表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢は執事見習いに宣戦布告される  作者: 仲室日月奈
第四章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

45/84

45. 待ち伏せをしようと思います

 高等部の校門で待っていたリシャールは、イザベルの姿を認めると、完璧な角度で膝を折って主人を迎えた。後部座席をさっと開く動きも無駄がない。

 だがイザベルはリムジンには乗り込まず、ドアのそばで控えている執事に声をかける。


「リシャール。今日はちょっと寄るところがあるから……」

「かしこまりました。お供いたします」

「いやだから、一人で先に帰ってほしい、って意味だったのだけど」

「お嬢様を一人にはできません」


 一刀両断されて、イザベルは一瞬言葉に詰まる。


(むむ……こんなことで簡単にくじけてはだめよ、イザベル!)


 自分を鼓舞し、反撃を試みる。

 題して、泣き落とし作戦だ。行列のお菓子をあと一歩というところで、完売とアナウンスされたときの前世の悲しみを思い出し、目尻に涙を浮かべる。


「……つまり、わたくしは信用されていないということね」

「私はイザベル様の専属執事です。身辺警護も職務のうちですので、ご容赦ください」


 謝罪の体を取っているが、胡散臭いピュアな笑顔のせいで、誠意が全く感じられない。というより、泣いて同情を誘う予定が狂った。これでは、一人きりになる作戦は失敗だ。

 イザベルは真顔に戻り、先ほどの言葉に訂正を入れる。


「専属執事といっても、正確には執事見習いだけどね」

「見習いで不安ということでしたら、エルライン家からメイドと従僕を呼び寄せますが……」

「その必要はないわ。あなたは見習いとはいえ、執事としての仕事ぶりは優秀だもの」

「お褒めにあずかり、恐縮でございます」


 だから今日は見逃して、一人にはしてくれないだろうか。そんな風に視線で問いかけるが、笑顔でスルーされた。


(敵は一枚も二枚も上ということね……)


 自分の執事の目を出し抜ける想像が全くできない。こうなったら、一人きりでの寄り道は諦めるよりほかないだろう。

 幼少からお守り役としてそばにいた彼にとって、イザベルの考えを見越して先回りすることは造作もないはずだ。長年の経験則から、彼に勝つビジョンが見えない。

 時には諦めも肝心である。


「徒歩で行きたいから、ついて来てくれる?」

「承知しました。ちなみに、どちらへお出かけになるのですか」


 行き先を質問されて、イザベルは持っていた学生鞄を無言でリシャールに預ける。

 事前に用意していた回答を口にすべきか、しばし逡巡する。

 けれど、返事がないことを訝しんだような気配をちくちくと感じ、イザベルは早々に折れた。遠かれ早かれ、わかることだと自分に言い聞かせて。


「……クレープ店よ。期間限定のメニューがあるの」

「期間限定、ですか」

「今週から売り出されたとメイドたちが興奮して話していたわ。行列に並んでも即完売、なかなか食べることができないという幻のクレープなの。午後は、夕方から販売しているそうよ」


 自宅で仕入れた情報をそのまま伝えると、リシャールは一拍の間を置いて、呆れたような目線を向ける。

 負けじと睨み返すと、諦めたように頭を下げられた。


「わたくしが行列に並んで買ってきますので、お嬢様はお車でお待ちください」

「だめよ。並ぶのも楽しみの一環なんだから」


 いつもなら譲歩するところだが、今日ばかりは、伯爵家名誉のためのお願いは聞いてあげられない。

 リシャールの横をすり抜けて、並木道を歩き出す。すぐに足音が後ろに続いた。お小言が飛んでこないことから、彼も折れてくれたのだろう。


(委員が発表された日から計算して、そろそろ買い出しイベントがあるはず。本来は攻略相手と出かけるけど、ジークは委員ではなくなったし……今は白薔薇ルートだから「紅薔薇の君」のクラウドが出てくるわけがない)


 買い出し先では、攻略相手によって特有イベントが発生する。そんな重要なシーンで違う攻略キャラがでしゃばるとは考えにくい。

 となると、フローリアは誰と買い出しに行くのか。非常に気になる。

 エンディングの心配もあるが、本音を吐露すれば、好奇心の方が大きい。気分は完全なる野次馬だ。


(どのルートでも、ヒロインは一度教師につかまって、学園から出るまでに時間がかかったはず。クレープでも食べながら、広場で待ち伏せしてみましょう)


      *


 行列に並ぶこと二十分弱。思ったより早く列が進み、イザベルは無事に期間限定のクレープをゲットした。

 一番上には、旬のマスカットの大粒が並んでいる。クレープ生地には生クリームにキャラメルソースとナッツをちりばめ、ふわふわとサクサクした食感がコラボし、さわやかな味わいが堪能できた。


(やっぱり、季節のフルーツは格別ね)


 美味しさに舌鼓を打って完食すると、見慣れた制服が近づいて来るのが見えた。クレープを包んでいた包装紙を小さく畳んで、ゴミ箱に捨てる。

 そして噴水の近くのベンチに腰かけ、甘い匂いにつられて足元をトコトコと歩く鳩を見下ろす。一羽、二羽と、だんだんと鳩の数が増えていく。


(困ったわね。もうクレープはないんだけど……)


 鳩は小さな瞳でお菓子はまだか、という風にイザベルを見上げる。増える鳩と無言の圧力を感じながら内心焦っていると、ふと高い声が耳に届く。刹那、餌を迫っていた鳩の群れは空に羽ばたいた。


「イザベル様。ごきげんよう」

「え、ええ……偶然ね」


 実際には待ち伏せをしていたのだが、ここは偶然を装うことにする。幸い、横に控えているリシャールは無言を貫いている。

 一方、フローリアは疑うそぶりは一切なく、友達に出会えたことに純粋に喜んでいるようだった。


「本当にびっくりしました。でもお会いできて、うれしいです」

「フローリア様はお買い物?」

「そうです。星祭り実行委員の準備で、私たちが買い出しメンバーになりまして。……あ、こちらはラミカさん。同じクラスなんですよ。前からお世話になっているのですが、同じ委員に選ばれたんです」


 フローリアに紹介され、後ろにいたラミカが前に出て一礼する。

 艶のある黒髪が腰まで伸び、灰色の目元を隠すように、縁なし眼鏡の上部がきらりと反射する。髪の色のせいか、儚げな印象を抱いてしまう。

 ところが、見た目の印象と反して、彼女はハキハキとした口調で自己紹介した。


「直接お話しするのは初めてですね。ラミカ・アムールです」

「アムール男爵のご息女ね。イザベル・エルラインよ」


 悪役令嬢の仮面を被り、社交辞令用の笑みで応える。


(彼女がラミカさんね……。リシャールのパイプ役をしていた、ナタリア様の取り巻きの一人。クラスメイトとしての信頼を得て、フローリア様の情報を流していたわけね)


 リシャールの様子を盗み見るが、ラミカの挨拶を聞いても、ピクリとも動きがない。デッサンのモデルの彫像さながらに微動だにしない。


(猫なで声の先輩とは違って、気弱な下級生って印象だったけれど。フローリア様といるときは違うみたいね。あのときは、ナタリア派の威圧に怯えていたのかしら)


 判断に迷っていると、フローリアが何気なく問いかける。


「イザベル様もお買い物ですか?」

「ええまあ……でも用事はもう終わったの。だから、わたくしにも手伝えることがあったら、なんでも言って」


 ゲーム攻略の記憶が正しければ、買い出しリストは重いものも含まれていたはずだ。幸い、こちらにはリシャールという男手もいる。

 本来はジークフリートと買い出しするはずだったのだ。イベントが狂った責任はイザベルにある。まさか、女子二人だけで来るとは思わなかったが。

 しかし、イザベルの申し出に、フローリアは焦ったように手を横に振った。


「い、いえ……! イザベル様にそのようなこと頼めません。お気持ちだけで充分ですから」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


◆一言感想でも泣いて喜びます◆
“マシュマロで感想を送る”

ツギクルバナー
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ