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悪役令嬢は執事見習いに宣戦布告される  作者: 仲室日月奈
第三章

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34. 意外な真相

 イザベルが乙女心を持て余していると、ドアが規則正しく三回ノックされた。

 入室を許可すると、リシャールがティーセットのワゴンを持ってくる。手早く準備し、まずは客人であるフローリアの元へティーカップが用意される。


「どうぞ。リラックス効果があるカモミールティーです。ミルクを入れるのもおすすめですよ」

「あ、ありがとうございます」


 イザベルのティーカップにも紅茶を注ぎ、コトンとテーブルに静かに置く音がやけに大きく感じた。


「それでは、何かご用がありましたら、ベルを鳴らしてください」


 リシャールは一礼して退室し、ドアが静かに閉まる。

 イザベルはティーカップのハンドルを右手でつまみ、左手でソーサーを持った。

 ストレートで淹れた紅茶はハーブティーらしい香りが際立つ。ほのかな甘みを含んだ香りを楽しみながら温かい紅茶を味わう。


「やはり、イザベル様は違いますね」

「……何が違うのかしら」

「私のは付け焼き刃のマナーですが、ジークフリート様やイザベル様の動きは無駄がなく、洗練された手本のようで惚れ惚れします」

「そう? フローリア様も短期間でよく習得されたものだと思うけれど。ジークも褒めていたし、新しいことを吸収する力に長けているのね」


 事実や思っていることをありのままに告げると、フローリアは困ったように笑った。謙遜しているだけかと思っていたが、ふと、ある仮説がひらめく。

 避暑地の別宅の広さは、オリヴィル公爵家が治める領地にある本邸、つまりカントリーハウスに遠く及ばないにせよ、なかなかに大きい。

 高そうな絵画や壺が並ぶ中、歩くのにも気苦労するであろうことは想像にかたくない。前世が庶民だったイザベルも同じような心境なのだから。

 フローリアの場合、貴族らしいきらびやかな豪邸で過ごすよりも、慣れ親しんだ田舎のほうが過ごしやすいのだろう。


「明日は、気分転換に麓の町に行ってみましょうか。のどかな場所で、王都よりは規模は小さいけれど市場もあるの。きっと楽しいわよ」


 フローリアの瞳はみるみるうちに輝きを取り戻し、少し雑談をしてから部屋へと戻っていった。


      *


 優雅な朝食を終えて、ジークフリートは公爵代行として帳簿確認など雑務があるらしく執務室にこもってしまった。仕事を理由に、麓の町へのおでかけも不参加とのことだった。

 残されたイザベルたちは、庭が一望できるテラスで食後のティータイムを楽しんでいた。


「何だか、ぜいたくな気分です」

「避暑地での生活なんて、数日も経てば退屈だけどね」


 口元に持ってきたティーカップから漂うのはアッサムティーの芳醇な香り。

 ミルクを控えめに入れた紅茶を一口飲んで、ほっと息をついていると、フローリアが嬉しそうに口元を緩めた。


「ふふ。それでも私は嬉しいです。学園だったら、イザベル様とこうしてお話しできる機会はほぼ皆無ですから。せっかく、ジークフリート様がこうして場を設けてくれたのですもの。感謝しても足りません」

「……ジークフリート様が? 考えすぎじゃない?」

「いいえ。マナー特訓でイザベル様と仲良くなりたいのですが、身分差があるから話しかけることすらできない、と愚痴をこぼしたら、いい考えがあるとおっしゃっていて。王都の外なら周りの目を気にせずにお話しできますし、今回お誘いを受けて本当に良かったですわ」


 喜ばしいことだと全身のオーラで語る彼女を見ながら、イザベルは内心首を傾げていた。


(ジークに会うためというより、わたくしと仲良くなるために参加したように聞こえるのだけど……まさかね)


 別荘の招待は、夏イベントの一環である。二人きりのボートイベントもクリアしたはずだし、あとは贈り物のイベントが終われば、好感度は一気に上昇するはず。


(ん? そういえば、ジークは留守番をしているって言っていたわよね。ちょっと待って……それじゃイベントが狂うじゃない!)


 市場で発生する贈り物のイベントは、ジークフリートがいないと始まらない。これは困ったことになったぞ、とイザベルが頭を抱えていると、遠慮がちな声が思考を乱した。


「お嬢様、お手紙が届いております」


 振り向くと、リシャールが銀製のトレーを持って立っていた。トレーの上には手紙が一通、置かれている。


「手紙? オリヴィル公爵家の別荘に、わたくし宛ての手紙が届いたの?」

「一度、エルライン家を経由して届けられたようです」

「まぁいいわ。差出人はどなた?」

「第二王子のレオン様ですね」


 受け取った手紙を裏返すと、真紅の封蝋がされていた。ラヴェリット王国において、真紅は王族のみに許された色だ。双頭の鷹が印璽された手紙には、レオンの筆跡で差出人の名前が書かれていた。


(わざわざ届けてきたってことは、よっぽど急ぎの用件だったのかしら……)


 中に入っていたのは一枚の羊皮紙。

 ばらりと広げた紙に綴られた文字は急いでいたのか、殴り書きのような荒々しさがあった。書かれた文章も多くはない。

 ざっと目を通し、イザベルは便箋を封筒に戻した。


「リシャール。今すぐジークフリート様を呼んで」

「手紙にはなんと書かれていたのですか?」

「レオン王子の逃亡先にここが選ばれたそうよ。早ければ、今日中に着くのではないかしら。出迎えの準備をしなくては」

「……は?」


 聞き返すリシャールは目を丸くしている。当然の反応だ。なぜなら、イザベルが一番この事態に驚いているのだから。


(乙女ゲームにこんなイベントはなかった。続くイレギュラーの原因は、舞踏会でフローリア様とジークが踊らなかったからだとしたら、わたくし……のせいよね)


 だが、今は後悔しているときではない。予想外の出来事にも対処しなくては、望む未来はつかめない。

 我に返ったリシャールが踵を返し、ジークフリートがいる居室へ向かうのを見届けてから、両手に持ったままの白い封筒を見下ろす。

 真向かいに座るフローリアが不安そうに見つめてくるが、苦笑いしか返せなかった。


(困ったことになったわね……)


 手紙には、どうか匿ってほしい、と書かれていた。

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