表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢は執事見習いに宣戦布告される  作者: 仲室日月奈
第五章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

59/84

59. 差し入れを持ってきました

 星祭りまで、残り一週間。招待状の出席確認、関係各所のスケジュール調整、不測の事態への収拾と、星祭り実行委員は当日までやるべきことが山積みである。

 ゲーム内でのイベント内容を思い出しながら、イザベルは視聴覚教室のドアをそっと開く。暗幕はすべて留め紐でくくられ、室内は外からの光を取り入れて明るくなっていた。

 部屋の中央には一組の男女。茶色のくせっ毛の男子生徒と、腰まで伸びた黒髪の女子生徒。女子生徒は縁なしの眼鏡をかけている。


(あ、ラミカさんだわ……)


 イザベルが気づいた同じタイミングで、資料を広げて話し込んでいた男子生徒が振り返る。ばっちりと視線が交差し、焦げ茶の瞳が驚きの色に変わる。

 そっとのぞき込んでいたのがバレてしまった。どう弁解しようかと悩んでいると、男子生徒が思わずといったように声をもらす。


「うわっ……本物のイザベル様だ……」


 男子生徒は自分の失言に気づいたのか、慌てて口元を手で覆うが、すでに遅い。


「……ねえ。本物ってどういうこと? わたくしの偽物でもいたのかしら」

「そ、そういう意味ではなく、先ほどイザベル様の話をしていたものですから。噂をすれば影が差すとはこのことかと驚いてしまって……申し訳ございません!」


 平謝りして頭を垂れる姿に、さすがに脅しすぎたかと早々に折れることにする。


「そういうことなら仕方ないわね。ところで、あなたは?」

「ミゲル・カーネルベルク。歳は十六です。婚約者はいません」

「……だいぶ動揺しているようね。まずは深呼吸でもして落ち着きなさいな」


 ため息とともに言うと、ミゲルはすーはーと深く息を吸い込んだ。


「ところで、フローリア様はどこかしら?」

「か、彼女は席を外しています。急ぎの用件でしたら、すぐに呼んできますが」

「急ぎではないから、それには及ばないわ」

「いえ、呼んできます!」


 ミゲルは脱兎のごとく、視聴覚教室から飛び出した。

 残されたイザベルとラミカは気まずげに視線を交わし、イザベルが口火を切った。


「これ……差し入れよ。準備も終盤で疲れているだろうから、よかったら、あとで食べてちょうだい」

「あ、ありがとうございます。皆、喜ぶと思います。すみません、今はちょうど出払っていて……」

「いいのよ。人が少ない方が気が楽だわ」


 焼き菓子の詰め合わせが入ったバスケットを手渡すと、ラミカがふっと笑う。


「よかった。顔色は悪くないようね」

「……ご心配いただき、ありがとうございます。でも、もう大丈夫です」

「フローリア様から気に病んでいるみたいって聞いていたけれど、その様子なら睡眠も取れているようだし、大丈夫そうね」


 血色も悪くないし、声の調子も良さそうだ。

 安心していると、ラミカが言いにくそうに視線をさまよわせていた。


「あの……」

「なあに?」

「前から気になっていたのですが、イザベル様とフローリアさんは……」


 幸い、部屋には二人きりだ。イザベルは牽制にならないよう、柔らかく微笑む。


「友達よ。もっとも信じてくれる人は少ないのだけど」

「やはり、そうでしたか。最初は半信半疑だったのですが、差し入れまでしてくれるなんて、友達じゃないとできませんよね」

「信じてくれて嬉しいわ」


 心からの言葉を発すると、ラミカはわずかに眉を寄せた。

 どうしたのだろうと思ったが、気軽に聞けるほどの関係ではない。無言で様子を窺っていると、ラミカが意を決したように口を開く。


「私がこんなことを言う立場ではないことは、重々わかっているのですが……」

「何かしら? 今はわたくしと二人しかいないのだから、遠慮はいらなくてよ」


 言葉の続きを促すと、緊張しているのか、ラミカは薄く息を吐き出してから言う。


「イザベル様はご自身の婚約者が誘惑されても、ご不快ではないのですか?」

「それは、フローリア様のことを言っているのかしら」

「……そうです」


 この気持ちは他人には理解されないだろう。そうわかっていたが、ラミカがまっすぐに聞いてくるから、ついイザベルも気がゆるんだのかもしれない。


「あくまで、婚約は家同士の取り決めによるもの。ジークフリート様が彼女を選ばれるのなら、わたくしは応援するつもりよ」

「……本当に、それで後悔しないのですか?」


 疑い深いような質問に、不敵な笑みを返す。


「後悔は山ほどしてきたわ。あなたは後悔したことがある?」

「あります」


 思ったより力強い肯定が返ってきて、思わず言葉をなくす。

 圧倒されている間に、ラミカが口を開く。


「最後にひとつだけ、聞かせてください」

「何かしら」

「イザベル様は、自分の恋を諦めるおつもりなのですか?」

「……そうね。わたくしは諦めることしかできないもの」


 悪役令嬢のように人の恋路を邪魔し、破滅の道を進むなんてまっぴらだ。

 たとえ両思いにならなくても、二人が幸せであれば、他に望むことはない。


「わたくしは自分だけの幸せより、大切な人が幸せでいてくれるほうが嬉しいわ」

「そう、ですか。……ちょっと心配なので、ミゲルを連れ戻してきます」


 ラミカは一礼してから、その場を後にした。

 何かを決意したような背中を見つめ、イザベルは言いようのない不安に駆られた。

 その後、ミゲルと一緒に戻ってきたフローリアと挨拶を交わし、イザベルはそそくさと部屋を後にした。

 続々と集結する実行委員の輪の中で、そのまま居座る勇気はなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


◆一言感想でも泣いて喜びます◆
“マシュマロで感想を送る”

ツギクルバナー
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ