第十一話 黒い剣を下に敷いたエンブレム
「みんなまだかな……」
落ち着かない様子のルリアは高台から目標地点を見下ろしながら呟いた。
落ち着かないと言うか、不甲斐ない。
自分の力を過信するつもりじゃないが、クリンちゃんがいればどこまでも行けるつもりでいた。高みに上るつもりでいた。
この戦いが終われば聖竜騎士団に入ることが出来る。そうすれば、憧れの騎士に近づける。
ルリアの夢は聖竜騎士団に入る事。そして、憧れの騎士、メドラウト・クロウ・ホールエッジのようになること。
メドラウト・クロウ・ホールエッジ。聖竜騎士団に所属する場合、称号・名・姓の順に名前を読む必要がある。また、誰でも称号を獲得できるわけではなく、一部の有力な騎士のみ。
ホールエッジはかつて王国で起きたクーデターによって命を落としたが、最後まで国のために戦った伝説の騎士。
夢は破れ、今やSS冒険者となったルリアにとって最後のチャンスかもしれない。
しかしそのチャンスに、自分は現在まで何もせずにいることが悔しくて仕方なかった。
「みんな戦ってるのに……私だけ……」
「落ち着け。誰にだって出番はある。遅いか速いだけだ」
同じクリスフィのメンバーがはやる気持ちを抑えきれないルリアを諭した。
ホールエッジの伝説は記憶に新しい。
国民を守るために命を落とした。そのドラゴン、ナイトエッジドラゴンの石像は王都居城にいくつも存在している。
そうだ、いつかルインを一緒に連れて行って、改めて夢を話そうと、ルリアは思った。
ルインは何か哀しいものを抱えたように思える。そしてなぜか、ルリアはルインに親近感を覚えていた。気になっていた。
それに、今朝がた腕をへし折ったことへの謝罪の気持ちこめてきちんと一度話してみよう。
あなたの過去と、私の過去を語り合いましょう。
よし、とルリアは力を入れた。自分だけでも、未来の約束を結んでしまえばそれだけで元気になる。
「よしよし、良く帰ったな、相棒」
と、メンバーのナーガが書簡を持って飛んできた。現在位置の確認を行うための伝書ドラゴンだ。戦場ではこうしたメッセンジャーが大いに役立つ。
「よし、みんな順調らしい。もうすぐ……来た、サブリーダーだ」
サブリーダーと言うと、ルインのいる班だ。ゴブリンの数を大分減らしほとんど亜人だけ連れてくる辺りとんでもない手腕だ。しかも、なぜか笑っている。
いつもと変わらぬクレイジーさに、ルリアは苦笑した。が……
「あれ、ルイルイは?」
「まさかやられたんじゃ……」
「ゴブリンハンターだぞ。ルーキーにしても簡単にやられるたまかよ」
「おい、他の班も来たぞ。まずい、負傷者だ、行ってくれるな、相棒」
次々ナーガが飛ぶ。味方を援護するため、ルリアを守護していたワイバーン使いたちが次々空を飛び、戦場へ降り立ち。ルリアもさっさと下りてしまいたかった。
しかし、誰もが能力を使えるわけじゃない。
むしろ、多くの人間はドラゴンと同じ能力を自分のものとして使う。
自分の能力とドラゴンの能力が別個に存在するルリアの方が珍しく、最終局面で彼女の力は必要不可欠。故の温存。
だが気が気ではない。いつまでたってもルインどころか、あのカイルまで帰ってこない。
焦燥に眉をひそめていると……見えた。
カイルやその他のメンバー……を、なぜか担いでいるルインの姿が。
「ルイルイ!?」
「あのルーキー、まさかカイル班全員を見捨てず背負ってきたのか!?」
「ルーキーが格好つけやがって。お前とお前、俺と一緒に来い。ゴブリンハンターを絶対死なせるな!」
『おう!』
男たちが勇ましい声を上げる。ルリアも飛んでいきたかった。
ルインは疲れた様子で皆を下ろす。
すぐ背後に迫っていた亜人、土竜種の正拳突きを剣で受けた。
その後何かを確認するように辺りを見回し……ふっとばされた。
相当ダメージが溜まっているのかもしれない。しかも亜人は腕がない。なにがどうなって今に至るか皆目見当もつかない。
みんな戦っている。ルインも、命を張って、仲間であるカイルを助けてくれた。
知らぬ内に力強く握っていた拳をゆっくり解いた。
刹那――
「全員退避! ルリア、クリンちゃんを出せ!」
待ちわびていたサブリーダーからの攻撃命令。
ルリアは一つ息を吸い、呼んだ。
戦場で命を預けられる相棒を。
彼女の思いに応え、四枚の羽根を持ったクリムゾンドラゴンのクリンちゃんが、上空から何かを落とした。金色に輝く、光の粒。それが雨のように、ゆっくり、穏やかに降り注ぐ。
反対に、全ての冒険者は必死に急いで弾幕が敷かれた一帯から緊急離脱を敢行する。
残された亜人たちはその頭の良さ上に状況を確認しようと逃げるのが遅れ、粒子に触れ――
た瞬間、暗黒の渦に取り込まれた。次々、続々と亜人や地面を穿ち、抉る粒子は一瞬でこの世に風穴を開けた。
クリムゾンドラゴンは災禍を吐き出すドラゴン。その能力は消滅。光の粒子に触れた者は一瞬で引き込む力に裂かれ、抉られる。まさに災厄の雨を降らすドラゴンだ。
これでは終わらないとばかりに、ルリアは剣を引き抜き、絶命に惜しくも至らなかった亜人たちにとどめを刺そうと近づく。
だが――
まるで凶悪で狡猾で酷く頭の良い何かが差し向けたかのように、地面から土竜種が二体出現した。穴を掘り、地面に巣をつくる土竜種。その巣はダンジョンとまで言われ、強烈に入り組んだ作りになっているが、今は違うらしい。
二体の土竜種がゆっくりとその場に佇むと、穴の中から……鋭い四本の足を持った、蜘蛛型のモンスター、スパイドスの群れが現れた。
あとは何ということもない。ただ、漠然と死を迎えるだけだ。
「まだ、まだよ、みんな、まだだよ!」
ルリアの声にハッとしたのはサブリーダーだ、剣を引き抜き、自らのワイバーンクラスのドラゴンを呼び寄せた。赤く、体中に棘が生えた攻撃的なドラゴンだ。
「俺たちは何だ!」
彼は仲間に、皆に問うた。誰もが、剣を抜いた。
「俺たちは冒険者だ、そこに町がなければ作り、町が危険ならば守護する、開拓の守護者、自由の象徴にして全ての強さの一つ!」
「そうだ」
「俺たちは冒険者だ」
「やってやる」
「野郎ども良いな、上手い飯を食って女を抱きたきゃ、皆殺しだ!」
『おう!』
鼓舞の力で強くなれれば、苦労はしない。みんな分かっていた。負けるかもしれないと。
それでも、何もせず死を待つのは、らしくない。
どうせ死ぬなら、冒険者らしく、死後も笑われるように死ねばいい。
ルリアの前の土竜種が襲う。すかさず剣で受けようとするが、狙っていたようにスパイドスが割って入った。
あろうことかスパイドスは自らの体を盾にして土竜種を守ったのだ。そんな戦い方があってたまるものかと、驚愕を隠し切れなかったルリアは続くスパイドスの波にのまれる。
鋭利な足が、彼女を捉えんとしたとき――
「ちっ……邪魔をするから」
間にルインが割って入った。肩には深々と、スパイドスの足が刺さっている。
死ねばいいと、自分が死ぬのは良いと、思っていた。
ただ、そう思っていた。だが味方まで――
「ぐひゅ――」
醜い音が響き、次々と、土竜種の頭に……槍が突き刺さった。
ルリアだけが、素早くを空を見上げた。
空色のワイバーンに乗った黒い髪の女性。そして背後には、ドラゴンに銀の鎧を着け、自らも銀の鎧に金のマントを羽織った騎士数十名。
彼らの胸には、黒い剣を敷くドラゴンの紋章。
「……聖竜騎士団……!」