第十六話 圧倒的なまでの
「じゃあカイルにする?」
「ランク的にはルリアだよね」
「俺だって」
「さっさと、決めろ」
時間がないと言うのは本当らしく、フォンブラッドは随分といらだった様子で地面を何度も踏み鳴らしている。
さてさて、確かにそれはよくない。待たせることは。
「でも、カイル。負けたらあれだよ。絶対服従だよ? 君そんなこと耐えられるわけ?」
「はっ、上等じゃねえか。向こうが負けたら奴隷だ――」
何度足に槍を突き刺されたら気が済むんだカイルは。
さすがにここで足の完全治療を終えればまた追い込まれかねない。カイルには悪いが、微治療の上気絶してもらう。
「ふう。ルリア、倒せる相手?」
「うーん、微妙かな。なによりそういう暴力的な契約は認めてないから」
「怖気づくのか」
「私はそんな誘いに乗りません。もしどうしてもやるんでしたら、ルイルイ」
「え、僕?」
「ゴブリンハンターの力を見せつけちゃいなよ」
「お前か。丁度良い。高い技術を持っていることは知れている。さっさと、貴様のドラゴンを呼べ。傍にいないということはワイバーンだろう」
「僕は契約していませんよ。ったく、良いからかかってきたらどうです? 時間が――」
槍が頬を掠め、血が流れた。久しぶりに流した血をぺろりと舐めると、背筋が粟立つのを感じる。こうなるともう、ルインは自分で自分を抑えきれない。
長い間眠っていた、強者の血が、滾る。
槍、その刃をルインに向け、数本一気に投擲……否、発射するフォンブラッド。
とてつもなく凶悪な笑顔を浮かべたルインは右手を翳す。
たちまち……槍が両者の間でぴたりと止まった。
「なに……」
「やれやれ、傲慢が、君を強くし、弱くする」
軽く手の平を返すと、倣ったように槍もその矛先を変え、ついにフォンブラッドに襲い掛かる。
「ちっ」
幾本かを避け、幾本かを叩き落とす。
次の瞬間にはさらに槍を出現させ、次々に投げつける。
投げ返すのも良いが、それでは楽しくない。
ルインは避けるどころか一歩、一歩と近づきながら飛来する槍の柄に触れ、空中で止めた。一本だけではない。何本も止め、ゆっくりと近づいていく。
ルインが一歩踏み終えた後には槍が一本浮いている。奇妙な光景に、フォンブラッドははっきり驚愕を顔に表した。
念力。シンプルかつ力がダイレクトに伝わる以上強力な力としか言いようがない。
フォンブラッドは知りえない。
ルインの力はとうの昔に圧倒しているのだと。
フォンブラッド、ここは素直に認めたのか、剣を空に高々と上げる。
空色のワイバーンが急降下――
地面に着くと同時に青い炎を吐き出す。
念力で見えないシールドを張り、炎を防ぐが……目に見えて空間にひびが入った。
正確には、ルインが張っている見えないシールドに、だ。
すぐにバックステップで避ける。
(何? 僕の魔力量を……)
超えてきた、超えたというよりは、破壊して来た。
通常では魔力と魔力がかち合えば、より強い方が勝つに決まっている。
無論、ルインが圧倒している。負けるはずのない競り合いで負けた。
彼女の能力は槍の出現。ではこれは――
「ドラゴンの能力か!」
「それがわかるならやはりただものではない!」
剣同士のかちあい――
剣戟が紡がれることはなく、膂力同士のぶつけ合い。
ルインが死竜騎士の剣を使っていれば打ち合いの時点で勝っていた。
しかし今はただの剣。武器で勝っても面白くはない。
「何度も問うぞ、何者だ」
「元冒険者、今は、聖竜騎士団だ」
「名前だけ語ろうと!」
ルインの背後に槍が出現。
たちどころに背後を狙われるも、氷魔法展開。後ろに壁を創り出す。
属性魔法は得意技がより強力だ。一つの属性しか使えない者もいれば、多様な魔法を使える人間もいる。
ルインが氷を多用するのは氷が得意だからだ。
槍が壁に突き刺さるも貫通はしない。相当強力な魔法だと言うのが伺える。
落ち着いた様子でフォンブラッドは避け、後方にいた空色のドラゴンとスイッチ。
炎がルインの氷を破砕する。
さすがの力。恐らくドラゴンが使っているのは魔力の構造物を破壊する事。
術式破壊だ。
さらに、フォンブラッドは炎を後方で円形に展開。とんでもない加速を伴って襲い掛かった。
炎魔法を身体強化と応用した戦い方。
炎に飲まれたルインを上から襲い、さらに自身も炎魔法を展開。
空色のドラゴンとリンクしていることにより、とてつもない火炎の渦が巻き起こった。
なるほど、やはり今の聖竜騎士団はレベルが高い。
「だがしかし、それでは無理だ」
なんと――
ルインは炎をかき消した。
フォンブラッドも、ルリアも、ドラゴンさえも、驚愕に顔を彩った。
圧倒している。この時代において、ルインの強さは。
しかし……しかしこの最強少年は見落としていた。
二人も目撃者を出してしまった。
ルインの圧倒的なまでの力を晒してしまった。それに気づいたのは、惜しげもなく力を披露した後だった。
全てを悟ったルインは、剣を適当に構えて突貫した。
何の策もなかったが、さっきの今でフォンブラッドは数歩退いて状況を見ようとした。
(なんっでだよ、攻撃してくれ)
全てが裏目に出るとはこのこと。
負けたいルインと
警戒するフォンブラッド。
両者が交わることはない。ならやることはただ一つだった。
「降参します。僕の負けです」
剣を捨てた。ここで正体がばれてしまうくらいなら一生奴隷で構わない。
ルインの一生は他の誰かよりも明らかに長い。一生がきちんと終わるのかすらわかったものじゃない。
この一瞬耐えるならばそれで話は済むはずだった。
しかし――
「誰が……そんなもの認めるか!」
フォンブラッドは宣言通りそんなものを認めず、剣でルインの後頭部を強く打ち付けた。
前から斬りかぶってしかも峰で捉える。さすがに剣の使い方は慣れていた。
避けることもできたが、これで騒ぎの一端が収束すると言うのならそれで良い。
久しぶりに味わう痛みを精一杯味わった。
意識が遠のく前に見たものは、やってしまったというフォンブラッドの顔。
そして、ルインの元へ駆けよって来る、心配そうなルリアの顔だった。
また、波乱の予感を感じつつ、ルインは瞳を閉じた。