて相殺した。
しかし、ルリアはあれをヨルムンガンドが行ったものだと勝手に信じてくれていた。
実に喜ばしい。
「いや、なんでもないですよ」
「なんで敬語なの?」
「あれだよ、僕は動揺すると敬語になるんだ」
「え、なんで動揺?」
「それはーーーーーー!」
クリンちゃんが急に高度を下げたせいで思わず叫んだ。気絶のせいで身体強化が解かれたらしい。もろに風圧を受けながらも、かなり繊細に降下ポイントに着陸。
体が大きなクリンちゃんはそのまま四枚羽をはためかせて去って行った。またルリアが呼べば来るだろう。
さて、戦場はまさに戦場の様相を如実に表していた。
敵ゴブリンはセオリー通り弩と弓で遠距離攻撃を仕掛け、動きがより俊敏なスパイドスが波状攻撃を仕掛けてくる。
こちらは防衛に出るしかない。と思いきや。
「狼狽えるな! この程度の手勢に、我らが負けるはずはない!」
剣を抜き、槍を吹き飛ばし、フォンブラッドが森の中を突き進んでいく。
部下の騎士たちもそれに合わせ、剣を抜いてそれこそぬかるんだ大地を突き進んだ。
攻撃力が高い炎魔法を展開したいところなのだろうが、燃え移ってもいけない。
騎士たちは水を固めて高速で撃ちだす、もしくは氷の刃を飛ばして敵を屠る。
「はっはあ! 俺の前に、立ってんじゃねえよ!」
こちらは部隊を率いる立場ではないが、他の人間の前を常に歩いて剣を振るっている。
先の激戦と極先の足の負傷で何かを学んだようだ。動きが鋭い。
「……クリンちゃんは使えそうにないね」
「うん。人が多い。クリンちゃんのあの技は完全に制御できないから。でも――」
ルリアが手を突き出す。
その方向に、何かが飛来した――
四枚羽の巨大なドラゴン、クリンちゃんだ。
クリンちゃんは落ちると同時に地面を穿ち、足を振るってゴブリンを屠った。
まさに阿鼻叫喚。モンスターとドラゴンの戦いは人が入っていいものではなくなっている。
ルリアはクリンちゃんを上空に戻し、自身も剣を抜いて戦列に参加していく。
さて、ゴブリンハンタールインはあまりに当たり前の行動に出る。
龍脈索敵――
誰かが居る。このゴブリンやスパイドスたちに魔力を付与している輩がどこかに。
広範囲に神経を巡らせる。
ゴブリン、違う。
スパイドス、違う。
聖竜騎士、違う。
その他実力者が微妙に高い魔力を誇っているが、違う。
「僕の索敵にかからない、か」
明らかに戦列に乗り遅れ、孤立したルインは顎に手を添えながら思案する。
敵がもし魔力をより高度に操れるのなら、ゴブリンに混じれば索敵はかからない。
しかし、となれば索敵を知っていることになる。
龍脈索敵は人の考えた技ではない。
いるのかもしれない。
闇の騎士団が。
だとすれば――
考えの途中で、ルインはゴブリン三匹に襲い掛かられていた。
「これは、全滅するかもしれない」
剣を引き抜くと同時に、回転し、ゴブリンの首を切り開いた。
ほぼ同時に斬られ、ゴブリンはゆっくり地面に沈んでいく。
声は一つも上がらない。もしかすると死んだことすら分からないのかもしれない。
ルインが長すぎる人生で学んだことは魔法だけじゃない。
「やれやれ……長いと、自分を見失っちゃうよね」
苦笑気味に戦場で笑むと、ルインは駆け出した。長い時間は自分を忘れさせる。
そのために、ルインは努めて年相応なのだ。
そう、ちやほやされたいのだ。
「さて、この状況でどんな風に、丁度良い活躍が出来るかな?」




