表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/42

第一話 絶黒の死竜騎士

「ぐあ……馬鹿な、何だ、その力は……」


 膝を屈した対象、もとい大将は牙の生えた口の端に恨み言を添え、砕かれた居城の屋根から差し込む光で照らされたそれを見た。

 それは、魔神軍大将――青い巨人、背中にトゲがあり、薄汚れた灰色の鎧を纏っている――に匹敵するほど巨大な鎧だった。

 漆黒の鎧に黒いマント。屈強な肉体を覆っていると思われる鎧と、三本の角を持った兜はT字状の格子に。見た目だけでは聖竜騎士と言われたところで信用できない。


「ただの竜騎士が……どうやって空から入った。衛兵は」

「ぺらぺらと、良く喋る。貴様の雑魚魔物どもなら掃除させてもらった」


 鎧は重々しい金属音をカチャカチャと鳴らしながら、多くの竜騎士を屠った魔神軍大将の元へ歩み寄った。なりに似合わず滑らかな動きだ。


「なんだと……ここは魔神軍の要塞だぞ……たった一人の聖竜騎士風情が」

「聖竜騎士ではない。私は死竜騎士だ」


 聞き覚えがあるのだろう。大将の顔に驚愕がはっきりと浮かび上がった。


「馬鹿な、まだいたというのか? とうの昔に滅んだはずだ! 何百年も前の話――」

「呪いで歳を取らないからな。それでは、しまいにするとしよう。絶黒に染まれ」


 死竜騎士は風穴に腕を上げた。舞い降りたるは、黒紫色の巨大な蜥蜴(こうもり)のような体躯は傷を負っている。二つの巨大な翼はところどころ穴が開いてボロボロだ。牙を持つ相貌は血色悪く、瞳は死んでいる。

 この竜を生きているのか疑う人間は多いだろうが、実質死んでいる。

 死んだまま動いている。


「死した竜を使役する呪われた力……貴様があの、絶黒の死竜騎士!」


 最後のあがきとばかりに、魔神軍大将は自身の背丈ほどある巨大な剣、斬馬刀を片手で持ち上げ、振りかぶる。巨大な体躯の割に俊敏。その膂力も推して図るものがある。


「見苦しい」


 しかし、死竜騎士がただの一度腕を振るうと、死んだ竜が軽い初動で口から青色の火を噴いた。火花散り、瞬く間に魔神軍大将は青き炎に消滅させられた。


「帰るとしよう」


 †


「この地に平穏が訪れた! 長らく、多くの命が失われた戦がようやく、終わりを告げたのだ!」

『わーーーーーーーーーー!』


 絶叫に近い歓声が至る所から上がっている。

多くの民を見下ろしながら、王都居城キングスタンドのバルコニーで王は宣言する。

 長らく進行を阻止することが出来ずにいた魔神軍の巨大要害、通称魔神城のボスが討伐された。これでようやく王国に安全が訪れたと、王は喜びに震えた声を大きく張り上げた。

 民衆は両腕を天空に高々と上げた。

青く抜けるような空には、艶の良い紅の肌を持つドラゴンが悠々と飛んでいた。

祝福するように、祝砲を上げるように、炎を吐き出している。

 思った以上にみんなが喜んでいると、今回一番の貢献者、死竜騎士は鎧を少し鳴らし、城の奥にある会議室の窓から視線を外した。


「皆が喜んで――」

「此度の勝利はひとえに、我が王国が誇る聖竜騎士団の活躍によるものである! 聖竜騎士団はその命を懸け、邪悪なる敵を退けた! 彼らの凱旋を祝い、これよりパレードを執り行う。また、悔やまれることに、この戦いで失った騎士、そして竜の命を慰め、称え、今一度、天に凱歌を上げようではないか!」

『国王陛下万歳! 聖竜騎士団万歳!』


 始まった大合唱を背中に受け、死竜騎士はぴたりと動きを止めると同時に背後を強く指さした。

 視線の先には、会議室にあるいくつかの椅子に座るただ一人の男。

数多くいる大臣の中でも内政に携わる人間である。


「あれはなんだ」

「いかにも、国王陛下が此度の大勝利を祝い、戦死した騎士と竜の御霊を慰め、凱旋パレードを宣言なされた。パレードは金がかかる故、財政大臣は一人渋い顔をしていよう」


 何か面白いジョークを言うように大臣は軽く笑うがそれどころではない。

 何を意味するかは明白だった。

死竜騎士の活躍全てが聖竜騎士団の物にすげ変わっていた。


「大将を討ち取ったのは私だぞ」

「心得ておりますよ。王陛下自らあなたに討伐を依頼なさった。現存する唯一の死竜騎士であるあなたにね。お見事です。称賛に値します」

「ならば――」

「ご自身のお立場を弁えなさい。死竜騎士であるあなたを殺さずに置いているのです。その上、歴史の裏側に立てただけでもありがたく思いなさい」

「表側に立てない理由は」

「……竜騎士が何かご存知ですよね? 我々王国の民は能力の大小如何問わず、自らの素養にあったドラゴンと契約を結び、竜と共にある者、竜騎士となり、聖竜騎士や竜遣いとなるのです。しかしあなたは生まれ持った呪いのせいでどのドラゴンとも契約が結べず、あろうことか死したドラゴンを使役する。呪いであり禁忌であり忌諱される死竜騎士だ」

「それがなんだ」

「わかりますか。我々にとってドラゴンは家族も同然。家族との別れを乗り越えた矢先、血色の悪い、まるで魔竜となった姿を見たらどう思います。それ故にあなたは今まで忌み嫌われてきたのでしょう。ならば、聖竜騎士団と王陛下の功績にした方が幸せと言うもの」


 すがすがしいまでにふてぶてしい態度を取られ、死竜騎士は言葉も出なかった。


「貴様の政治ゲームに――」

「それ以上は言わせません。今すぐこの国を出ていくことをおすすめしますよ。嫌われ者ですから」


 大臣は言いたいことだけ良い、会議室を後にした。

残された死竜騎士は暫く呆然と立ち尽くした次の瞬間、鎧をパージした。

 中から出てきたのは鎧が全く見合わない細い体躯に、女人を思わせる端正な顔立ち。青い髪は男性にしては長いため、一層儚く見える。


「ちょっと待って……僕のメンタルが……何だよあの人、全部持ってったじゃないか。え、かなり頑張ったのにそれってなくない? 利用するだけして……何もする気になれない」


 項垂れるし竜騎士の中身、ルインは大きな溜息を吐いて会議室を出て行った。

 悲嘆に暮れ、未だ勝利の喧騒冷めやらぬ街をとぼとぼと歩く。

 鎧は何でも入るマジックポーチに詰め込んだ。

 人前であんな目立つ鎧を着ていれば一目で死竜騎士だと分かる。元々、あの鎧=死竜騎士として認知させ、少しでも自分そのものが嫌われないように着ることが目的だったわけだ。

 国に仕えて何十年。呪いによって十代の容姿のまま成長が止まったルインは年に似合わぬ疲れた表情で、ふと凱旋パレードを見た。

 赤や青のドラゴンに轡を着け、堂々たる銀鎧を着けた騎士たちが民衆に手を振っている。

 驚くべきことに、彼らは戦に赴いていない。

 何故なら今回の遠征に参加した聖竜騎士及びドラゴンは全滅しているからだ。

 ようやく役に立てると思ったのも束の間、利用された上にぼろ雑巾のように捨てられた。

 砕け散ったメンタルの破片を拾えぬまま、深いため息を吐くと……


「と、危ないよ?」

「あ、すみません……」


 顔を上げていないのでよく見えないが、女性とぶつかってしまったらしい。


「元気ないね。凱旋パレードなのに」

「あはは、色々あって……」

「そっかー。あ、私これからギルドでクエスト報告した後仲間で集まるんだけど、来る?」

「いや、初対面ですし」

「そっかー。まあ気が向いたら来て。私たち冒険者は、いつでも好奇心を歓迎しているよ」


 冒険者と言う言葉に顔を上げると、金髪のポニーテール姿が遠のいていくのが見えた。

 ルインは心の中で何度も冒険者と言う言葉を噛砕いた。

竜と契約しても尚騎士団に属さず、強さを求めて道を切り開く、自由の象徴。


「そうだ……冒険者になればいいんだ」


 ただ強くあればいい。その上、鎧を脱ぎ去って呪いを使わず、この国から離れれば気付かれることはない。


「きっと冒険者になれば……ちやほやされるから!」


 ルインは駆け出した。冒険者になれば、きっと褒めてもらえると信じて。

新連載開始しました

面白いと思ったらブクマ・評価入れていただけると嬉しいです

よろしくお願いします

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ