第十三話 門出
「報告します! 亜人軍全滅です!」
鎧を着たイノシシ、オークが息も絶え絶えに岩が積み重なったまさに岩場にやってきた。
魔獣という生き物は面白い。外見は化け物なのに種族によっては言語能力がある。その上軍隊並みの厳格な立場関係に重きをおくところも面白い。
オークが跪く対象はゆっくりと岩から岩に移り、オークの目の前の小さな岩に足を組んで座った。
顔、後頭部まですっかり隠す黒紫の仮面。ガラスか、透明度の高い素材を丁度顔全体を覆うように張っているため、一つ目のモンスターのように見える仮面だ。
上半身はそれこそスーツのようにぴったりフィットしているのに、裾がやけに長いため途中からはコートのように見える上。パンツとスラックスの間のような下。それぞれ袖には金糸で刺繍したような意匠が施されており、まるで魔界の貴族のような風格がある。
それはゆっくりと、パンツポケットに手を入れながら、仮面の中でくぐもる声を放った。
「で?」
冷たい一言にオークは顔を上げた。
「あなた様の作戦に従った亜人が全滅したのですぞ」
「成果は十分挙げられたはずだ。今週に入って魔神軍領土は拡大し、とうとう王都居城に迫る勢い。これ以上何を望む」
「勝利を。あなた様には、我が陣営の勝利を望みます」
仮面は深いため息をわかりやすく吐いた。どうにも、勘違いされているようだ。
魔神軍総大将が何者かに屠られて以降、魔神軍は散り散りに離散した。猛獣遣いならぬ魔獣使いに亜人を抜擢し、全ては上手くいくはずだったが、阻まれた。
どうやら王都の聖竜騎士団も冒険者もレベルを上げているらしく、仮面の思惑とは違う方向に歯車が回ったらしかった。
ならば修正するだけだ。
「お前ら、なぜ勝ちたいんだ? 必要ないだろ、こんなちっぽけな領土」
「お忘れか。我々魔神軍が恐れる存在を。未だ奴らはあの地の謎の欠片さえ掴んでおりませぬが、時間の問題。かつて地上を支配した種族が再び扉を開ければどうなるか」
「ああ。奴らより先に、こちらの魔神様を復活させれば万事問題ないのだろう? 魔神軍総大将がなぜできなかったか、わかるか?」
仮面の問いに対し、オークは何も答えることが出来なかった。
仕方ないとばかりに仮面は立ち上がり、ポケットから左手を出した。
「知性と」
続いて、ポケットから右手を取り出した。
「力が」
鷹揚に両手を広げ、胸の前で返して握りこむ。
瞬間……オークが内側から爆ぜ、自身の中身を外へ噴出させた。さすがは巨大な体躯を持っているだけあって、血も肉も散る量は人間を遥かに凌駕している。
「なかったからだ。お前が死んだ理由は分かるか? ああ、もう喋れないか」
仮面はポケットに手を突っ込み直し、再び石に座った。まるで玉座かのように。
いいや、今ふんぞり返っている王を殺してしまえば玉座はすんなり手に入る。
その前に、王都を血の海に染めるとしよう。そのために、長い間姿をくらましていたのだから。
「誰かは知らないが、総大将を始末してくれて助かった。頭のない魔神軍なんてお笑い草だ。というか皮肉か……王都居城を落とすぞ、まずは主要要塞からだ」
仮面が首を傾げると、どこからともなく人影が現れた。
「魔神三柱グリディアン、参りました」
「魔神三柱ネロハイム、馳せ参じました」
「…………」
仮面は現れた三人の人影を一瞥してゆっくり頷いた。
「良い子だ」
†
「かんぱい」
「かんぱい」
カチャっと、ジョッキがぶつかり合う子気味良い音と共に、一気に中の酒を飲み干す音が響いた。といっても、酒場は常に喧騒に溢れているようなもの、響くも何もない。
ルインとルリアは酒を飲みほした後、何となく微笑み合った。
「傷、大丈夫? ごめんね、ルイルイ」
「大丈夫だよ。ほら、いやあ、ここには腕のいい魔法竜騎士がいるね」
自分で治しておいて白々しいにもほどがあった。それに、謝られる筋合いなんて全くない。
ただ、ルインが人目を気にして油断しただけだ。聖竜騎士団が居なければ色々と露見していたために、ありがたいはありがたかった。
「うん。私の自慢なんだ~。ここおうち~」
「ふふ。だからまあ、寂しくなるね」
「え?」
「寂しくなる」
クエストが完了した。大変喜ばしいことではあるが、同時に悲しいお知らせもある。
あの大臣がここまで話が大きくなった挙句に聖竜騎士団という証人もありながら約束を反故にするとは思えない。
なら、ルリアとはここでお別れだ。SSランク冒険者にして名のあるドラゴンと契約を結んだルリア。箔は十分ついている。問題はないだろう。
「あ……そっか。もう、お別れなんだ……ここのみんなと」
途端、ルリアの瞳に何かが光った。ルインは咄嗟に顔を背けた。
ルリアにとってここは家だ。分かっていたはずだった。その上、夢を追いたいと言う気持ちが勝っている今、もう、出るしかない。
だとして急に悲しくなったのだろう。寂しくなったのだろう。当然だ。
「私……まだみんなと……」
「おう、今日はお疲れだったな、二人とも、最後はちゃんと決めて、ルーキーも頑張ったじゃねえか」
ソフトモヒカン、サブリーダーがジョッキ片手にルリアの背中を叩いた。
彼は長居する気はないのか、椅子に座らず、口を開いた。
「ここはお前の家だ」
「う、うん、わかってる……」
「だからいつでも帰ってこい。一回行ったからって帰ってきちゃいけねえこともねえんだ。だよな、お前ら!」
「そうだ、お前の居場所はここだぜ」
「いつでも帰ってきな」
「酒をおごってやる」
「だとよ。夢追え。あとは気にすんな。リーダーが戻ってきたら俺から言っとく」
「……うん!」
涙を流し、ルリアは笑んだ。
いいな、と、心の底からルインは思った。ルインがほしかったのは最強の力ではない。
居場所だ。
「ところでルーキー、お前、今日は活躍だったじゃねえか」
「さすゴブハンター」
「あいてるぜー、ルイルイ!」
「おい皆で称えようぜ」
『ルイルイ! ルイルイ! ルイルイ!』
酒の席だが、とりあえず持ち上げられるとどこまでも上ってしまうルイルイは思い切り照れた。
「そうだ、ルイルイ。ルイルイも騎士団に来ない? せっかく会ったのにお別れは寂しいよ」
「え……」
聖竜騎士団といえば大臣の近くに行くことになる。鎧越しで正体は見破られないだろうが、危険は出来るだけ避けたい。
でも確かに、長いこと寄り道をした。またしたっていいじゃないかと思う気持ちもある。
「だったら俺もだ。俺も聖竜騎士団に入る」
「あれ、カイルだ~、けがは~?」
「かすり傷もねえ。おいこらクソルーキー。こちとらようやくAAAになったってのに、超えたってのに、そりゃねえだろが。逃がさねえぞ、ごらぁ!」
とんでもなく柄が悪いカイルも含まり、合計三名が、聖竜騎士団に入団することになりました。




