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悪役令嬢は執事見習いに宣戦布告される  作者: 仲室日月奈
第三章

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36. お悩み相談室

 奧の二人がけの椅子にレオンが一人で座る。その真向かいにジークフリートとイザベルが座り、横の一人用の椅子にフローリアが腰かけた。リシャールは壁際に控えている。


「それで、殿下はどうしてこちらに?」


 代表してジークフリートが尋ねると、全員の視線が集まったのに気づいてか、レオンが居住まいを正す。


「……うむ……その、避難先を探していてな。イザベルに相談しようと思ったが、ジークフリートとともに別荘に向かったと聞いた。それなら、自分が直接出向けば一石二鳥だと考えた。だが急な訪問になってしまい、申し訳なく思う」

「いえ、殿下が謝る必要はございません。幸い、部屋も空いております。なにやら、のっぴきならない事情があるようですね。理由をお聞かせいただけますか」


 神妙な顔つきで唇を引き結び、レオンは薄く息を吐き出す。


「ああ……事のはじめは生誕祭だ。いつもは怯えて遠くから見てくるだけの令嬢たちが押し寄せ、舞踏会までは一人で乗り切った。これで山場は越えたと思っていたのだが、次の日から手紙が山のように届くようになった」

「手紙……ですか?」


 ジークフリートが尋ねると、レオンがうな垂れるように頷いた。


「最初は一通だけで、お礼を述べた手紙だった。初めてで嬉しかったから、返事もすぐに認めた。だが手紙の数は日に日に増えていく一方で、手紙の中身は自分を生涯の伴侶に選ぶとどんなメリットがあるか、俺の容姿の好きなところについて、直した方がいい部分など、ダメ出しも含まれるようになっていた」


 要は結婚のターゲットとして狙われたのだ。おそらく、最初の真心を込めた返事をした話が、他の令嬢たちの耳にも入ったのだろう。

 けれど自分を売り込み、愛を囁く文面だけに飽き足らず、欠点をわざわざ指摘する真似はやりすぎだと思う。将来の伴侶として直すべき部分があるところは否定しないが。


「……イザベル……俺は何か間違ったのか? かつてこれ以上、女性がおそろしいと思ったことはない」


 切実なつぶやきに、フォローの言葉が見つからない。


(完全な女性不信に陥っているわね……どうしたらいいかしら)


 一匹狼でロクに女性免疫がなかった王子が突然、女性の輪に放り出されたのだ。きっと相当な洗礼を受けたに違いない。しかしながら、ここまで傷が深いとは思わなかった。ようやく自立できたのだ、と遠くから見ていたのがあだになった。

 眉を寄せて悩んでいると、フローリアが労わるようにレオンを見つめる。


「それは怖い思いをされましたね。ですが、もう大丈夫です。イザベル様に歯向かう女性はなかなかいませんわ。そうですよね、イザベル様?」


 期待を含んだ眼差しを向けられ、イザベルは目を瞬いた。


(えっと……これは皮肉じゃなくて、純粋に頼られているのよね?)


 ここはポジティブに考えよう。そう自分に言い聞かせ、こほん、とわざとらしく咳払いをした。


「わたくしの支配力はさておき、レオン王子の平和を取り戻す方法はあります」

「方法があるのか! もったいぶらずに早く教えてくれ」


 レオンは切羽詰まったように早口で言い、その次の言葉を急かす。期待と不安が詰まった瞳を見つめ、イザベルは端的に答えた。


「婚約者を決めればよろしいのです」

「……待ってくれ。その、婚約したい相手がいない場合は……?」

「耐えるしかないでしょう」


 二者択一を迫られたレオンはグッと声を詰まらせ、そのまま化石のように固まってしまう。もう少しオブラートに包んだ方が良かったかもしれない。

 心の中で反省していると、しばらくして、レオンの化石状態が雪解けのように解けた。ゆっくりとした仕草でレオンは立ち上がり、フローリアの前まで歩く。かと思ったら、勢いよく頭を下げた。


「フローリア。もし、こんな俺でもいいと思ってくれるなら……」


 だが、一縷の望みをかけた言葉は最後まで続かなかった。


「ごめんなさい。無理です」

「そう……か……」

「我が家は男爵家ですし、由緒ある家柄でもありませんから」


 追い討ちをかけるように続く理由に、イザベルは同意した。


「確かにそうですわね。普通に考えて、王族と男爵令嬢の婚約は認められないでしょう」

「……身分とは難儀なものだ。いっそ遠くの国へ行きたい……」


 本音がダダ漏れだ。これはひょっとして、相当に追い詰められている状態ではないだろうか。

 彼の危うい状態を感じ取ったのだろう。ジークフリートが口を開いた。


「僭越ながら、亡命を考えておられる気持ちが本当なら、公爵家がバックアップいたします」

「本当か?」

「ただ……他国に行っても、同じ事態に陥る可能性は否定できません。殿下の美貌はこのラヴェリット王国の宝。世界のどこにいても、その輝きを消すことはできないでしょう」


 ジークフリートは淡々と事実を述べる。レオンには死刑宣告にも等しい内容だったらしく、遠くを見つめる瞳は深い悲しみに揺れていた。


「つまりは、どこにも逃げる場所はない……ということか」


 現実に打ちのめされた独白が聞こえてくる。まばゆい金髪ですら、今日ばかりはくすんで見える。


(数少ない友人の一人として、さすがに見過ごせないわね……)


 友人の心の危機に、イザベルは切り札を切った。


「……わかりました。一年以内に婚約者を自力で見つけることを条件に、ルドガーお兄様に令嬢たちのアピールを控えるようにお願いしておきます」

「そんなことが可能なのか?」


 疑うような視線がちくちくと刺さったが、イザベルは笑顔でレオンの不安を吹き飛ばした。


「お兄様は交渉術のスペシャリストですもの。妹の頼みとあらば、秘書官で培ってきた外交スキルを発揮してくれるはずですわ。……ただし、最終的に自分の伴侶を選ぶのはレオン王子です。仮に、候補者が見つからなかった場合は、おとなしく国が決めた相手と結婚なさるのですよ」

「わかった……猶予が得られたのなら、俺も腹をくくろう。誠心誠意、相手を選ぶことを誓う」


 厳かな誓いに満足し、イザベルは話題を変えた。


「話もまとまったところで、町へ行きませんか」

「なに?」

「ちょうど、フローリア様と麓の町へ行く予定だったんです。せっかくここまでいらしたのですから、レオン王子もいかがですか? 今まで王宮で気詰まりしていたんでしょう。ここなら件の令嬢も追ってこないでしょうし」


 少し悩んだ様子のレオンだったが、気兼ねなくできる場所だと気づいたようで、頬の緊張を緩める。


「俺も行ってもいいのか?」

「もちろんです。ジークはどうされます?」

「僕も行こう。リシャールは朝から疲れただろう、しばし休んでおくといい」

「なぜ、しれっと置いて行こうとなさるんです? 私もお伴しますよ。お嬢様の専属執事なのですから」


 リシャールが食い下がると、ジークフリートは嘆息した。だがすぐに立ち上がり、用意をしてくる、と応接室を出てしまった。


(あれ? ちょっと険悪な空気っぽい……?)


 気のせいかなと首を傾げていると、レオンとフローリアの内緒話が耳に入ってくる。


「なぁ、フローリア。……ジークフリートとリシャールは、なんかギスギスしていないか?」

「うーん。そう見えますよね。でも、原因がわからないんですよね」

「こういうのは下手に口出しすると、こっちまで火の粉が飛んでくるやつだろ」

「やっぱり、そうですよね……」


 二人ともこそこそと小声で喋っているが、内容は丸聞こえだった。

 ふと目が合うと、フローリアが気遣わしげにイザベルを見やる。その視線の意味がわからず、曖昧に笑みを返してみるが、心配そうな顔は変わらなかった。

 先ほどの会話は、おそらくリシャールの耳にも聞こえていたはずだ。そう思って専属執事に「何かあったのか」とアイコンタクトで問いかけるが、「お嬢様には関係ありません」とばかりに目を伏せた。


(むむ……これは問い詰める必要があるわね)

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