第十話 決死とプライドと
「くそ野郎どもが、俺の道を阻んでんじゃねえ!」
大火炎魔法で前面を一掃したカイルは炎に飛び込み、抜けると同時に火炎を纏った剣でゴブリンの群れに一太刀入れ込んだ。
炎の筋がゴブリンの群れを引き裂き、あまりに鋭く、素早い一撃が混乱を生んだ。
蛮行に近い彼の戦いっぷりを、仲間はこう評価した。
「馬鹿か手前! 陣形がメチャメチャだ!」
「あいっかわらず目立ちたがり屋だな!」
「なんでもいいが魚鱗種に炎系は効かん、ずらかるぞ!」
自分のことしか考えない攻撃は仲間には不評だったが、それでも彼らがカイルを心強く思っていることは事実だ。現にカイルは亜人を相手にすればいいのにゴブリンだけを狩り殺しながら目標ポイントまで戦い続けた。
本人は言っても否定するだろうが、無論、ルインを意識しての行動だ。
「あのくそ野郎をぶったおす前に、まとめてぶっ潰してやるよくそ共が! 死にやがれ!」
「落ち着け、お前魔力を使いすぎだ。うちの回復系に魔力回復少ないんだから――」
「だあってろクソが!」
「おま……俺一応先輩だからな」
「こんなところで先輩とか言ってる小さい奴を先輩とは認めねえ」
「ちいさ……ええいもう知らん! 亜人のヘイトは溜まった、さっさと出るぞ!」
森を抜ければ開けた大地。そこを超えればルリアが待っている。
そして、ルリアが契約したクリンちゃんも待っている。
「やばい、負傷した!」
「頼むぜ、相棒!」
肩に乗るサイズ、ナーガクラスの青いドラゴンが空から、一人の男から負傷したメンバーの元へ向かい、暖かな光を放って見せる。ドラゴンと契約し、ドラゴンの能力を使うこともあれば、こうしてドラゴン自身も戦闘に参加させる戦い方もある。
「レン、あのクソ野郎どもに、一泡吹かせてやるぞ!」
カイルに名を呼ばれ、黒いワイバーンが現れた。三本角に、翼は極限まで薄く、蝙蝠のよう。見るからに速そうで、実質かなり速い。
間もなく森が開けると言う場所で待機させていたレンは通常ワイバーンクラスが得意としない森。その木々の間を縫ってゴブリンたちに火球をお見舞いする。
まるで爆撃のような攻撃が終わると、また上空へ離脱した。
人とドラゴン。両者の攻撃に特化した戦い方をする聖竜騎士。言うなればカイルもまた聖竜騎士を選択している。
この班はカイルとあと一人が聖竜騎士であり、魔法に特化した魔法竜騎士が残りを占める構成だ。特に魔法を使うことに特化した魔法竜騎士は常に魔法の演算をドラゴンに任せることで術式展開を素早く行える。
そのため、大体近くにはナーガクラスを侍らせている。
おおよそ順調に進んでいる、かのように思われた――
「クソ、がぁ!」
魚鱗種、突然の猛攻。
まるで戦力を見切ったかのような急発進に、カイルは剣で受けきるも表情は苦々しい。
体そのものが刃物である魚鱗種の攻撃は受ける度に剣が削れる。
たまらずレンを呼び戻そうとするも、ゴブリンが隊列を整え、弓と弩をメインに部隊を再編した。
魚鱗種の指示だ。そのまま横に展開し、飛び道具の壁を形成する。正気ではない。
魔法竜騎士たちも氷系魔法で懸命に応戦する。誰でも使える魔力はしかし無限にあるわけではない。レンが魔法竜騎士のまねごとをすればたちどころに魔力が切れる。
魔力が切れればかけている身体強化も外れ、一気に劣勢に追い込まれ、死んでしまう。
一方、聖竜騎士たちはドラゴンと魔力を共有しているために、長時間戦闘以外では魔力切れは起こりにくい。
両者のバランスを考えれば、背面射撃をしつつ目標ポイントに到達するのがセオリー。
しかし、カイルはやらない。ようやくAAに昇格した。
男である彼は女性優位な聖竜騎士団に入団できなかった。聖竜騎士団の男は想像を絶するエリートの集まりであり、初めて苦汁を舐めさせられた。
ようやく冒険者居場所を見出したかと思えば、ぽっと出がただの一日でAAランク。
冗談では――
「ねえっての!」
力任せに魚鱗種を押し切り、剣を振りかぶるが、逆に空いてしまった胴に、魚鱗種の手刀が突き刺さる。
深々と、貫かれた一撃は一瞬でカイルの意識を刈り取ろうとした。
だが、だが、否である。
「……けられねえんだよ……負けられねえんだよ!」
カイルは突き刺さった腕をまさか両断。
魚鱗種は悲鳴を上げ、カイルから数歩引いた。
腹に魚鱗種の腕を残し、口から血を吐き続けながら、青い顔でカイルは笑んだ。
まさに狂気。狂っているとしか言い表せない状態に仲間は戦慄しながら駆け寄り、すぐさま応急処置を施す。
「馬鹿野郎! すぐに戻るぞ!」
「無理だ! 突っ込んだせいで退路にこいつらが居る。ルリアのところに行くしかねえ!」
「つってもカイルが死にかけてんだよ! 早くしねえとほんとに死んでしまう!」
死ぬ。まるで他人事のように、薄れゆく意識の中で当事者は聞いていた。
人間簡単に死んでしまう。今際の際に差し掛かったカイルは尚も立ち上がろうと懸命に手足を動かしたが、既に彼らはカイルの言うことを聞かない。
ばさばさと、羽音が響く。辛うじて言うことを聞いてくれた瞼を開けると、レンの瞳があった。心配そうにカイルの頬をざらざらとした舌が舐める。
ドラゴンは家族。教えられるまでもなく知っていた事実に、カイルは目頭が熱くなるのを感じた。
自分が死んだら、独りぼっちになる奴が、居る。
それだけはさせない。させたくない!
決意はしかし、絶望を覆す手立てになり得なかった。
「まずい奴が来る!」
「応戦だ! お前、カイル連れていけ! 何とか食い止める!」
「三人でできるかよバカが! 全員で逃げるぞ、俺たちは駒じゃねえ、生きて酒を喰らって女を抱くまでむざむざ死ねるかよ!」
「生きて帰ったら、良い店紹介してやる」
「おごってやる」
「言ったな。んじゃあ、男の花道飾るぞ!」
何かを覚悟したらしい面々は、なぜか笑っていた。
カイルもまた、頬を釣り上げた。
冒険者というのは、これだからやめられないとばかりに。
「作戦とは少し違うけれど、仕方ないね」
声がした。同時に、仲間たちの短い悲鳴が聞こえ、バタバタと倒れる音がする。
「よく頑張った。不本意だろうけど、助けるよ」
ああ、そうだ、聞き覚えのある声だ。
「ルイン――」




